主従の逆転関係

蝸牛まいまい

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3章 主人との日々

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「峻矢様、夜ご飯ですよ。口を開けてください。はいあーん」

暗い地下の中で抜け殻になった男の傍で共にベッドに座りながら
スプーンを運ぶ。
主の姿をじっくりと見ながら少し頬を桜色に染めている。
地下室にいる2人の目はどちらも暗い。
一人の目は希望を失い、もう一人の目は希望に満ちていた。
スプーンを口元に運ばれてはただ従って咥えるその姿はまさに寝たきりの老人と同じだった。
足枷と手錠はすでに外されている。
地下室からもはや出る気力もなく、起きて食べて寝る。
立ち上がるのはトイレやお風呂の時くらいである。
しかしそれでさへも従者に従って手を引かれて動いているに過ぎない。
ほとんど全ての動きは2人の従者に従うようになってしまった。



「峻矢様、さあ寝ましょう。今日も私がずっと一緒に寝てあげます。
安心して眠ってください。」
「・・・うん」
「峻矢様には私たちさへいればいいのです。」
「俺には・・・ラナンとマシロだけいれば・・・いいのか?」
「はい、そうです。」

力なくつぶやきそれに自信を持って答える、主人と従者。
睡眠時には2人の従者が交代で一緒に睡眠をとる。
今日にはラナンがぬいぐるみを可愛がるように腕に抱き着きながら寝る。
明日にはマシロがぬいぐるみを大切にするように腕に顔を摺り寄せる。
2人は毎日幸せそうにくっつき、1人はその姿を見て希望の消えた今の状態を思いながら暗い世界で意識を沈み込ませる。

(俺にはもう2人しか・・・いないのかもしれない・・・
俺には2人さへいればいいんだきっと・・・)


2人は今まで一度も裏切ったことはなかった、ただの一度も・・・
もしかすると幼馴染のことも最初から気づいていたから反対するような態度をとって俺に気づかせようとしてくれたのかもしれない。


寒い地下室で弱弱しく生きているのは2人の温もりがあるからであるからだ。
隣にはいつも2人のどちらかがいて1人にすることのないようにしている。
彼女たちはいつもいつでも主のことだけを思って強く生きている。
家の中はいつも綺麗になっていて、いつも豪華なバランスの良い食事が用意されている。
着る服はしわ1つ着いておらず、主の負担にならないように贅沢さへもしない。
そして嫌な顔一つせずに毎日働いている。
・・・全ては主への愛情・・・
・・・
・・・
・・・
俺には2人さへいればいいのかもしれない







「・・・起きて・・・朝・・・起きて」
朝かどうかもわからない地下室で毎日交代で起こされる。
時間が分かるのは隣の机の上にある時計だけである。
「朝ごはんできてる。」
時計の少し前にある朝食はいつも違っているが温かいものが並べられている。
傍にいる白い髪の少女を見るとスプーンを持っている。



(マシロ・・・)

顔の傷跡は今になっては見慣れてしまった。
この寒い地下室で人形のようにほっとかれ、誰もいない場所でおいしいご飯も食べずに死んでいく時間をただ横たわって過ごしていた。
家族も恋人もいない、ただ一人で絶望の中で横たわっていた。


(俺なんかより・・・よっぽど辛い人生を過ごしているのに・・・)

そして今、その従者は柔らかい表情をしながら目の前にいる。
地下室の中だからなのか出会った当初から目は暗いままだったが、
その目の中には深い愛情が感じられる。


「・・・どうしたの?」

ふと我に返ると目の中が熱くなっていた。
目の前で心配そうに眉を顰めるその姿は愛らしい。
涙すらもう出ないと思っていたが、温かい涙が降り落ちた。

「ねえ、どうしたの?」

筋肉の落ち弱弱しい腕を力なく持ち上げ、心配そうに寄せる顔に手を当てた。
嬉しそうに頬を染める姿にはもう過去の面影は薄い。
髪が物語っている・・・暗い黒い過去は明るく白いそして美しい今によって塗り替えられた。

スプーンを手に取り床に落とす。
頬から首、肩、そして腕に手をなでおろしていく。
弱い力で腕はすんなりと引かれた。

ベッドに寝かせると淡桃色の頬は濃くなっていくが流れている涙のせいか心配そうな顔をしている。
腕から背中、後ろ肩、髪に手を伸ばす。
可能な限り体を密着させながらゆっくりと力を入れてゆく。


・・・温かい・・・
胸にある彼女の顔、密着している体、そして心が伝わってくる。
少女は自らの鼻を首に近づけながら、体を痙攣させる。
それがなぜなのかはわからないが、そんなことは今はどうでもいい。

受け止めきれないくらいの温かさが涙となって流れることが全身を熱くした。

「いつも・・・いつも・・・・・・ありがとう」

痙攣の波が大きくなる。
体が急に熱く火照り伝わってくる温度が上がる。


「もう俺は2人さへいればいい、2人だけいればいいんだ・・・」

再び痙攣が大きくなったと思うと足が絡まり手が背中を覆う。
髪と体から香る甘い匂いが脳に充満する。
柔らかい体に力を入れるごとに脳が満足し、あふれ出る。




・・・もう、2人だけでいいんだ・・・
幸せは脳を汚染し、中にある時間の欠片が液体となっていく。


・・・父さん・・・


・・・母さん・・・


・・・恭子・・・





・・・・・・・・・さようなら・・・・・・・・・







長い長い雨が止んだのは夜だった・・・
雨が止んだころにはあたりはベタベタになっていた。












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