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未来
6
「まさかこんな状況になるとは夢にも思いませんでした」
「そうかえ?それは重畳。そなたを出し抜けるとは妾も捨てた物ではなさそうじゃな」
良く躾けられた使用人が音もたてずにソーサーを目の前に置くのを視界に入れつつ、ツェーダンは真っすぐ目の前の人物を見つめていた。優雅にティーカップを持ちあげて唇を湿らせたその人は、上機嫌に尻尾を揺らした。
普通、高貴な身分に成る程、感情を示す耳や尻尾の動きを制限するように躾けられる。にもかかわらず、この国随一ともいえる高貴な身分のその女が平然と尻尾で機嫌のよさを伝えてきている。その事実にツェーダンはすっと目を細めた。
「おお、怖い顔じゃ。せっかくの茶が台無しになってしまう故、リラックスしたらどうじゃ?裏切り者どの?」
「私如きがお茶会に参加できるなど、身に余る光栄。御身を前にして緊張してしまうこと、お許しを」
あえて見せられるそれは余裕の象徴。捉えたはずの自分を優雅に茶会へと誘っている事も相まって、ツェーダンの緊張はうなぎ登りである。一体何を考えている、と思考を高速で走らせる。
そんなツェーダンのピリピリとした空気を鷹揚に受け止めた女――ウーリィ国の隣国にして、オールター達が西の国と称する国、ホーテン国の王女は美しく微笑んだ。
王女の名はナティーサ。オールターとの縁組が持ち上がっている、オールターの正妃第一候補の女だ。黒豹の彼女は、清廉な美しさを誇るツェーダンとは真逆の美しさを持つ。品がありつつも酷く肉感的な体ツキをしており、その大輪の花の様な美貌も合わせれば、落ちない男もいないだろうと思わせるほど。
しかし、ツェーダンは全く惑わされる様子もなく、観察という表現が似合う瞳を向けるだけ。どうやって情報を引き出そうかと考えている様子に、ナティーサはコロコロと笑った。
「どうして連れてこられたかと考えておるのかの?」
「ええ」
「なぜじゃとそなたは思う?」
「オールター王の傍に汚点が存在するのが許せなかったから」
「ほほほ。よきところに目を付ける。流石じゃ。されど、その解答では及第点にしかならんのぉ」
ほぼ正妃に確定していると言っても過言ではない女からすれば、自分の存在は気に食わないだろう。なにせ、自分は、「栄光あるオールター王における過去の汚点」が代名詞であると言っても過言ではない。そう当たりを付けてみたのだが、良い線言っているようだ。完答ではないようだが。
可憐に嗤う女。及第点にしかならないということは、先ほど挙げたものは幾つかある理由の一つでしかないという事か。ふわりと大きな木の葉型の尻尾を揺らしてツェーダンも微笑む。
「そうでしょうね。なにせ、僕の存在が気に食わないというならば、襲ってきた時点で殺してしまえばよかった。なのに、僕は生きてここに居る。誘拐なんてリスクが多き事、僕ならしません」
「重ね重ね流石よの。訳も分からず連れてこられてばかりというのに、冷静な状況判断。妾を見ただけで場所を察し、理由に検討を付けるなど、常人の精神ではそうはできまい」
「残念ながら、常人の精神だったらとっくに狂ってる自信がある位には、波乱に満ちた生き方をしているつもりですので」
笑顔で嫌味の応酬に付き合っていたが、ふとナティーサの瞳に狂気じみた光を見つけ、ツェーダンの背に冷たいものが滑り落ちる。咄嗟にポーカーフェイスを取り繕って気付いていないフリをしながら、更に探りを入れようとする。しかし、その必要はなかった。何故なら。
「簡単な話よ。妾の予定では、そなたを浚ったのち、そなたが自分の意思で出て行ったように見せかけておけと命じておったのだ。さすればきっと、オールター王はそなたを探すであろうなぁ?」
