同級生は異母兄でした。

詩月結蒼

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同級生は異母兄でした。

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「あんたなんて、死ねばいいのに」

 物心ついた頃から、そう、母に言われ続けている。
 母は、愛されるよりも、愛したい。自分のすべてをもって尽くしたい。そういう人だった。
 単純に運が悪かったんだと思う。
 好きになった男の人がクズだっただけ。出会いが良ければ、母はもっと幸せに暮らせたかもしれない。

「あんたが生まれなければ」

 すべての始まりは、私だったかもしれない。私が産まれてしまったことで、母は苦しんだのかもしれない。
 私は、母が愛した人との間に生まれた⋯⋯らしい。素敵な人だったと母は言うが、会ったことがないので分からない。母が好きになる人なので、多分ロクでもない人だと思う。違ったらごめんなさい。
 私がいれば、彼―――私の父と結婚できると、母は考えたようで、最初はすごく喜んだとのこと。だが、できちゃった婚なんて、お互いが愛し合ってないとできるわけがない。母の愛した人は、母を愛してなどいなかったのだ。
 子供ができたと知って、父は母から逃げた。責任を負うのが怖かったのか、または、子育てにかかる金を知っていたのか⋯⋯。
 父は、正しい判断をしたと思う。愛したわけでもない女性と、その子供を養うために金を使う⋯⋯そんなの、誰もしたくないに決まってる。私だって嫌だ。
 そんなわけで、母は愛した人―――正確には一方的に想っていた人―――にフられ、心を病み、そして私を産んだ。
 どうして産んだのかは、知らないし、知る気もない。これは私の予想だけど、多分、私の父のことを諦めきれず好いていたのだと思う。

降涙ふる。涙が降ると書いて降涙よ。あんたは私の悲しみの象徴。あんたのせいで、あたしは不幸になったのよ⋯⋯!!」

 涙が降ると書いて降涙ふる
 キラキラネームのような付け方だな、と今考えると思う。むしろよく“降涙”と書いて“ふる”と読ませたなと感心しているほどだ。私に名付けの才能はない。
 昔、野良猫の仮名かりなを付けることになった時、私は

「こねこなんだから、なまえは“こねこ”でいいでしょ」

 と言った。周りの子がドン引きしていたのを覚えている。今ならあの子たちの気持ちが分かる。
 母は、最期まで私のことが嫌いだった。産まなきゃよかった、疫病神め、と私を呪おうとしているのか、そんなことを言って死んでいった。死因は、父がいなくなったことによるやけ酒とタバコだった。それだけ身体に悪いことをしていたのだから、死ぬのは当たり前だと思った。
 母が死んで“悲しい”とは思わなかった。自ら死にに行くような行動を母自身がしたのだ。私は一応止めた。止めるよう言ったけど、それを母が聞くはずもなかった。
 母の葬式で、私は泣かなかった。涙なんて出なかった。出るはずもなかった。

「本当にあの子、葉奈はなさんの娘さん? 降涙ふる、だっけ? 名前とは真反対の人ね」

 人の心がない、薄情な人間だと周りは囁いた。どんなに酷い親でも、死ねば悲しむものだから、と。
 そんなこと、あるわけない。
 暴言と暴力の日々だった。毎日、毎日、毎日、同じような日々の連続だった。それを、私は、十五年間耐えたのだ。耐えて、耐えて、耐えて⋯⋯そして、母は、死んだ。
 悲しむわけがない。むしろ、「やっと終わった」と安堵すら抱いた。母の束縛から逃れ、自由を得たような気持ちだった。
 面倒だったのは死亡届を出すことや、遺産相続手続き(といっても、相続できるものなんてほとんどないけれど)だ。しかし、それさえ終われば、本当の意味で母から解放される。
 ―――そしてすべてが終わった時。私は、晴れて自由の身になったと、そう、勘違いしてしまった。

