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第一部
96.幸せに生きてほしいと願って何が悪いの?
しおりを挟む「……時系列順に説明してもよろしいでしょうか」
「話を逸らす気?」
「いいえ。愚弟について説明するためにも大事なことです。一旦、殺気を収めてください。それと、先に言っておきますが、愚弟は生きています。そこは保証します」
「どこにいるのって聞いてるでしょ」
「少なくとも、馬車を飛ばして1週間はかかるところです」
「【転移】すれば問題ないわ。早く教えて」
「ユリアーナ様が行ったことのない地です。【転移】は不可能ですよ」
イライラしてきた。
どこって訊いてるのに、教えてくれない。
私に言えないような場所ってこと?
娼館とか?
でも、そんなところにルアが行くとは思えない。
それとも、前みたいに裏社会の方に……?
「話を聞いていましたか? 私は、殺気を収めろと言ったんです。落ち着きをなくせとは一言も言ってませんよ」
「……」
「私が信用ならない、と?」
信用できると思っているのか?
少なくとも今の私には無理だ。
「当たり前でしょ。実力は認めるけど、あなたが裏社会の人間であることに変わりはない。あなたがルアと奴隷契約を結んでいた事実は変わらない。これ以上、理由なんている?」
「随分と愚弟に肩入れしているのですね」
「肩入れ? ルアは私の家族のようなものよ。血がつながっていなくとも関係ない。幸せに生きてほしいと願ってなにが悪いの」
エヴァは表情ひとつ変わらない。
―――なんで……? どうして教えてくれないの……?
不満が怒りとなり、魔力を伝い、形を成す。
魔法陣がエヴァの周りを覆った。
「エヴァ様! っ……おやめください、ごしゅじんさま!」
「ユリ、ちょっと黙ってて。私、今ものすごく怒ってるから」
「っ……ルア様は生きてます! 嘘ではありません! ちゃんと、ちゃんと陽の光の下で生活されています!」
「!」
ユリの制止によって、私は若干の理性を取り戻す。
「……それは、本当のこと?」
「はい。本当です。私の言葉では信用できませんか?」
そこでやっと私は落ち着くことができた。
「ルアのことは……」
「ちゃんとお伝えいたします。お約束します。心配ならば、契約書も書きます。いいですよね、エヴァ様? ほら、エヴァ様もこう言ってます。だから大丈夫です」
「……うん」
「ただルア様についてお伝えする前に、マナ・ライアーやごしゅじんさまが眠っていた間の出来事を聞いてほしいのです。これにはちゃんと意味があります。決して、ごしゅじんさまに意地悪で言っているわけではありません」
「……うん」
ユリに言われなくてもわかってる。
エヴァは特別な事情がない限りちゃんと私に情報を教えてくれる。
時系列順に話した方が理解できることもあるだろうし、その方が説明が楽で済む。
そういうことも考えてエヴァは言ったのだ。
―――落ち着け、私。
状況把握の方に今は集中すべきだ。
「……ごめんなさい、エヴァ。取り乱して」
「冷静になられたようで結構です。では、改めてご説明させていただきます」
エヴァは恭しく言うと説明を始めた。
「まず、ユリアーナ様はマナ・ライアーの呪いとナイフによる怪我で瀕死状態でした。死ななかったのはフェーリ様の〈精霊の加護〉があったからかと。さすがは〈精霊の愛子〉ですね」
〈精霊の加護〉はお母様から誕生日にもらったやつだ。
いざという時に助けてくれるというのは本当だったらしい。
―――お母様、マジ感謝……!!
