君の絵を探して

天海みつき

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出会いの雨の色

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 青藍の朝は不規則だ。分類的には在宅ワークになるであろう小説家の彼は、出勤時間や勤務時間と言った概念とは無縁故だ。ゆっくりと浮上する意識に逆らわず、目を開ける。

 しばしぼんやりと明るい光に照らされた天井を見つめていたが、もぞもぞと手を周囲に動かしてスマホを探す。指先に触れたそれを引き寄せ画面を表示すると、顔をしかめた。11時。思った以上に寝てしまったようだ。

 「しゃーねーか。雨に打たれ、自分の事をしたうえで、変な野良猫の世話をして。そりゃ疲れるわな」

 一人ごちると、ゆっくり起き上った。彼が住んでいるのは2LDKの部屋。寝室の他には仕事で使用する書斎があるだけ。なので、適当な毛布を引っ張り出して野良猫に投げつけると、そのまま寝室に引っ込んだ。あのまま寝たのであれば、リビングに居るだろう。

 「ってか、一晩過ごしておきながら、俺も名乗ってないし、アイツの名前も知らないって」

 今更ながらに気が付いて頭を掻いたが、すぐに気にしない事にした。どうせこのまま放り出すなら別に名前を知る必要などない。開き直った青藍はあくびをしてポリポリと脇を書きながら寝室のドアを開けた。こんな姿を幼馴染に見せたらまた小言だな、と取り留めのない事を考えながら視線を巡らせて。

 「なんだこれ……?!」


 絶句した。


 比較的綺麗好きな彼は、常に掃除もしっかりしている。にもかかわらず、たった一晩知らない野良猫を部屋に置いていただけで、部屋一面に紙という紙が散らばっていたのだ。これが世にいう猫の悪戯か、と半分現実逃避の様に考えはっと我に返る。

 「いやいや。猫を自称してるってだけで、一応人間」

 野良猫野良猫言い過ぎて本当に猫として認識してる、と自分の頭をひっぱたき辺りを見渡す。どう考えても犯人は一人しかいないのだ。これで散らかしたまま出て行ったのなら全力で思いつく限りの罵詈雑言を並べ立ててやる、と思っていたのだが。目に飛び込んできた様子に青藍は息をのんだ。

 青年が床に這いつくばり、一心不乱に何かを書いていたのだ。手に持ったボールペンが負荷に悲鳴を上げるかのようにガリガリと音を立てている。しかし、青年は全く聞こえていない様子で書き続け、暫くするとその紙を放り出して別の紙を手探りで引き寄せてまた書き始める。まるで何かに憑りつかれているかの様子に、青藍は顔が強張っていくのが分かった。

 無意識に足を動かしていたのだろう。指の先に紙が触れ、思わず視線を落とす。そして、目を見開いた。

 「な、んだ、これ」

 そこに書いてあったのは、絵。ボールペンだけで書いていたため粗い。ざっくりとした構図に、書いてあるもの自体もざっくりとしていてなんだかわかりにくい。だが、引き込まれるようにじっと見続けると、じんわり別のものが見えてきた気がした。

 「コレは……橋?」

 当たりをつけて呟くが、しっくりこなくて黙り込む。橋という無機物にしては生々しい。だが、生物にしては機械じみている。生と無のはざま、どちらにも存在しつつ、どちらにも存在しない。そんな雰囲気を持っていて、青藍はゾクリと背筋を震わせた。

 ゆっくりとしゃがみ込むと、震える指でそれをつまみ上げる。逸らす事の出来ない、まるで許されない視線をどうにか引きはがし、別の紙を拾い上げる。今度は鳥が飛んでいる様子であろうか。先程とは違って鳥であることがすぐにわかる。これも粗削りなのだが、それでも今にも羽ばたいて何処かに行ってしまいそう。

 青藍は次々に紙を拾い上げていった。生き物の絵、建物らしき絵、この付近の風景画、明らかに別の世界と思われる絵、抽象的で何がかかれているのか分からない絵。多種多様な世界が、数え切れない紙に刻み込まれていた。

 「モノクロの癖にやけに色鮮やかって。どうなってやがる……」

 呆然と呟きながら、青藍はそれらの世界に引き込まれて戻ってこれなくなった。一枚、また一枚とめくるたびにその絵にまつわるショートストーリーが思い浮かんでは消えていく。初めての経験だった。

 暫く眺めていると、ふと気が付いた。一枚の紙に幾つもの絵が描かれている。全てをひっくるめて一枚の絵なのか、とも思ったがソレにしては脈絡が無い。海と思われる場所の下に何故か飛行機が飛び、その脇にビルと人が立っている。顔を上げてみると、青年が凄まじい勢いで手を動かしている。紙を捨てては拾ってを繰り返している。

 「紙が足りないから空いたスペースに書いてるのか」

 捨てた紙をまた拾っては書いて捨てる。試しに空白の部分がある紙を手が届く範囲に置いてみると、すぐに奪われ新たな絵が生み出されていく。周りを見ると、置いてあったありとあらゆる紙が彼の画材になっていることに気付く。

 「コイツ、俺のメモ帳まで使いやがった」

 ネタが降ってきた時にメモするメモ帳までもが餌食になり、一枚残らず引きちぎられていた。普段だったら怒り狂うところだが、全く怒りがわいてこなかった。むしろ全ての紙を使い果たしていいと思った。それだけの価値が、気迫が、青年の絵にはあった。

 書くスペースがなくなった紙から回収し、書けそうな部分が残る紙を差し出す。歩き回っては紙を探して差し出した。あっという間に白い紙が真っ黒に染まっていく。それを確認しつつ、青藍は改めて手元に視線を落とした。むずむずと指がうずく。様々な情景が思い浮かんでは、色んな登場人物が脳内で動きまわり主張する。

 そして青藍は確信した。昨日の予感はこれが理由、青藍が再び物語を紡ぐためのキーとして機能するこの青年を手元に置いておく為に本能が叫んでいたのだ、と。

 青藍は青年の描く世界と己の紡ぐ世界に没頭していった。
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