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第二部
120.戦法
しおりを挟む「失礼します。1年のユリアーナ・リンドールと申します。ノエル先輩はいらっしゃいますか?」
ある日の放課後、私はノエル先輩のいる教室を訪ねた。
理由はもちろん、魔法戦関係である。
「えっ、ユリアーナ・リンドールって、あの⋯⋯?」
「てか、あのノエルに用があるのか? なんで?」
「む、無視だ無視。関わっちゃいけねぇやつだ」
―――この反応、私に対するものじゃなくて、ノエル先輩に向けられたものが多い⋯⋯ノエル先輩は目立つからなぁ。
良くも悪くも、ノエル先輩の才能は群を抜いている。
目立つのは当然だろう。
⋯⋯実力以外にも素行で少々問題がありそうだけど。
「あれれ? どったの、ユリユリ。誰か探してる?」
「! ノエル先輩⋯⋯!」
ノエル先輩が背後から現れる。
会えて良かった。
「頼んでいたものが届きました。今日から本格的に戦法について話せそうです」
「おお⋯⋯!」
「まとまった時間が必要になりますが、何かご予定はありますか?」
「ないない。場所は移動したほうがいいよね」
「はい」
「おけおけ。―――【転移】!」
見慣れた教室から緑の多い草原へと世界が変わる。
ノエル先輩がいつもの場所に転移したのだ。
「それでそれで? 武器、届いたんでしょ?」
「しーっ、武器ってことは内緒でって言ったじゃないですか」
「あっ、そっか。ごめんごめん」
謝ってはいるが、それ以上に興味や好奇心が勝っているようで、目がキラキラしている。
ノエル先輩らしい。
―――【空間】【転移】
異空間に収納しておいた武器―――拳銃を取り出し、ノエル先輩に手渡した。
「これが⋯⋯」
「今回の魔法戦のため依頼した魔道具―――魔法銃です」
「魔法銃⋯⋯?」
外側には鉄を使っており、光に反射して黒く鈍く輝く。
精巧に作られたそれは、とても美しい。
美しいのだが―――
『名前はクロトがいいな』
『クロト、ですか?』
『あぁ。運命の糸を紡ぐ女神の名前だ。この武器の名にふさわしい』
ただの魔法銃でいいと思っていたが、ザックは自分のつくった武器で、特に優れたものに名前をつけるらしい。
名前があって困るものではなかったため、結果、魔法銃はクロトと名で決定した。
―――まさか本当に短期間で完成させるとは⋯⋯さすがノイア・ノアールの専属武器職人。腕も良ければ仕事も早いとは。
あとでエヴァに上乗せした料金を渡しておこう。
ザックは良い仕事をしてくれた。
「ねぇユリユリ。これは、どういうものなの? 見た感じ武器だけど、魔道具でしょ、これ?」
「! よく分かりましたね、魔道具だと」
「まあね。これでもあたし、先輩だから」
―――先輩かどうかは関係ないのでは⋯⋯?