お父様が惚れるのも分かる。
「マナ・ライアーはその後、こちらで拘束・監禁させてもらいました。尋問したところ、『あるじ様』という人物のために動いたと言っています。それと―――彼女は黒髪赤眼の女性でした」
「えっ……!?」
マナちゃんは4、5歳ぐらいの少女だったはずだ。
魔法で姿を変えていたのか。
いや、今はそれよりも―――
「黒髪赤眼って……」
「はい。マナ・ライアーは『ユリアーナ様を一番敬愛し、崇拝し、お慕いする者』と名乗った人物でした。本人も認めています」
エヴァに記憶操作の魔法をかけ、私の暗殺を依頼した人……。
まさかマナちゃんだったとは。
「正確な年齢は分かりませんが、13歳ぐらいと思われます。その歳であの実力と考えるとゾッとします。そんなマナ・ライアーを従わせる『あるじ様』とやらも気になります」
マナちゃんからは異常な忠誠心とひどく歪んだ感覚を感じた。
『―――ごめんなさい、おねえちゃん。ずっと、この機会を待ってたの』
あの恍惚とした表情が忘れられない。
多分、死ぬまで忘れないと思う。
『あぁ、やっと刺せた……。おねえちゃんのその絶望した顔を見れて、私、すごく嬉しい』
『演技は自信あったから心配してなかったんだ。実際、うまかったでしょ? 私の特技の1つなんだぁ~。見事に騙されてたよね。泣き真似、上手だったでしょー?』
頬を薔薇色に染め嗤っていたマナちゃん。
すごく、怖かった。
「それで、ここからが問題なんですが……」
エヴァは深刻な表情で告げた。
「つい先日、脱走されたんですよ」
「…………え、脱走!?」
「まだまだ情報を引き出す予定だったのですが……最悪です」
―――本当に最悪な状況だね。
マナ・ライアーは危険人物だ。
逃がしたことはかなりの痛手だ。
「幹部2人が追跡を図りましたが失敗に終わりました。マナ・ライアーの仲間と思われる人物が脱走を手助けしたようです。その人物も強者だったと聞いています」
「仲間……」
「ごしゅじんさま、覚えていらっしゃいますか? マナ・ライアーが兄だと言っていた少年のこと」
「え! あの子、仲間だったの!?」
「あ、いえ、その子は一般人です。数日前に行方不明となっていた少年でした。遠方から操られていたとのことです。操られていた際の記憶はないと言っています」
「じゃあ、マナちゃんの仲間って……」
「はい。少年を操っていた人物―――傀儡師《くぐつし》と推測しています」
傀儡師は傀儡を操る術師のことだ。
体はもちろん、心まで支配することができる傀儡師は傀儡にしたものを意のままに操ることができ、一度傀儡の契約を結べばその傀儡は死ぬまで傀儡《あやつりにんぎょう》となる。
魔法よりも束縛力があり呪いよりも強い強制力がある傀儡の術。
欠点を挙げるとすれば傀儡にできるものには複数の条件があり、自分よりも魔力量が多いものは傀儡にはできないことだ。
「警備は非常に厳重でした。にも関わらず脱走されました。こんなことは初めてです。相手は無名。かなりの実力者です」
「呪術師に傀儡師……厄介ね」
「まったくです」
―――疲れてるんだな~。
いつもよりもため息の回数が多い。
うっすらだがクマがあるような気もする。
「エヴァ、寝てないでしょ」
「……」
「ちゃんと寝なきゃダメだよ?」
「成長期は過ぎていますので必要ないです」
「わからないわよ? 今何歳?」
「24です」
―――思ったより若い……。
まだ20代前半。
身長はまだ伸びるはず!
(※男性は17歳~18歳前後で成長期を終えると言われています。ユリアーナは「まだ伸びる」と思っていますが、かなり厳しいです)
「エヴァ様。相手が無名だと実力者と思うのはなぜですか?」
「あ、たしかに」
エヴァは『相手は無名。かなりの実力者です』と言っていた。
その言い方だと『無名=実力者』と捉えられる。
どうしてなのだろう。
「二つ名がつかない理由はなんだと思います?」
「……有名じゃないから?」
「そうですね。では何故、強いのに有名じゃないと思いますか?」
「情報が少ないからでしょうか……?」
「それもあります。何故、情報が少ないのかが鍵です」
「「うーん……」」
まったくわからん。
ユリも同じようだ。
「…………答えは?」
「もう諦めるのですか?」
「うん。ユリはどうしたい?」
「私も答えを知りたいです」
エヴァは「そんなに難しいことではありません」と言って、答えを教えてくれた。
「単純なことですよ。―――姿を見た人物全員を殺しているからです」
「……………………え?」
