好感度教育

蝸牛まいまい

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第三章

崩れた目玉焼き

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「宇田先生、今日は星乃と近衛は休みます…ええ…ありがとうございます」
ホームルームが始まる30分前に侑輝は担任である宇田先生に連絡していた。隣では依然として近衛乙月が寝ている。綺麗な黒髪は乱れ、小さい呼吸をしている。朝日の当たる近衛乙月の姿はまるで雲の上の天使の休息のように神秘的であった。侑輝は少し重い瞼を擦ると、お腹を摩った。いつもであればすでに朝食を済ませているが、今日は用意してくれる人が気持ちよさそうに寝ているためだ。起こすわけにもいかないし、起こしたくもなかった。
「自分で作ってみるか」
朝食は和食派である侑輝であったが、流石に味噌汁やおかずを一人で作るのは難しそうであった。包丁を握ることはできるが、食材を抑える手がないため危険だろう。侑輝は少し考えた後、食パンとキャベツ、ソーセージ、コンソメの元の固形、卵、ベーコンを取り出す。次にフライパンと小さな片手鍋を取り出す。片手鍋に水を入れ、スイッチを点火、キャベツとソーセージは手でちぎることにした。できれば人参なども加えたいが難しい。水が温かくなったところでコンソメ、ソーセージ、キャベツを加える。フライパンに油を引き、温まったところでベーコンを2つずつ少し離して入れる。その後、すぐに卵を1つずつ、計2つ割ってのせるつもりだった。しかし、ひびの入った卵を片手で開こうとしたとき、慣れていないせいか片方は失敗した。黄身は破れ、若干殻が入ってしまった。
「仕方ないか」
侑輝は少し笑い独り言をいいながら、崩れた卵を見た後、オーブンに食パンを2つ入れスイッチを入れた。一息ついて時計を見る。20分も経ってるのか。近衛乙月ならもう作り終えているだろう。チンと高い音が鳴ったところでオーブンを開き、パンを皿に置く。その後、パンの上に綺麗にできた目玉焼きと崩れた目玉焼きを載せる。最後に鍋の火を止めてお椀にコンソメスープを入れた。
侑輝はテーブルに置かれた2人前の朝食を満足気に眺めた。片腕にしては十分にできたほうであろう。時間こそかかったが、卵を除けば出来は上々、結局30分もかかってしまった。侑輝は冷蔵庫から牛乳を取り出そうとした。
「侑輝さん!」
寝室の扉が開くと同時に近衛乙月が少しこわばった顔をして出てきた。しかし、侑輝のことを見つけると安心したようにいつもの優しい顔に戻った。整った顔は血色も良く、隈もなくなっていた。侑輝は少し笑いながら言う。
「近衛さん、おはよう」
「はい…おはようございます」
目を大きく開きながら侑輝を見た後、テーブルの上の料理を見た。
「侑輝さんが作ったんですか?」
「簡単なものしか作れないけどね」
「申し訳ありません、遅くなってしまって…」
近衛乙月はすぐにわなわなと頭を下げた。
「いやいや、気にしなくていいよ。いい経験にもなったし」
「そういうわけにはいきません。私は侑輝さんのお世話をすることが存在意義みたいなものですから、次はちゃんと起こしてください」
「いやそういうわけには…、まあ早く食べよう」
侑輝は少しピンク色に染める近衛乙月の頬に満足しながら、崩れた卵が載った食パンの前に座った。近衛乙月は上着を着ると、侑輝の目の前に座った。
「侑輝さん?」
「どうしたの?」
「食パン、交換しましょうか」
侑輝に微笑みながら優しく落ち着いた声で当然のように手を出した。
「いや、大丈夫だよ」
「侑輝さん」
「…」
「さあ、それをください」
「…はい」
侑輝は少し名残惜しそうに自身の食パンと交換した。近衛乙月なりに罪滅ぼしなのかも知れない。
「じゃ、じゃあいただきます」
「はい、いただきます」
いつも通りの近衛乙月を見て、安心した侑輝はがつがつと食パンを頬張った。なかなか美味しくできたほうである。
「侑輝さん、ありがとうございます。とても美味しいですよ」
「はは、どうしたしまして」
正直、近衛乙月が毎朝作る料理に比べると大したことはないだろう。近衛乙月もお腹が空いていたのか、それとも侑輝が作ったからか、いつもより一層ニコニコと食事をしていた。
「ああ、そういえば、今日は宇田先生に言ってお休みをもらったからね」
「そう、なんですか…。迷惑をかけて申し訳ありません」
「いや、俺も少し疲れてたから丁度いいんだよ。それに宇田先生に休みたいと言ったら、思いの他あっさり許可してくれて。やっぱり1位だからかな」
「ふふ、そうかもしれませんね。しかし、侑輝さんの勉強時間を奪ってしまったのは事実です」
「それも気にしなくていいよ、なんなら近衛さんに全部教えてもらったほうが理解しやすいかもしれないから」
近衛乙月はきょとんとした後すぐに目を細め勝ち誇ったように微笑んだ。
「ふふ、ふふふ、そうですね。私さえいれば授業なんていらないかもしれないってことですか…ふふ」
「ま、まあそんなところ。今日はとりあえずゆっくり休もう」
「はい」
一見変化の無い近衛乙月の満面の笑みは侑輝を安心させていた。


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