自ら計画を暴露し始めたのだ。急な展開に、一瞬動揺したツェーダンだったが、徐々に顔が強張っていった。
「妾はな?ずっと待っておったのじゃ。オールター王との縁談が持ち上がって、数年たつ。にもかかわらず、王は迎えに来て下さらぬ。ゆえに思ったのじゃ。ならば、妾の方から手土産を持って参じればよいとな」
「まさか」
「そのまさかじゃ。またしても逃げ出した裏切り者を捕らえたともなればこれ以上となく極上の手土産となろう!それゆえに者どもに命じたのじゃが、失敗するとは。まったくどうしてくれようかの」
やれやれとため息をつく美女を前に、ツェーダンは愕然としていた。言葉もない彼を見て、ニヤニヤと満足気で、卑しい笑みを浮かべる女。美しい顔が醜く歪んでいる事に、彼女は気付いていないのか。
「そなたが死んでくれれば、邪魔がいなくなって、なお良かったのじゃがなぁ。さすがに殺してしまうと、王の御前に引き出す前に腐り落ちてしまうかと思うとそうともいかぬし、そもそも汚らわしい。よって生かしたまま連れてこさせたのよ。そしたらそなたと話してみとうなって今に至るという訳じゃ。妾の気まぐれと寛容さに感謝するのじゃな」
高らかに嗤う女。考えずとも、察するべきであったのだ。オールターの正室の座を狙う彼女にとって、オールターの番はそう言う意味でも邪魔な存在であるのは明らか。だからこそ、今回の強行策に出たのだろう。それは分るのだが。
ツェーダンは体の震えが止まらなかった。恐怖からではない。胸を掻きむしりたくなるほどに湧き上がる怒りによって。余りに雑で、余りに身勝手な計画。そんな適当な自作自演にオールターが騙されるものか、と叫び出したくなる己を押さえつける事に必死だった。
**********
ここでまさかの恋敵登場……。しかし、彼女は踏み台なのでさくっといきます……。
さっさと進めろよとお思いの皆さま。彼女が必要な理由もちゃんとありますので、もうしばらくお付き合いくださいませ。
「そうかえ?それは重畳。そなたを出し抜けるとは妾も捨てた物ではなさそうじゃな」
良く躾けられた使用人が音もたてずにソーサーを目の前に置くのを視界に入れつつ、ツェーダンは真っすぐ目の前の人物を見つめていた。優雅にティーカップを持ちあげて唇を湿らせたその人は、上機嫌に尻尾を揺らした。
普通、高貴な身分に成る程、感情を示す耳や尻尾の動きを制限するように躾けられる。にもかかわらず、この国随一ともいえる高貴な身分のその女が平然と尻尾で機嫌のよさを伝えてきている。その事実にツェーダンはすっと目を細めた。
「おお、怖い顔じゃ。せっかくの茶が台無しになってしまう故、リラックスしたらどうじゃ?裏切り者どの?」
「私如きがお茶会に参加できるなど、身に余る光栄。御身を前にして緊張してしまうこと、お許しを」
あえて見せられるそれは余裕の象徴。捉えたはずの自分を優雅に茶会へと誘っている事も相まって、ツェーダンの緊張はうなぎ登りである。一体何を考えている、と思考を高速で走らせる。
そんなツェーダンのピリピリとした空気を鷹揚に受け止めた女――ウーリィ国の隣国にして、オールター達が西の国と称する国、ホーテン国の王女は美しく微笑んだ。
王女の名はナティーサ。オールターとの縁組が持ち上がっている、オールターの正妃第一候補の女だ。黒豹の彼女は、清廉な美しさを誇るツェーダンとは真逆の美しさを持つ。品がありつつも酷く肉感的な体ツキをしており、その大輪の花の様な美貌も合わせれば、落ちない男もいないだろうと思わせるほど。
しかし、ツェーダンは全く惑わされる様子もなく、観察という表現が似合う瞳を向けるだけ。どうやって情報を引き出そうかと考えている様子に、ナティーサはコロコロと笑った。