エヴァは頷いた。
私もユリも衝撃で絶句してしまう。
「裏社会には情報屋というものが存在しており、常に世界を見張っています。ですが稀にその情報屋の目を掻い潜って活動している者がいます。それがマナ・ライアーやその仲間です」
少なくとも魔力の隠蔽技術がハイレベルってことだ。
もちろん、魔力以外の足跡とか気配とかを消すのもうまいだろう。
そんな人に私は狙われていたのだと思うと恐怖で体が震えた。
―――出会った人を皆殺しにすれば存在が明るみに出ることはない、か。
なんて残忍なんだろう。
「仮に情報屋に見つかっても、すぐに殺害すればいいのです。罪のない一般人の目撃者も然り。情報屋は情報を掴めないのでその者に二つ名が付くことはありません」
そんな化け物級がゴロゴロいるのが裏社会なのだろうか。
私が住む世界よりも平均寿命は非常に短いし、被害を受けた人は運が悪かったとか、自業自得などと呼ばれる実力主義の世界。
それが裏社会だと前にルアが言っていたような気がする。
「そういうわけで、マナ・ライアーとその仲間は目下捜索中です」
「私たちは会ったらどうすればいいの?」
「ユリアーナ様は絶対に戦おうとせず、すぐに逃げてください。ユリ、あなたも同じです」
「ん、わかった」
「かしこまりました」
話はざっとこんなところだ。
まず、マナちゃんは捕まえたが仲間と共に脱走されて行方不明。
私はお母様の〈精霊の加護〉によって死には至らなかったもののマナちゃんによる呪いは残っており、呪いには再発の可能性があるとのこと。
呪いの印がおでこに刻まれているそうだが、見えないように術が施されている。
―――傷モノって言われることをユリは心配してるけど……見えないんだから別にいいよね?
そんなに痛いわけでもない。
気にすることはないだろう。
「では、愚弟についてお話しさせてもらいます」
「! 眷属契約を勝手に切ったのはどうしてなの……っ!?」
「では、その話から始めましょう」
ユリに深呼吸をするように言われ、息を吸って、ゆっくりと吐き出す。
―――ルア……。
いったい、何があったのだ。
「結論から言うと、愚弟は自ら眷属契約を破棄したいと申し出ました」
―――は?
そんなこと、ありえない。
「……嘘よ」
「嘘ではありません」
「嘘よ! ルアはそんなことしない!」
「どう思おうと、愚弟がユリアーナ様との眷属契約を破棄するよう言った事実は変わりません」
「なんで……なんでそんなこと……!」
「ユリアーナ様を守れなかったからです」
私を守れなかったから……?
「愚弟はユリアーナ様を守れなかった。フェーリ様の〈精霊の加護〉がなければユリアーナ様は死んでいましたし、呪いも受けた。従者失格です」
「そんなの関係ない! 今回は相手はとても強かったし、私が怪我をしたのは私がマナちゃんを警戒してなかっただけのこと。なのになんでルアが悪いみたいになってるのよ!」
「ユリアーナ様にも非はあると思いますが、明らかに今回のは愚弟の責任です。ユリアーナ様の行動を許し、一生治らないかもしれない傷を負わせた。私が来るのがもう少し遅れれば、ユリアーナ様は助からなかったかもしれない。……これでもまだ、愚弟は悪くないとお思いですか?」
「ええ。悪いのは私よ」
「……」
誰がなんと言おうと、私の意見は変わらない。
ルアは、悪くない。
「ユリアーナ様。私が先ほど言ったことを覚えていらっしゃいますか? 私は、愚弟が自ら眷属契約の破棄を申し出たと言ったのです」
「……だったら、なに?」
「眷属契約の破棄は愚弟の意思です。決して誰かに強制されたわけではありません」
「っ……」
「愚弟は責任感の強い人間です。ユリアーナ様の意思が揺らがないように、愚弟の意思もまた揺らぐことはありません」
それは、つまり、私がなんと言おうと、ルアが眷属契約の破棄をすることは決定事項だということだ。
「っ、でも……!」
「もう黙ってください」
エヴァは冷たい視線を私に向けた。
「愚弟が眷属契約を破棄した理由なんて、少し考えればわかるでしょう。性格から考えられる心境を予想すれば、簡単なことです」
「っ……」
「主人として共に過ごしたのなら尚更です。それでもまだ、なんでどうしてと問うのであれば、はっきりと言いましょう。―――あなたは愚弟の主人にふさわしい人間ではない。私が言えるのはこれだけです」
エヴァはそう言うと、部屋から出て行った。
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