【仮題】VRMMOが世界的競技になった世界 -僕のVR競技専門高校生生活-

星井扇子

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一員として

【08-01】さよなら

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 全日本選抜プレイヤー合宿初日、夕食会時の記者会見後にカズさんが言ったあの一言は確かに正確なものだった。
 あの日僕に残されていた仕事、それはスポンサー契約や自身の会社を売り込むための顔つなぎに来る人たちをさばくことだった。
 スポンサー契約なんて一切考えていなかった僕には当然寝耳に水なわけで。最初の一人に声を掛けられた時はあんぐりと口を開けて「は?」と言ってしまった。隣にいたカズさんがフォローしてくれなかったら大変なことになってたと思う。具体的にどうなっていたかはわからないが、そんな予感はしている。
 声を掛けられたといっても何十人もの方に声を掛けられたわけではない。それでも、十人近くはいたと思う。中には「弊社との専属契約を!」なんてものもあった。いろいろと話を聞いたが、正直どれもピンと来なかった。そもそも選手として競技に参加するときはそれこそゲーム内でのことなのだ。僕としては普通の服でプレイすればいいと思っていた。しかし! 話を聞いていくと何やらVR接続時にVR空間との同期率を上げるためのユニフォームなんてものもあるとのことだ。正直、TVでたまによくわからないCMが流れていたことをその時思い出して「ああ、これか」等と一人納得していた。そう言ったものに関して、僕は全く知らないので返答はもちろん『保留』。というか、すべてのお誘いを保留にした。「今のところ考えていないので」と言うしか僕に打つ手はなかった。
 そんな僕の返答を聞いても契約を誘いに来た人たちはケロッとしていた。あとでカズさんに聞いたところ「今回は顔つなぎの意味が大きいから」とのことだった。断られることが前提での話だったらしい。

 その後、いくつか話をして解散になった。一方的な意見だが「あそこの製品は耐久性がない」だとか「あそこは製品はいいがサポートがな……」だとか「あそこはやめといた方がいい。あそこは選手を消耗品としか考えていない」だとか、今後の参考になりそうな話も聞けた。
 そういった雑談が始まった頃にはカズさんも少し離れたところであいさつの渦の中心になっていたので、僕の話が終わった頃には当然僕一人でポツンとたたずむことになっていた。
 一人になって改めて周囲を見渡すと、そこには鮮やかに盛り付けられ、食欲という生物の根源的な欲求を揺さぶる数多の料理が置かれていた。『夕食会』なのだからそれも当然なのだが今までの出来事から、頭の中から『夕食会』であったことがすっかり飛んでいたみたいだ。

 甘い誘惑に負けて、一歩、一歩、と動く足。そして、料理が置かれたテーブルの前に辿り着いて気が付いた。

 「皿がない」

 僕は料理が置かれたテーブルを見るがそこには一品の料理が置かれているだけだった。周囲には浮島のようにテーブルが置かれていて、それぞれに一品の料理が置かれている。僕は周囲だけでなく食堂全体を見渡した。ビュッフェでお皿を持ち歩くときは大抵最初に配られるか、入り口に置いてあるかだ。まあ、給仕のボーイが持ってくるということもあるが。
 僕は入り口付近を探す。すると案の定、食堂入り口付近の飲み物が置かれている場所の隣に食器が積み重ねられていた。
 既に会は始まり途中から新たに入ってくる人などそういないのか、今は給仕用にボーイがいるだけだ。時折、飲み物を取りに来る人がついでに皿も替えるぐらいはありそうだ。

 僕はそこで皿を貰うことに決めた。思い立ったら吉日。すぐに行動に移る。しかし、そこに新たな壁が現れた。

 「あら? 貴方は確か…… そう。筒井選手でしたっけ?」

 僕に声を掛けてきたのは比較的若そうな女性だった。化粧をしていることと高そうなドレスと価値が見当もつかない宝石を身に着けていることからこの夕食会に招かれた何方かの連れであることは分かった。