ノエル先輩は一通り見ると、魔法銃の見解を述べた。
「この中に魔力を流して、魔法を発動させるって感じかな? 魔法の使用は禁止だけど、それは、何かを媒介に発動させるのはありって意味だから、今回の場合は魔道具を頼るんだよね? あくまで私は魔力を流しただけ、ってことになるから」
「っ、そう、です」
「ここのL字のところのリングは魔力を吸うところで合ってる?」
「はい。リングに利き手の人差し指を入れて携帯します。その部分を強く押すと⋯⋯」
「魔力が吸われるってわけか。そしてその魔力は魔法となり、筒の先から発射される。ユリユリのことだし、吸収する魔力量は自動で調節してくれるって感じ? 魔法の威力は使い手の魔力の質と発動させる魔法のレベルで変わる⋯⋯こんなところかな」
当たりだ。
すべて当たっている。
「ねえねえ、魔力を魔法に変えるとき、どうやって指定の魔法にするの? あたしがするのは魔力吸われるだけだから、よく分かんなくて⋯⋯」
「この魔力弾というものを使います。この細長い円柱の穴にセットして、魔力を流すと魔法が発動します。試しにこれを使って撃ってみてください。的は⋯⋯【創造】」
分厚い丸太を創り、奥の方に置く。
「この真ん中を狙ってください」
「ん。りょーかいっ⋯⋯!」
数秒、ほんの数秒の間にノエル先輩は狙いを定め、引き金に指をかけ、強く押した。
魔法銃《クロト》がノエル先輩の魔力を吸収し、魔法へと変換する。
「⋯⋯ここ」
一閃の光が放たれ、魔法が発動した。
さっき入れた魔法弾は【氷結】―――丸太の真ん中には氷柱のようなものが突き刺さっていた。
「やった! 狙い通り~!」
―――すっご⋯⋯。
ぴったり真ん中、ど真ん中をノエル先輩は射抜いた。
魔法銃を使うのは初めてのはずなのに、この精度⋯⋯ただの戦闘好きではない。
これは才能の領域だ。
戦いの才能、武器を扱う才能が、ノエル先輩にはある。
―――しかもノエル先輩、魔法銃の仕組みを初見で見抜いた。
銃はこの世界に存在していない武器。
だからノエル先輩は扱ったことがないはずなのに、鋭い観察眼で仕組みを理解した。
この先輩は、すごい。
同じ人間とはとても思えない。
「ユリユリ、ユリユリ! これめっちゃいい武器だね! 魔法弾を量産しておけば問題ないし、なくなったとしてもユリユリがいる! 弓矢とは違って片手で扱えるから動きやすいし、動ける範囲が決まってる魔法戦にちょうどいいよ!」
「使い心地はどうですか?」
「すごくいい! 初めて使ったけど、なぜだかしっくりくるよ~!」
それならよかった。
武器の良し悪しに関わらず、使いやすさは重要な要素だ。
どんなに素晴らしい武器でも、上手に使えなければ意味がない。
「では、詳細な戦法についてお話します」
前回の作戦会議では大まかなものしか話していない。
魔法銃が使えるようになった今、戦法は確定した。
「まず、ノエル先輩は攻撃役、私は補佐役となります」
「あたしが攻撃役なのは分かるけど、ユリユリは補佐役なの? 別に、攻撃役がふたりいたっていいのに」
「今回の魔法戦は試験も兼ねています。ペアでの戦闘においてどちらとも同じ役割になるのは、実際の戦いでは危険です。分かれたほうがいいかと」
「あー⋯⋯たしかに」
ペアだと大抵は攻撃役と防御役、または攻撃役と補佐役の2パターンだ。
「じゃあ、なんで防御役じゃなくて補佐役なの? 補佐である理由はなに? 防御してもらえなかったら、あたし、攻撃を受けるかもしれないよ?」
「ノエル先輩がエトワールの生徒の攻撃を⋯⋯それも、魔法の攻撃を受けるとは思いません」
「言い切るんだね」
「信頼している証拠です。それともノエル先輩はたかが魔法学校の生徒ごときの攻撃を受けるんですか?」
「それ、あたしのこと挑発してる?」
「してます。煽ってます」
「⋯⋯」
「あっ、もしかして私、煽るの下手くそでしたか? すみません。こういうの、あまり得意じゃなくて⋯⋯」
悪役のような他人を追い込むのは得意なのだが、人をその気にさせるのは苦手なのだ。
エリィ姉さんに今度鍛えてもらおうかな⋯⋯。
「⋯⋯あははっ! ユリユリってホント面白いよね~! マジメな優等生かと思いきや、時々変なこと言ってるし~」
「? 変なこと言ってます?」
「言ってる言ってる~。変人の領域に入りかけてる~」
「へ、変人の領域!? そんなことないです!」
「あるんだなぁそれが」
けらけらと笑うノエル先輩。
ノエル先輩のほうがよっぽど変人なのに!
