【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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新たな日常

【06-05】拓郎数学Ⅰ赤点原因不明事件

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 寮長たちと合流した後、僕たちは全日本選抜プレイヤー合宿の参加者が泊まる専用の宿泊施設を目指した。
 
 宿泊施設は体育館の裏にあるみたいで、イットク寮長たちの後を僕は付いて行く。
 
 「今日俺たちがすることは主にコーチやスタッフの人たちの手伝いだ。コーチやスタッフの指示にしたがって動くことになる……」
 
 今、寮長が僕と智也に今日のことについて説明していた。
 
 「手伝いといってもやることが多いわけではない。最後の方は暇になるかもしれないが、その時は適当に時間を潰しておけばいい」
 
 最後にそう言って寮長の説明は終わった。そこからは世間話をしていた。タイ区間までの道のりは長い。主にイットク寮長と佐伯副寮長が話していて、それに僕と智也が加わる形だ。
 
 「そう言えば、一年で勉強合宿に呼ばれた人がいるって聞いてるけどほんと?」
 
 佐伯副寮長が思い出したように智也と僕に向かって聞いてきた。
 
 「何? 俺は聞いてないぞ?」
 
 イットク寮長は初耳だったみたいだ。
 
 「いませんよ。ただギリギリだった奴がいたんです。最初はアウトだったんですけどなんとかセーフにしてもらったんです」
 
 智也が答えた。
 ギリギリだった奴とは拓郎の事である。案の定といったところだ。テスト前に余裕でAWをやっていたから何か秘策があるのかと思えば一夜漬けだったのだ。僕を始めとしてみんな呆れたものだ。
 テスト結果は一つを残して合宿回避できていたのだが、数学Ⅰでボーダーだった二十五点を超えることができなかったのだ。地獄の勉強合宿に呼ばれるボーダーとなる点数というのは科目によって違っている。今回の数学Ⅰのボーダーがたまたま二十五点だったのだ。
 
 拓郎が取った点数は二十四点。数学Ⅰについては先生の選んだ『これ、解けないとダメ』という問題を正解すると二十五点を超えるという比較的簡単な部類だったはずなのだ。それを落とした拓郎はクラス中の注目の的になった。というか、テスト翌日、教室でテスト結果が発表された時に何とも言えない悲鳴を上げていたのでみんなが注目することになったという感じだ。
 その時のことは今でも鮮明に覚えている。といっても、まだ一週間も経ってないが。
 
 
 
-------
 
 
 
 朝、角田先生のホームルームで、テストの結果がVRデバイスに送られてきて、ホームルーム後に各自確認していると、前に座る拓郎がいきなり断末魔のような絶叫を上げたのだ。僕は危うく椅子ごとひっくり返りそうになったぐらいだ。
 
 その後、何があったか聞いてみると、拓郎は目を潤ませながら「やっちまった……」と僕に言ってから、「どうしようどうしよう」と半狂乱状態になったのだ。
 どうしたんだ、と聞いても答えない拓郎。数分の放置を経て、その間に僕たちの席の近くに来ていた智也や勇人と坪田君と一緒に拓郎の答案を見せてもらうと数学Ⅰのテストを落としていることが発覚したのだ。
 最初に思ったのは『何故』。数学Ⅰは簡単だったはずなのに、と答案をさらに詳しく見ると点数は二十四点。『解けないとダメ』な問題の一つを落としていた。その代わりに配点四点の比較的難しい問題を一つ正解していた。何故。
 
 僕たちは全員でその問題を確認していく。テストの空白に書かれた計算式は正解のものと全く同じで、解法も間違ってなかったのだ。それなのに何故か答えが違う。
 僕も一緒に見ていた、智也も勇人も坪田君も最後の最後で何故その答えになったのかが全く分からず、全員の頭に『?』が浮かんでいた。僕たち四人では分からなかったため他のクラスメイトにも力を借りてみたが原因は不明。迷宮入りレベルの超難問だった。
 
 必死に考える僕たち。いつの間にか拓郎数学Ⅰ赤点原因不明事件をクラス全員で考えることに。
 結局結論が出たのはその日の昼食が終わった後の事だった。答えを見つけたのは栗栖さんのグループだった。というか、うちのクラスは女子の仲が良いらしく、女子全員で一緒に考えていたみたいだ。
 
