君の絵を探して

天海みつき

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不穏の色

2

 ある夏の暑い日。僕はあの子を誘って外に出た。あの子は、本が大好きなインドア派。

 「どうしてこんな暑いなか、わざわざ外に出なきゃならないんだか」
 「いいじゃん。ちょっとくらい」
 「何がちょっとなの?!かれこれ何十分歩いていると?!」
 「うーん。30分くらい?」

 のほほん、とこたえるとあの子は頭を抱えて呻きだした。熱中症?大丈夫?と声を掛けると、わざとでしょと恨めしそうな顔をされた。

 「えー?何のこと?」
 「ああそのわざとらしさ。平常運転だね。そうだよね。頭のねじが外れているのは今更だもんね。そうでなければ暑いって分かってる中、外でないもんね」
 「そんなに褒められると照れちゃう」
 「褒めてないから」

 そんな風にぎゃあぎゃあ騒ぎながら、一歩一歩歩いていく。じりじりと太陽の熱が肌を焼き、頬を流れる汗が一瞬だけヒヤリと熱を冷まして、揺らめくアスファルトに滑り落ちる。何てことの無い日の、何てことの無い行動だけど、それが何より心地よかった。

 「で?どこに向かってるの?」
 「もうちょっと……あ、着いた」

 アスファルトの山を越えた先。ずっと青い空しか見えなかったその先が突如開けて、眼下一面が黄色い海。サラリと風に揺れるその様は涼し気だけど、堂々と咲き誇るその様は熱い太陽の化身。

 「こんな所に向日葵畑があったなんて……!」
 「へへん。凄いでしょ。偶々見つけたから教えてあげようと思って」

 隣で暑さを忘れて目を輝かせている。僕は胸を張って得意げに笑った。あの子のキラキラとした眼差しが向けられているのが何よりも嬉しい。僕はあの子の手をぱっととって駆けだした。

 「やっふぅ!」
 「え、ちょ、ひぇぇ?!」

 僕は叫びながら、転がるように坂を下る。すこし運動が苦手なあの子は、僕の後ろで情けない悲鳴を上げつつ必死についてくる。まぁ、それを指摘したら、頬をパンパンに膨らませて真っ赤な顔で怒るから言わないけど。でも、全然怖くないその顔が、ちょっぴり好きだからわざと言ってみようかな。

 上るには延々と続いて終わりが見えなかった坂も、下りはすぐだった。へろへろになってしゃがみ込むあの子を笑うと、きっと涙目で睨みつけられて、もっと笑ってしまう。

 「笑うなって!……ああもういいもん!知らない!」

 そう言ってあの子はぷんぷん歩きながら先に行ってしまう。ごめんごめん、と謝りつつ笑いをかみ殺して後を追うと、あの子は早速カバンから道具を取り出した。

 赤、白、黄色、色とりどりの絵具に、丁寧に削られた色んな硬さの鉛筆。そっと取り出されたスケッチブックは、端がよれよれで古いのだけれど、宝物なのだとあの子は笑って大切に大切に使っているもの。零れないように慎重に開けた水筒には水。飲むためではなく、描くためのもの。

 さっきまでの怒りを忘れて夢中になって絵を描き始めるあの子の隣で、僕もバッグから道具を取りだす。

 僕の持ち物は、原稿用紙とペン。それだけ。

 寄り添って同じものを全く別の方法で書き始める。さらさらと風が僕たちの間を通り抜けていった。





 暫くして、僕もあの子も同時に顔を上げた。これは自分の作品がひと段落した合図。また同時だね、と顔を見合わせて笑って、そのままスケッチブックと原稿用紙を交換する。これも、ずっと前から行ってきた二人のやり方。

 僕はスケッチブックを覗き込む。そこに描かれていたのは、淡い色合いで写し取られた空に向かって凛とした風情で咲き誇る大輪の花。楚々とした風情も感じられるけれど、それ以上に、どうだ!とドヤ顔をされている気がして。僕は吹き出した。

 「えーっと。……ちょっと、なんでこの堂々と咲く向日葵を見て、疲れ切った中年見たいな花が恨めしそうに太陽を見上げているのさ。一体どんな解釈?!」

 隣で文字を目で追っていたあの子が顔を引きつらせている。僕は更に吹き出した。

 そう。僕たちは同じものを見ていても、全く違うものに見えているのだ。何せ、描き出すものが真反対。しかも、面白いことに大体、アクティブで元気っ子な僕の眼に映る者は、のんびりしていたり、偶に疲れたりしている。その一方で、本の虫で室内が大好きなあの子は、常に世界がバイタリティーに満ちた光輝くもの。どうしてだろう、普通は逆じゃない?と二人で首を傾げて笑うのが、何よりもの楽しみだった。

 僕たちは顔を突き合わせて、ああじゃない、こうじゃない、とそれぞれの世界を教え合う。そんな僕たちの頭上で、向日葵は何処か呆れたような、それでいて暖かく見守ってくれているように咲き誇っていた。






――――――僕らの全く同じで全く違う世界のはなし
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