「どうして連れてこられたかと考えておるのかの?」
「ええ」
「なぜじゃとそなたは思う?」
「オールター王の傍に汚点が存在するのが許せなかったから」
「ほほほ。よきところに目を付ける。流石じゃ。されど、その解答では及第点にしかならんのぉ」
ほぼ正妃に確定していると言っても過言ではない女からすれば、自分の存在は気に食わないだろう。なにせ、自分は、「栄光あるオールター王における過去の汚点」が代名詞であると言っても過言ではない。そう当たりを付けてみたのだが、良い線言っているようだ。完答ではないようだが。
可憐に嗤う女。及第点にしかならないということは、先ほど挙げたものは幾つかある理由の一つでしかないという事か。ふわりと大きな木の葉型の尻尾を揺らしてツェーダンも微笑む。
「そうでしょうね。なにせ、僕の存在が気に食わないというならば、襲ってきた時点で殺してしまえばよかった。なのに、僕は生きてここに居る。誘拐なんてリスクが多き事、僕ならしません」
「重ね重ね流石よの。訳も分からず連れてこられてばかりというのに、冷静な状況判断。妾を見ただけで場所を察し、理由に検討を付けるなど、常人の精神ではそうはできまい」
「残念ながら、常人の精神だったらとっくに狂ってる自信がある位には、波乱に満ちた生き方をしているつもりですので」
笑顔で嫌味の応酬に付き合っていたが、ふとナティーサの瞳に狂気じみた光を見つけ、ツェーダンの背に冷たいものが滑り落ちる。咄嗟にポーカーフェイスを取り繕って気付いていないフリをしながら、更に探りを入れようとする。しかし、その必要はなかった。何故なら。
「簡単な話よ。妾の予定では、そなたを浚ったのち、そなたが自分の意思で出て行ったように見せかけておけと命じておったのだ。さすればきっと、オールター王はそなたを探すであろうなぁ?」
自ら計画を暴露し始めたのだ。急な展開に、一瞬動揺したツェーダンだったが、徐々に顔が強張っていった。
「妾はな?ずっと待っておったのじゃ。オールター王との縁談が持ち上がって、数年たつ。にもかかわらず、王は迎えに来て下さらぬ。ゆえに思ったのじゃ。ならば、妾の方から手土産を持って参じればよいとな」
「まさか」
「そのまさかじゃ。またしても逃げ出した裏切り者を捕らえたともなればこれ以上となく極上の手土産となろう!それゆえに者どもに命じたのじゃが、失敗するとは。まったくどうしてくれようかの」
やれやれとため息をつく美女を前に、ツェーダンは愕然としていた。言葉もない彼を見て、ニヤニヤと満足気で、卑しい笑みを浮かべる女。美しい顔が醜く歪んでいる事に、彼女は気付いていないのか。
「そなたが死んでくれれば、邪魔がいなくなって、なお良かったのじゃがなぁ。さすがに殺してしまうと、王の御前に引き出す前に腐り落ちてしまうかと思うとそうともいかぬし、そもそも汚らわしい。よって生かしたまま連れてこさせたのよ。そしたらそなたと話してみとうなって今に至るという訳じゃ。妾の気まぐれと寛容さに感謝するのじゃな」
高らかに嗤う女。考えずとも、察するべきであったのだ。オールターの正室の座を狙う彼女にとって、オールターの番はそう言う意味でも邪魔な存在であるのは明らか。だからこそ、今回の強行策に出たのだろう。それは分るのだが。
ツェーダンは体の震えが止まらなかった。恐怖からではない。胸を掻きむしりたくなるほどに湧き上がる怒りによって。余りに雑で、余りに身勝手な計画。そんな適当な自作自演にオールターが騙されるものか、と叫び出したくなる己を押さえつける事に必死だった。
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