絹の聖女は縁を結ぶ

本編

少女は眺めていた

　ノヴェール帝国の王都に森と見間違えるほどに青々とした木々が茂る庭を有した屋敷がある。
　敷地には大小様々な大きさの建物が点在し、それぞれの役割を果たしていた。

　敷地の主はこの国の服飾ギルド会員の中でも一番に規模の大きいステラ商会の商会長だ。

　平民の出身でありながらその発想や商才は飛び抜けており、織物の発展に一躍貢献したとして皇室より爵位を承った実力者である。

　そんな男の屋敷の内装は機能美を重視されたシンプルな造りだった。

　そんな屋敷のバルコニーで物思いに耽った顔をした美しい少女がいた。

　波打つ生成色の髪は背中あたりで切り揃えられ、韓紅花からくれない色の瞳は白金の長い睫毛に縁取られより一層輝いていた。

　まだ幼く体の小さい少女ではバルコニーの手すりには乗れず、柱を掴んで足元にある庭に視線を落としていた。

「ことし　今年も りぇえ例にもりぇず漏れず、このひこの日がやってきまちたわやってきましたわ…」
はぁ…とため息をつく唇は朝露に濡れた薔薇のようにつやつやとしていた。

　庭には大きな円卓が複数並ばれ、それに使用人たちがせっせと真っ白なテーブルクロスをかけて行っている。

　商会長であるジョン・ステラーナは日常的に質素倹約と誠実がモットーな男だが年に数回だけ豪華な催しをする日がある。

　一つ目は最愛にして唯一の妻ロゼリアーナ・ステラーナの誕生日、二つ目は自身とロゼリアーナの結婚記念日…

　そして三つ目は……

「ベガ～‼︎我が家の愛しい可愛いお姫様～！」

「ベガちゃーん」

「「「ベガお嬢様～‼︎」」」

「ひぇ…っ」

　今バルコニーで蒼い顔をしている幼く美しい少女、ジョンとロゼリアーナとの間の唯一の子どもであるベガ・ステラーナの誕生日である。

「お嬢様‼︎やぁっと見つけましたよ‼︎」
　バルコニーの入り口に紅鳶べにとび色の髪を後ろで一本に編んだ少女の使用人が仁王立ちした。

「あ…やぁ…ふぃあーな…。わたくちは私はみちゅかり見つかりたくはなかったでしゅわたくはなかったですわ…」

　さっきまで白磁のような白い肌にぷっくりとした薔薇色の頬をしていたベガは今となっては顔面蒼白となり目を逸らしている…。

「何言っているんですか‼︎今日の主役はお嬢様ですよ‼︎…いや、毎日ココはお嬢様が主役でしたね…。」

　そう言いながら『ふぃあーな』と呼ばれた少女はベガを軽々とお姫様抱っこした。

「あ…そ、そんにゃことをそんなことをちにゃくてもしなくても、わたくち私はにげまちぇんわ逃げませんわ‼︎」

「そんな事言って去年は乳母のマリーナさんの目をすり抜けて逃げようとしましたでしょう？」
覚えておられますか？とフィアーナが顔を覗くとしっかりと覚えていたようで、一度だけ目を大きく開いてそれから黙った。

　フィアーナが深く深呼吸をすると常盤色の瞳が淡く発光した。
「ベガお嬢様を確保しましたー！速やかにお嬢様の支度係は集まるように‼︎」

　フィアーナは風魔法を使い、自分の声を屋敷の使用人たち全員に届くようにしたのだ。

（はぁ…転生して3年目…やっぱりまだ慣れない事が多すぎるわ…）

　ベガのため息が掻き消えるかのように使用人たちの慌しい足音が屋敷中に響いていた。