【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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選手として

【07-08】選手になること

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 夕食会が始まって数分。僕は引き続き緊張していた。

 「そういえばどこで会見するんですか?」

 カズさんが隣に立っていた三鴨さんに聞いた。僕たちは今、挨拶をした舞台から降りて最初にいた裏の通路に戻っていた。

 「食堂の外のエントランスになっているよ」
 「エントランスですか? 去年は三回の会議室を使ったと聞いてましたが?」
 「それが、今年は会見も見たいと言うスポンサーが増えていてね。仕方なくエントランスで行うことになったんだ。今頃うちのスタッフがセッティングしていると思うよ」

 日本チームのスタッフって結構色々な仕事をしていて大変そうだ。僕が知らないだけでスタッフの数はかなり多いのかもしれない。そうでなければ、普段の選手のサポートなんてできないはず。僕は見たこともないスタッフさんにも心の中で頭を下げた。

 「では、私たちはそれが終わり次第移動ということですか?」

 今度は置田さんが聞く。

 「ええ。といっても、そろそろできるはずなんだけど」

 そう言って置田さんに答えた三鴨さんは自身の腕についている高そうな時計を確認した。
 僕が三人の会話を聞いていると、カズさんが僕に話を振ってきた。

 「そういえば、瑠太君もなんだかんだ話せていたね」
 「そうですか? 舞台に上がったらそれまでに考えてたことが全部飛んじゃってパニックになってたんですけど」
 「うん。話せている方だと思うよ。僕や置田さんはそれこそ最初の年から参加していたから挨拶なんかも一緒にしてたけど、それ以降の人だと一人であいさつするときに緊張して話が長くなったり弱気な発言をしてしまったりとあるんだよ」

 たしかに僕の挨拶は短かったけど弱気でないとは言えなかったような。そもそも弱気な発言はダメなんだろうか。

 「そうですね。案外、堤君は選手のように人の前に立つのが向いているのかもしれませんね」
 「ええ? 本当ですか? 自分では全然そんなことないと思うんですけど」

 内心で考え事をしていた僕に不意打ちのような置田さんの一言が届いた。僕としては最初から心のどこかで僕が選手になってよかったのだろうかという考えがある。ふとした時に僕よりももっと素晴らしいプレイヤーがどこかに隠れていてひょいっと出てきて僕の代わりをしてくれないかとすら考えてしまうほどには、向いてないと思う。だからといって、選手になりたくないとい訳でもないんだが。

 「たしかに向いてるかもねぇ」

 カズさんも置田さんの発言に頷いて同意を示している。そんなに向いているのだろうか。僕は自分のことが分からないので素直に聞いていみた。

 「そんなに向いているように見えますか? 自分だと全く分からないんですが?」
 「そうだね。まず君は緊張していたとは言っても、いや、緊張していたにもかかわらず感情が全面に出た挨拶にはなっていなかったね」
 「感情、ですか?」
 「特に喜びがね」
 「こういった場で初めて挨拶する人ってほとんどが選手になりたかった人だから当然挨拶をするときも喜色満面になる。けどね、そういう人は選手になることが目標でそれ以降のことを深く考えていなかったり一種の称号のようにしか感じていなかったりするです。まあ、これは個人的な見解だけどね。」

 置田さんが説明してくれたが、それ自体が特に悪いといった印象は受けない答えだった。

 「それがダメ、なんですか?」

 僕は恐る恐るも再び聞いてみた。

 「うーん。ダメではないんだけどね」

 すると、置田さんが少し言葉に詰まった。そんな置田さんを補足するかのようにカズさんが説明を始めた。

 「瑠太君。君は僕たちのことをどう思う?」
 「いきなりですね…… すごいと思いますよ。純粋に尊敬してます」

 僕は本心を述べたが、気恥ずかしく少し他人行儀な言い方になってしまった。

 「ありがとう。多分だけど、今の日本で君と同じような考え方をする人は多いと思う。でもね。それは、選手という職業自体が大変なものだと知っているからだと思うんだよ。僕は」

 なるほど。僕は頷いた。僕はこの学校に入学したが選手になるつもりはなかった。それでも、選手の人たちのことはすごいと思っていた。それは、まさにカズさんが言った通り、選手という職業だからという一面もあったかもしれない。別に名前の知らない選手でも、興味のない種目でも、選手というだけで尊敬できる。

 「ただ。僕たちが競い合うのは『ゲーム』なんだよ」

 カズさんは続けた。

 「僕たちが選手として行っていることは『ゲーム』の大会で競い合うことなんだ。でも、本来の『ゲーム』は娯楽の一種。だからこそ、こう思う人が出てくるんだよ。『ゲームで遊んでるだけでお金もらえるとか最高だ』ってね」

 そこまで言われて僕はカズさんが言おうとしていることが少しわかった気がした。カズさんが言いたいことはすなわち『真剣《・・》に《・》選手になろうとしている人が少ない』ということではないだろうか。

 「そうやって、僕たちの側に来た人たちの大体が『こんなはずじゃなかった』といって選手をやめていくんだよ。まあそうじゃない人もいるんだけどね」

 カズさんがそう話を締めて置田さんの方をちらりと向いた。それを受けて置田さんが小さく咳ばらいをした。

 「コ、コホン。まあ、そういうことです。そして、君はそれに当てはまらなかった。だから向いているという訳です」

 当てはまらないから向いているというのは早計だと思うのだが。
 別に選手になりたかった訳ではないという本音を話していないために、もしかしたら、僕の目標は選手になることでなくその先を見据えているとかって思われてしまったのだろうか。そうであれば、訂正したいところだけどする意味もあまりない気がしたのでしなかった。それに選手になりたくないと公言する人と一緒にいるのは嫌がられるかもしれない。
 僕は納得したと伝えた。

 「そういうことですか」
 「その点、瑠太君は大丈夫そうだね」

 カズさんが僕に言う。僕もそう思う。奇しくも、国立VR専門高等学校に通う僕はアナザーワールドを真剣《・・》に《・》プレイするということを知っている。ゲームだけではないのだ。一見必要のなさそうなフィジカルトレーニングも必要だし、一見必要のなさそうな知識も必要になる。ゲームをしていればいいという訳ではないのだ。

 「頑張ります」

 改めて思ったことが口を突いた。選手になりたかった訳ではない。でも、なりたくなかったのかと言われれば今の僕には否定できない。この学校に受かってから心のどこかで選手になることを…… 僕は二人の話を聞いて自然とやる気になっていた。

 「丁度よさそうだね。じゃあ、その意気込みを記者たちにお願いね」

 手元のデバイスで連絡を取っていた三鴨さんが僕に言った。

 「会見の準備ができたみたいなので移動しましょう」

 僕の意気込みはその一言でサラリと流され再び緊張の渦苛まれたのであった。
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