「佐々木です。よろしくお願いします」

 四月。高校の登校初日。
 ありふれた自己紹介をして、私の高校生活は始まった。学校は、学費等々が安い公立高校。両親がどちらもいないということで、国からの支援金をもらいながら通うことになった。
 家賃、電気代、水道代、光熱費、ガス代、食費は、すべてアルバイトからの収入でやりくりすることになった。これは高校に入る前からそういう生活をしていたので、慣れている。私にとっては普通だ。
 放課後はアルバイト、夜は疲労ですぐ寝てしまうので、勉強は朝早くに学校へ行ってしていた。朝の教室は静かだから好きだった。図書室も好きだけど、朝は閉まっている。
 ガラガラッ、とドアが開いて、一人の男子生徒が入ってきた。名前はたしか⋯⋯あれ、なんだっけ? 名前を覚えるのは苦手だ。名付けと同じくらい苦手だ。

「⋯⋯なぁ」

 友達が近くにいるのかと思って、私は、自分が話しかけられていたことに気づかなかった。

「なぁ。聞いてる?」
「⋯⋯」
「聞こえた上で無視してんの?」
「⋯⋯⋯⋯あの、もしかして、私に聞いてる?」
「そーだよ。てか、お前以外に誰がいるんだよ、佐々木降涙」
「!」

 名前を知っていたことに、驚く。私は自己紹介の時、苗字しか名乗っていない。クラス名簿には、振り仮名が書いていなかった。つまり彼は、私の名前の読み方を初見で当てたことになる。こんなこと、生まれて初めてだ。

「なにか、私に用が⋯⋯?」
「あぁ。少し、確かめたいことがあってな。―――お前の母さんの名前って、葉っぱの葉に奈良の奈で“葉奈はな”って人?」
「!? どうして、それを⋯⋯」

 誰も、知らないはずだ。読み方を知っていたとしても、漢字まで知っている人なんて、限られている。それも、私の母の名前を、どうして私の同級生が知っているのだろう。

「⋯⋯マジかよ」
「な、なんなの? 聞いておいてその反応。あなたにはなにも関係ないし、驚かれる意味も、よく、分からないのだけど」
「関係ならあるさ。さっきの質問で、確定した」
「え⋯⋯?」

 私は改めて彼を見た。綺麗な黒髪。整った顔立ち。スラリと長い手足⋯⋯。そうだ。思い出した。彼はクラスの中でも目立つ方の生徒だ。既に一部の女子は彼に好意を抱いているとか。
 興味がなかったのですっかり忘れていたが、うん。ちゃんと思い出せた。そして、彼が私と関係があると言った意味も、理解した。
 私は一度だけ、母から、父について教えてもらったことがある。父の名前は、喜多川きたがわ智人ともひと。そして、彼の苗字もまた、喜多川だった。

「親父が言うには、お前は、俺の異母妹いもうとだとさ。母親の名前が正しければ絶対だって、親父が言ってたんだが⋯⋯まさか、本当にそうなのかよ⋯⋯」
「ちょ、ちょっと待ってよ! それに、なんで⋯⋯なんで私が佐々木葉奈の娘だって分かったの? 佐々木なんて、いっぱいいるじゃない」
「顔だよ。お前は似てたんだってよ、母親に」
「う、そ⋯⋯」
「嘘と言われても、俺だって知らねぇよ、お前の母親なんて」

 そういうわけだから、と喜多川くんは言った。

「俺らは半分だけ血のつながった兄妹らしい。ま、だからって養子縁組をするわけでもないけど」
「⋯⋯これから、どうするの?」
「は?」
「喜多川くんは、これから、どうするの? 私は⋯⋯どうすればいいの?」
「知るかよ。ただ、異母兄妹ってだけだろ。今まで通り、ふつーに過ごす。じゃ。俺、部活だから」

 荷物を置いて、喜多川くんは教室を出た。
 一人残された私は、呆然としていた。
 そして⋯⋯

「なに、それ。意味分かんないんだけど⋯⋯」

 異母兄妹? 普通に過ごす??
 ⋯⋯できるわけない。今まで通りなんて、できるわけない。だって、“同級生は異母兄妹でした”なんてそんな小説みたいなこと、現実世界で起こるなんて⋯⋯。
 私は、どうすればいいのだ。
 四月から波乱の展開なんだけど⋯⋯っ。


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