 「ちょっといいですか?」
 
 頭を抱え込みながら悩む拓郎と謎解きに夢中になっていた僕たちに声を掛けてきた栗栖さんは印刷した拓郎の答案のある部分を指差して続けた。
 
 「ここ『2×2=6』ってなってるように見えませんか?」
 「問題文の端の余白のところだよ」
 
 栗栖さんの隣にいる竹澤さんが口頭で補足してくれた。
 僕たちは一斉に拓郎の答案のある部分を凝視した。たしかにうっすらとそう見える。
 確認を終えた僕たちに栗栖さんはさらに続けた。
 
 「これって最後の計算部分ですよね」
 
 ほんとだ。拓郎の答えは『六』になっているけど、正解は『四』。もしかして、これは……
 
 「拓郎、一桁の掛け算間違えたのか?」
 
 僕の考えた驚きの結論を言葉にしたのは智也だ。少し目が怖い。
 
 「え……?」
 
 拓郎はあまりの結論に固まる。
 
 「でもそれ以外ないんじゃない? 途中式はあってるし」
 
 勇人も同意した。ついでに僕も頷いて同意する。
 
 「俺の夏休みは一桁の掛け算のミスでなくなるのか……」
 
 予想外の事態を受け入れた拓郎はさらに落ち込んだ。何やら独り言も言い始めている。大丈夫だろうか。僕は頑張って励ます。
 
 「ま、まあ、そんなときもあるって!」
 「そうだよ! 元気出して」
 「計算は合ってたんだから次からしないようにすればいいだけだからな!」
 
 勇人も智也も一緒に慰める。とりあえず勉強合宿のことは棚上げにして。
 
 「俺の夏休みが……」
 
 落ち込んだまま回復しない拓郎。
 励ましつつも謎が解決したことに満足している智也。
 落ち込んだ拓郎を慰めようとオロオロする勇人。
 そして、僕。その近くには栗栖さんが静かに立っている。
 
 解決したところで勉強合宿からは逃れられない。誰もがそう結論を出そうとしたところで、竹澤さんが希望を持たせる発言をした。
 
 「これ、解き方は当ってるんだから一点ぐらい点数くれてもいいのにねー」
 
 その言葉を聞いて一斉に顔を上げる四人。拓郎は未だにうなだれている。
 
 「これは、もしかすると……」
 
 智也が呟く。
 
 「とりあえず教員塔に行ってみましょう」
 
 うなだれる拓郎をなんとか教員塔まで連れていき数学Ⅰ担当の先生を呼び出した。
 その後は六人でなんとか説得。最後の方はごり押し気味で話したところ、何とか勉強合宿は回避できることになったのだった。
 最後の決め手となったのは、拓郎の『土下座』という名の暴力。話が終わったと胃の先生の顔を見て少し公開したぐらいのもう攻勢だった。
 
 
 
-------
 
 
 
 「そんなことがあったのか」
 
 イットク先輩は何度も頷きながらそう言った。その顔は少しだけ苦笑いをしていたように見えた。
 
 「優しい先生だったみたいだね」
 
 佐伯先輩もそう言って頷く。
 
 「それでも、夏休み中に数学の補習を受けるように言われてましたけどね」
 
 智也が付け加えた。
 
 「まあ、当然だろう。それでもAWができるかできないかの差は大きいだろ」
 
 イットク先輩が結論付けた。
 
 「じゃあ、結局、合宿行きになった奴はいないんだな?」
 
 「はい」
 
 智也が肯定した。僕もそれに頷いておく。
 
 「なら、よかったな。一年の夏休みなんて、一番楽しい時だろうからな」
 「そうですね。もう少しすると皆、壁にぶつかるんですけどね」
 
 イットク先輩がまとめたのに付け加えるように、先行きが不安になることを佐伯先輩が言った。
 現状、壁と寄り添っているような状態の僕からすると今更な感じもするのだが。少し不安になった。次は壁の方が迫ってくるのだろうか。
 
 「ああ、着いたな」
 
 イットク先輩に釣られて歩くこと数十分。体育館の横を通って、裏にあるいくつかの施設が見えてきた。そこには、ゴルフ場で見たことのあるようなカートが何台か止められている。
 
 「じゃあ、行くぞ」
 
 僕たちはその建物に入った。
 
 
 
 
 
 
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