 「えーっと。堤です」

 だからこそ、控えめな態度で訂正した。

 「そうでしたか? ごめんなさい。筒井ではなくて堤さんですね」

 すると、女性は自身の過ちを訂正した。

 「はい」

 僕はそれに頷く。それを見た女性は僕に聞いた。

 「では、堤さん。貴方はこんなところで何をなさっているのですか?」
 「なにを、ですか? 料理を食べようかなと……」

 そんなことを聞かれると持っていなかった僕は素直に答えてしまった。こういう場での発言はよくわからないけど、もし問題があったらどうしよう。

 「そうですか。では、楽しんでくださいね」

 そう言って微笑んだ女性は僕に背を向けて他所へ行こうとしたところで「あ」と口に出して振り向いてきた。僕は女性が背を向けてきたところでつい一息ついてしまったために女性のその行動に驚いてしまう。

 「私のおすすめはあちらにあった卵焼きですの。いくつも種類があって楽しかったのでよかったら行ってみてください」

 そう言って、今度こそ女性はどこかへ去って行ってしまった。というわけでもなく、僕空少し離れた場所にいる婦人方の輪に入っていたので距離的にはさほど離れていない。あたかも当然のように会話に入っていった女性に僕は少しだけ戦慄を覚えた。そして、それに対応する婦人方にも。

 それから僕は皿を貰いに行き、ついでにジュースを貰って食事を楽しんだ。出されていた食事は本当においしかった。主観でしかないが、素材の一つ一つが今まで食べた事のない美味なものになっているように感じた。
 それから僕の食事の旅は始まった。ある時は東方へ。それから海を渡り、山を登り、ある時は暗い海の底を目指した。
 僕の旅は、たまたま僕を発見した美樹さんの手で突如終えることになるが、僕はもっと料理を食べていたかった。

 その時、料理の味に感動した僕が食堂内をうろうろと料理を求めてさまようゾンビになっていたのを周囲の招待客たちが微笑を浮かべながら見ていたことを僕が知るのは当分先のことになる。その時の僕は、今の僕をひどく後悔したみたいだ。



-------



 度を終えた僕はその後美樹さんの下でいくらかの人と会話をしたり、会話をしたり、会話をして夕食会を終えた。

 そんな楽しかった記憶を思い起こした僕は今、スーツケースをガラガラと転がしている。このスーツケースは僕が学校に始めてきたときに着替え等の必需品を入れてきたものだ。現に今も同じようなものが入っている。

 「はぁ、僕は今何をしているのだろう……」

 僕はついつい愚痴を吐き出す。それに、答えられる人はいない。何故なら、今僕がいるのは寮からグランドの中心へ少し言ったところだからだ。今は夏休み。それも、早朝。朝の二時。当然グラウンドのを使っているような人間はいない。だが、答えられる存在がいないわけではないのだ。

 「若はこれよりニューヨークへ向かうのでしょう?」
 「それは、知ってるよ」
 「ですが…… 今、若が分からないと仰っていたので……」
 「あれは、愚痴のようなものだよ」
 「なるほど。学習しました」
 「変な学習はしないでね」
 「もちろんです」

 憂鬱だ。なにが憂鬱かって? もう全部さ。本来は今日から始まる合宿後半の集団模擬戦に参加させてもらう予定だったのに。
 結局、カズさんとの模擬戦は僕の連敗で終わった。それでも最後の方は『戦闘』をしていたのだ。七日間の模擬戦で僕はなんとかカズさんの速さに付いて行けるようになったし、足りない部分は手数で補えるようになってきた。最初は尻尾を同時に三本、四本切り落とされるなんてこともあったが、昨日はそんなことが一切なかった。二本を同時というのは多くあったが。それでも、僕とカズさんでは六対二だ。尻尾六本対双剣。僕はなんとか戦えるようになっていた。
 手ごたえを感じた僕は、より多くのプロのプレイヤーたちの動きを見て、参考にしようと生きこんでいたのに。

 はぁ、本当になんでこんなことになっているのかな。

 ゴロゴロとキャスターの転がる音とザッザッという足音をBGMに進んだ僕の視界に矢澤コーチが見えた。まあ、最初から見えてはいたんだけど、ようやく矢澤コーチだと判断できる位置まで来たということだ。

 僕が気が付いたように矢澤コーチも僕に気づいたようだ。僕に向かった大振りで手を振っているのが見える。
 
 僕はまだ距離があることをいいことに今の状況を昨日僕に説明したあの人に八つ当たりの意味を込めて怨念を送っておいた。同時に心の中でつぶやく。

 さよなら。ぼくのなつやすみ。




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