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不穏の色
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「向日葵、ひまわり、ヒマワリかぁ。描いたことあるような、ないような……」
「お前のことだ。描いているだろうに。どうせ発作の時にでも描いているから覚えてないんだろう」
「あ、その可能性大」
帰ってくるなり腹を鳴らして倒れ込んだ常盤を、先ずは風呂に放り込んで食事の支度をした後。何時まで経っても戻ってこない常盤にしびれを切らして探しに行くと、青藍の仕事部屋に忍び込んでいる一匹の猫が。どういう手段を取ったのか、あっさりとパスワードを突破して勝手にかきあげた小説を読みふけっていたのだ。
「……痛」
「勝手に入るなパスワードを勝手に解除するな飯が先だこの馬鹿猫」
「あー、それでも小説を読んだことは怒らないんだ」
「揚げ足捕るな馬鹿猫め」
後ろから歩み寄って拳骨を落とすと、やっと青藍の存在に気付いたようだ。あちゃーという顔で見上げてくる飼い猫を半眼で睨むが、全く聞いていないようだ。
しれっと少しずつ権限を取り込みに来ている常盤。今回欲したのは小説を読む権利らしい。とはいっても、部屋に入る事を許可した覚えはないが、と睨みつけると、前怒られなかったから別にいいんでしょーと勝手に解釈。
「部屋に入るな」
「遅いって」
にへらと笑う常盤にため息をついて、先に飯だ、と促す。こうなったら常盤の方が強いのは既に自覚済みだ。そうはいっても、絶対に踏み込まれたくない場所には近寄らないし、接近の仕方というか嗅覚は凄いよな、と密かに思っていたりする。
後でちゃんと読ませろ、と文句を言いつつついてくる猫にまずは餌をやる。一瞬で小説の事を頭の隅に追いやった常盤がそそくさと手を合わせてかきこみ始める。幸せそうな顔をする常盤に、青藍はそっと笑う。その時。
青藍のスマホが振動し、着信を伝えた。ちらと見ると、メッセージアプリが、メッセージを受信していた。相手の名は"菫"。よく知った名に顔を顰めつつ、ロック画面のまま読める文面に視線を走らせる。
"明日行くから覚悟しておきなさい。絶対に逃げんじゃないわよ"
相も変わらず強気を通り越して傲慢もいい所である。ため息をついてスマホを裏返すと、そのまま箸を持って食べ始めた。メッセージの内容に気が取られていた青藍は気付く事が出来なかった。たまたま見えたメッセージの送信者の名前と、その内容に常盤が動揺したように瞳を揺らしたことに。
もしかしたら、この時点で気付いていたら、結末が変わっていたのかも、知れない。
菫は、30歳になる女性の編集者であり、青藍の年上の幼馴染である。何を隠そう、勝手に出版社へと青藍が執筆した小説を送った張本人である。
「ここにも久しぶりに来るわねぇ。何処かの誰かがキャラ変したお陰で来るに来れなくなっちゃったんだもの」
「久しぶりに会って早々それか。いい加減性格と言動を直さないと嫁の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話よ。アンタにだけは言われたくないし、そもそも猫かぶりに関しては私の右に出る者なんて居ないわよ」
「なお悪いわ」
礼儀正しかったのは、アポ取りまでであった菫。渋る青藍を強引にねじ伏せ、日程を調整したかと思うと、時間ピッタリに上がり込んできた。担当編集であるという事や、互いの両親もよく知る間柄という事で合鍵を奪われたのは、最近の話ではない。
上がり込んだまま、ぐるりと辺りを見渡してそのままソファを陣取る菫。視線だけでコーヒーを要求され、青藍はため息をついた。
「この俺に奉仕を求めるのはお前だけだ」
「あら、ちゃんとキャラ戻してくれたのね。結構。あのジメジメ鬱陶しかったのよねぇ。それにいいじゃない。私の部屋に来た時にはちゃんとお茶出してあげてるんだから」
「お前はその前に部屋の掃除をしろ。常盤と同等レベルで家事スキル壊滅だろうお前」
「常盤?」
相変わらずの女王様に舌打ちしつつ反撃をするが、うっかり泣き所言及してしまい、内心で自分をののしる。興味津々で身を乗り出してきた菫の顔を押しやり、嫌そうな顔でそっぽを向く。
「ねーねー、誰よ常盤って。新しい彼女?」
「喧しい。さっさと本題入れ」
「いいじゃない。時間はたっぷりあるんだから」
「俺は忙しい」
「嘘おっしゃい。今殆ど仕事内状態っていうのは私が一番よく知ってるって忘れたの?あ、もしかして忙しいってのはその常盤って子のお世話?いやぁん、ついにあの朴念仁なくせに俺様な青藍に春が来ちゃった?!」
「相変わらずよくしゃべる……」
げんなりしつつ、コーヒーを啜る。きゃいきゃいと煩いのは昔からだ。一を聞くと十を知らないと気が済まないというか、詮索好きの野次馬精神上等の女である。春が来たって言っても、今までも女位いたぞ、とぼやくが、菫には全く通用しないようだ。
「あら。今までは去る者は追わず来る者は拒まずだったでしょ?全然元カノたちに興味なかったじゃない。それがいきなり雰囲気変わるなんて。本命もいいとこでしょ?あら、もしかして初恋?」
「……黙れ」