「で、どうして補佐役?」
「⋯⋯私は一級魔術師です」
「だから?」
「魔術師試験でもないのに一級魔術師と戦うのは可哀想です。せめて、補佐役に回ったほうがいいと⋯⋯」
「敵への同情とか、いらないと思うけど。敵って言ったって、模擬戦のだから殺さないし」
「弱者をいたぶる趣味はありません」
「あとは?」
「ノエル先輩はひとりで蹴散らすほうがお好きかと思いました」
「なんで知ってんの?」
「なんとなくです」
私が補佐役を志望するのにはふたつ、理由がある。
ひとつはノエル先輩に言ったように、私がノエル先輩の強さを信じているから。
そしてもうひとつは⋯⋯私の補佐のレベルを上げたいから。
―――私、補佐って苦手なんだよねぇ⋯⋯。
チミチミした細かい作業が多くなる補佐役は、大雑把なことしかできない私にとって、気の滅入るような役だ。
ちなみに氷の鈴は唯一の例外である。
あれは私が興味本位で手を出した代物だ。
ミア様から研究室の一部を借りてたこともあって、投げ出すことはできず、結果的に完成させることはできたのでよかった。
―――昔はルアに任せてたけどルアはもう、いないからね。次会ったとき、私の成長ぶりに驚かせてやるんだから!
ルアの主人にふさわしい人物なのだと思わせてみせたい。
だから、苦手なことだけれど、やろうと思うのだ。
「やるからには最高の補佐を頼むよ? ま、あたしの力があればユリユリの補佐がなくたってどんな相手にも勝てるけどね~!」
その自信はどこから来るのやら⋯⋯。
とは言え、ノエル先輩が強いのは本当のこと。
調子に乗らせなければ大きな戦力だ。
―――話を本軸に戻すとしますか。
「基本的にノエル先輩が突っ込み、私が補佐します。もしノエル先輩がピンチのときは、私も攻撃役となります」
「ユリユリがピンチのときはあたしが助けるね!」
「はい。お願いします」
私がピンチになるとしたらまず一番物理攻撃だろう。
ノエル先輩に守ってもらえるなら心強い。
次は精神攻撃かなぁ⋯⋯されたことないから分からないけど。
「魔法銃は近接戦でも遠距離からでも戦えます。状況に合わせて使ってください。もし、完全物理攻撃の手や足を使った攻撃をしたくなったら、防御の構えでやってください。相手の方に押し込む形でなければ、ノエル先輩限定の魔法戦のルールには引っかからないはずです」
「んー⋯⋯つまり、相手が攻撃してきたから防御した、ってことになればいいのか」
「はい。うまく使えば相手をルール違反で退場させることもできますよ。とにかく、攻撃しようとする姿に見えなければいいんです」
「ほぅほぅ。ワルですなぁユリユリ殿」
ふんっ、別にワルでもいいもん。
誰に何と言われようと、ルールの範囲内ギリギリを狙うことは悪くないもん。
だってルール守ってるもん。
「ユリユリは何するの?」
「私は魔法弾を作ったり、敵の動きを鈍くしたりします。補佐役ですので」
「【治癒】や【回復】は?」
「ノエル先輩なら攻撃しながら同時にできるかと思っています」
「まぁね~。でも、瀕死だったら頼むよ?」
「もちろんです」
ノエル先輩が瀕死になるところなんて想像できないけどね。
「あ、ノエル先輩。前々から聞きたいと思っていたのですが⋯⋯」
だが最後まで言い終える前に、私の言葉は遮られた。
「ユリアーナ・リンドール様とノエル・シエナ様、ですね」
後ろから声がして振り向くと、そこにはふたりのエトワールの生徒がいた。
ひとりは伽羅色の髪に灰茶の瞳の1年生―――ルコラ・エトワール様だ。
ライゼ様の娘で私のクラスメイトなので知っている。
もうひとりは知らない先輩だ。
リボンタイからして2年生。
黒髪に青みがかった黒の瞳を持っていた。
「⋯⋯なんの御用か知りませんが、まずは名乗っていただけますか?」
「それは失礼しました。1年のルコラ・エトワールと申します」
「2年のハイネ・アルドワーズです。以後、お見知りおきを」
ルコラ様はもちろん、ハイネ様も美しい所作をしていた。
いいところの出なのだろうか。
でも、アルドワーズだなんて聞いたことがない。
「私たちはあるお願いをするためにここに来ました」
「お願い?」
「はい」
ルコラ様は少しの間の後、お願いを言った。
「―――私たちと魔法戦をしてくれませんか」
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