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同居生活の色
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水を得た魚。色鉛筆を与えられた常盤は、如何にもそんな風情だった。大学でも好きなだけ絵を描いているだろうに、家に帰って来ても、空いた時間はひたすら絵を描いていた。勿論それだけではなく、時折、本を読んだり、どこからか持ち込んだ写真集を見てはウットリしている事もあるが。そんな生活を繰り返す毎日。
「最近、発作が随分と落ち着いたな」
今日も今日とて紙に色鉛筆を走らせている常盤に、青藍は声を掛けた。風呂上りで髪から水を滴らせつつ、常盤の背後から絵を覗き込む。気負いなくパーソナルスペースに入り込んでくる色男に、常盤が微かに目元を染めるが、鈍感な男は気付くことなく。そのまま常盤は、水落とさないでよと怒ったように頬を膨らませた。
「おっと悪い。色が落ちるな」
「別にいいけどぉ」
慌てて上体を起こしたせいで、すっと青藍の体温が離れていく。嬉しいようなほっとしたような、でもちょっとだけ名残惜しいような。そんな感情を持て余していたせいか、手が勝手に色を紙面に乗せだす。
「ととと」
「……ホント、感情が絵に直結するんだな」
描いている絵にそぐわない色を乗せだした手を慌てて止めると、青藍が呆れたような感心したような声を出した。気付かれてないよね……?とちらりと見上げるが、全く変わった様子はない。ほっと息をつきつつ、常盤は唇を尖らせた。
「しょうがないじゃん。昔っから変わらないんだもん」
「責めてる訳じゃないさ。寧ろ尊敬すら覚える」
どこか苦々し気に笑った青藍に、首を傾げるが、乱暴に頭を撫でられて終わる。グラグラするが、それすらも嬉しいなんて末期だよなぁと口のなかでぼやきつつ、そっと緩む口元を引き締める。
「才能があるかどうかは分からんが、あるんだとしたら、枯渇って概念もあるんだろうしな。その点、お前にはそれが無いんだろう」
「……?」
にまにまと笑みを形作ろうとする顔を隠そうと、紙の上に顔を伏せて絵に集中する。飼い主に構ってもらえて嬉しいと上機嫌な彼の手は、引っかかる事無く動き続ける。そんななか落ちてきた昏い呟きに、常盤は目を瞬かせた。そっと様子を伺うと、青藍は彼に似合わない昏い笑みを湛えて自嘲するかのような表情をしていた。はたと手が止まり、常盤は焦った。
「えーっと」
「……飼い猫の癖に生意気だ」
必死に掛ける言葉を探していると、はたと我に返った青藍が苦笑した。常盤の様子に、青藍に対して慰めの言葉を探しているのが分かったのだろう。鷹揚に笑ってもう一度髪を掻き回された。ペットを可愛がる手付きに、常盤はへにょりと口角を下げた。常にいっぱいいっぱいの感情をその細い体の中に溜め込んでいる常盤が、今も感情を溢れさせようと、どうやって溢れさせようかと考えている様子に、青藍は強引に話を逸らす事にした。
「で。最近発作が大人しいが、大丈夫なのか」
「むぅ。大丈夫」
一瞬ためらったが、常盤は今の自分には何もできないと潔く諦めた。引き際も限界も分かっている。これ以上は寧ろ青藍を困らせるだけだろうと判断し、ふわりと笑って心配に応える。しかし、青藍は納得できない様子で追及してくる。
「一回、酷い顔をしていただろう。我慢のしすぎだって結論になったが、今回とは違うのか」
「違う違う。アレは完全に絵を描かなくて、吐き口が無かっただけ。今はこれがあるもん」
そういってスケッチブックを大事に大事に掲げて見せる。大半が既に埋まっているが、それでもまだ余裕がある。ぱらりぱらりとページをめくりつつ、一枚一枚を愛おし気に眺める。それらの絵はボールペンの書きなぐりとは全く違う。衝動を抑えきれないといった風情で描くボールペンの絵とは対照的に、一枚一枚が丁寧に描かれている色付きの絵。
「せっかく貰ったんだもん。大事に、丁寧に描かなきゃ罰が当たる」
ふにゃりと眦を下げて笑った常盤。青藍はその幸せそうな顔に、目を見開いて、ふわりと笑い返した。
「そうか。なら、いい」
「ふふふ」
ぐりぐりと頭を撫でてやると、常盤も頭を擦り付けてきた。暫くして満足したのか、また作業に没頭し始める。近くに置かれていたスケッチブックを手に取ると、そこにも何枚かの絵が。
白黒の絵も十分ではあったが、色付きの絵を見てしまうと、ボールペン絵がどれほどシンプルだが味気なかったかが分かる。その分想像が膨らむと言えばその通りだが、やはり色付きの絵はそれとは一線を画す。
ありとあらゆる妄想が青藍の脳内で繰り広げられ、様々なジャンルの物語の断片が浮かんでは消えていく。
常盤に画材を与えた理由は、何処か描きにくそうな常盤に自由に絵を描かせたかったという事と、家中の紙が消えてなくなった事に加え、色を扱う事の出来る環境で描く絵はどんなものかという好奇心が大半を占めていた。
しかし、それだけではない。もう一度、小説を書きたい、と思わせるような絵に出会えるかもしれない。そんな下心が忍んでいた。青藍はジワリと口角が上がるのが分かった。
きっと、このためにコイツは俺の元に来たのだろう。そんな事を思いながら、青藍は常盤の絵を眺め続けていた。ああ、書きたい、と指先を疼かせながら。
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