幼馴染には多少の変化でも分るらしい。したり顔で切り込まれ、青藍は額を押さえて天を仰いだ。口では男は女に勝てないというのは、いつの時代も全国共通なようだ。
「お前のことだ。描いているだろうに。どうせ発作の時にでも描いているから覚えてないんだろう」
「あ、その可能性大」
帰ってくるなり腹を鳴らして倒れ込んだ常盤を、先ずは風呂に放り込んで食事の支度をした後。何時まで経っても戻ってこない常盤にしびれを切らして探しに行くと、青藍の仕事部屋に忍び込んでいる一匹の猫が。どういう手段を取ったのか、あっさりとパスワードを突破して勝手にかきあげた小説を読みふけっていたのだ。
「……痛」
「勝手に入るなパスワードを勝手に解除するな飯が先だこの馬鹿猫」
「あー、それでも小説を読んだことは怒らないんだ」
「揚げ足捕るな馬鹿猫め」
後ろから歩み寄って拳骨を落とすと、やっと青藍の存在に気付いたようだ。あちゃーという顔で見上げてくる飼い猫を半眼で睨むが、全く聞いていないようだ。
しれっと少しずつ権限を取り込みに来ている常盤。今回欲したのは小説を読む権利らしい。とはいっても、部屋に入る事を許可した覚えはないが、と睨みつけると、前怒られなかったから別にいいんでしょーと勝手に解釈。
「部屋に入るな」
「遅いって」
にへらと笑う常盤にため息をついて、先に飯だ、と促す。こうなったら常盤の方が強いのは既に自覚済みだ。そうはいっても、絶対に踏み込まれたくない場所には近寄らないし、接近の仕方というか嗅覚は凄いよな、と密かに思っていたりする。
後でちゃんと読ませろ、と文句を言いつつついてくる猫にまずは餌をやる。一瞬で小説の事を頭の隅に追いやった常盤がそそくさと手を合わせてかきこみ始める。幸せそうな顔をする常盤に、青藍はそっと笑う。その時。
青藍のスマホが振動し、着信を伝えた。ちらと見ると、メッセージアプリが、メッセージを受信していた。相手の名は"菫"。よく知った名に顔を顰めつつ、ロック画面のまま読める文面に視線を走らせる。
"明日行くから覚悟しておきなさい。絶対に逃げんじゃないわよ"
相も変わらず強気を通り越して傲慢もいい所である。ため息をついてスマホを裏返すと、そのまま箸を持って食べ始めた。メッセージの内容に気が取られていた青藍は気付く事が出来なかった。たまたま見えたメッセージの送信者の名前と、その内容に常盤が動揺したように瞳を揺らしたことに。
もしかしたら、この時点で気付いていたら、結末が変わっていたのかも、知れない。
菫は、30歳になる女性の編集者であり、青藍の年上の幼馴染である。何を隠そう、勝手に出版社へと青藍が執筆した小説を送った張本人である。
「ここにも久しぶりに来るわねぇ。何処かの誰かがキャラ変したお陰で来るに来れなくなっちゃったんだもの」
「久しぶりに会って早々それか。いい加減性格と言動を直さないと嫁の貰い手がなくなるぞ」
「余計なお世話よ。アンタにだけは言われたくないし、そもそも猫かぶりに関しては私の右に出る者なんて居ないわよ」
「なお悪いわ」
礼儀正しかったのは、アポ取りまでであった菫。渋る青藍を強引にねじ伏せ、日程を調整したかと思うと、時間ピッタリに上がり込んできた。担当編集であるという事や、互いの両親もよく知る間柄という事で合鍵を奪われたのは、最近の話ではない。
上がり込んだまま、ぐるりと辺りを見渡してそのままソファを陣取る菫。視線だけでコーヒーを要求され、青藍はため息をついた。
「この俺に奉仕を求めるのはお前だけだ」
「あら、ちゃんとキャラ戻してくれたのね。結構。あのジメジメ鬱陶しかったのよねぇ。それにいいじゃない。私の部屋に来た時にはちゃんとお茶出してあげてるんだから」
「お前はその前に部屋の掃除をしろ。常盤と同等レベルで家事スキル壊滅だろうお前」
「常盤?」
相変わらずの女王様に舌打ちしつつ反撃をするが、うっかり泣き所言及してしまい、内心で自分をののしる。興味津々で身を乗り出してきた菫の顔を押しやり、嫌そうな顔でそっぽを向く。
「ねーねー、誰よ常盤って。新しい彼女?」
「喧しい。さっさと本題入れ」
「いいじゃない。時間はたっぷりあるんだから」
「俺は忙しい」
「嘘おっしゃい。今殆ど仕事内状態っていうのは私が一番よく知ってるって忘れたの?あ、もしかして忙しいってのはその常盤って子のお世話?いやぁん、ついにあの朴念仁なくせに俺様な青藍に春が来ちゃった?!」
「相変わらずよくしゃべる……」
げんなりしつつ、コーヒーを啜る。きゃいきゃいと煩いのは昔からだ。一を聞くと十を知らないと気が済まないというか、詮索好きの野次馬精神上等の女である。春が来たって言っても、今までも女位いたぞ、とぼやくが、菫には全く通用しないようだ。
「あら。今までは去る者は追わず来る者は拒まずだったでしょ?全然元カノたちに興味なかったじゃない。それがいきなり雰囲気変わるなんて。本命もいいとこでしょ?あら、もしかして初恋?」
「……黙れ」
幼馴染には多少の変化でも分るらしい。したり顔で切り込まれ、青藍は額を押さえて天を仰いだ。口では男は女に勝てないというのは、いつの時代も全国共通なようだ。
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