〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

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 清流の里の柵の外。サルベエと重蔵の戦いは続いていた。とはいえ、戦況はサルベエの防戦一方。じりじりと斬撃を防ぐサルベエは、ついに柵のところまで追い詰められた。
(かくなる上は……)
 刀を取り落とし、両手を構える。
(その刃、もぎ取ってくれる)
 身を切られる覚悟で次の一撃を待つ。だが、

 ドオオオオン。

 という、轟音が場をかき乱した。続いて、

 ガアアアアアアア!

 という、獣のような咆哮。
「なんの忍術だ!?」
 より一層警戒を強めたとき、
「なんだありゃ?」
 間の抜けた声を発したのは重蔵だった。松明に照らされた姿を見ると、小太刀を下げて呆としている。
「さ、サルベエ様! 化け物! 化け物や!!」
 物見櫓から与平も叫んでいた。
 山賊どもの仕掛けではなさそうだ。サルベエは意を決して振り向いた。
「あれは……ドラゴンか?」
 白水神社の方角、本来であれば、滝が流れ出てるあたりに巨大な影が見えた。その姿は書物で見たドラゴンのようだった。
「重蔵! 勝負はお預けだ。お主らも早く逃げろ。大変なことになるぞ!」
「あげなもん見たら言われんでも引き上げるわ」
 重蔵は刀を納めてフッと姿を消した。
「貴様も死ぬなよ、なまくら侍」
 闇の中からそんな言葉が聞こえた。
「与平! 里の者を叩き起こせ! 皆、山の中に逃げよ!」
 サルベエは刀を拾い上げながら叫ぶ。
「へ、へい。サルベエ様は?」
「俺は、俺の使命を果たす!」
 白水神社に何かあったのだ。ドラゴンのいる方角から、サルベエは直感した。
 カンカンと与平のならす鐘の音が響く中、サルベエは巨大な影へと向かって真っ直ぐに走った。

「こんやた、巫女さまを降さんか!」
 崩壊する洞窟から脱出した三太が見たのは巨大化した魔物と、その肩に乗る南蛮人。そして、その脇に抱えられた霞の姿だった。
「どきなさい。怪我するのは、そちらです」
 魔物の肩の上から南蛮人が叫ぶ。遠くて顔はよく見えないはずなのに、口元だけニタニタ笑っている様子が見えるようだった。
「どかん! 巫女さまは俺が守るんやけん」
「ならば、蹴散らしなさい、サラマンドラ」
 三太の体より太い脚がせまる。
(受け止めて、ころばしちゃる)
 そんな三太の思いとは裏腹に、
「グフっ」
 想像以上の衝撃を受けて、その体は高く宙を舞った。空中で身動きの取れない三太を握りつぶそうと、サラマンドラの巨大な手が襲いかかってくる。
(潰される)
 三太が覚悟を決めたとき、

 ガアアアアアアア!!

 再び、サラマンドラの咆哮が聞こえた。そして気がつけば、三太は五体満足で地面に倒れていた。体は痛むが、どこも潰された様子はない。
「無事か、三太」
 聞き慣れた声。顔を上げると、三太を守るように、サラマンドラの前にサルベエが立ち塞がっていた。
「よく見ろ。太い腕をもぐのは無理でも、指くらいならば切り落とすのもたやすい」
 パラパラと、枝のようなものが落ちてくる。サルベエが切り落としたサラマンドラの指だ。
「さ、さすがサルベエ様や……」
 サラマンドラは咆哮を上げながら、切断された指を振り回している。思わぬ反撃に狼狽しているようだ。
「来て、しまいましたか、サルベエ。地元民に、構いすぎましたね」
 サラマンドラの肩に乗ったメルクリオが呆れたように声をかけてきた。
「おのれ。たばかりおったな、メルクリオ。恩を仇で返すとはこのことよ」
「あなたが、阿呆で、助かりました。名前のとおり、サル同然、でしたね」
「ぬかせ」
 ギリっとサルベエは歯軋りした。メルクリオを里に入れてしまったのは自分なのだ。言い返しようがあるわけもない。
「三太」
「おう」
「俺はあの巨体を食い止める。お前は背中から頼む」
「お、おう」
 サルベエがサラマンドラを睨むと、サラマンドラもまた怒りに震えた目でサルベエを睨んでいた。無傷の左手を振り上げ、三太もろともなぎ払おうとする。
 だが、
(図体がでかいだけあって動きは単調だ)
 振り下ろされる左腕を紙一重で避ける。と同時に、切り上げる。ぽたり、と、サラマンドラの左手からまた一本の指が落ちる。
「その指がなくなるのと、俺に一撃を加えるのと、どちらが早いかな?」
 サラマンドラを挑発してみるが、それは不要だったようだ。怒りに満ちている様子が空気から伝わってくる。
 サラマンドラは、サルベエを踏み潰さんと、脚を振り上げ突進してくるが、そんな大ぶりな攻撃を喰らうようなサルベエではない。ひょいひょいと逃げ回る様子に、サラマンドラの怒りが膨れていくのが分かる。
「落ち着きなさい、サラマンドラ。相手しては、いけません」
 メルクリオが諫めるが怒りに染まったサラマンドラの耳には入らない。
「ここは、引くのです。サルと遊んでいる暇は、ありません」
「それは困るのう。あんたらを逃すわけにはいかんのや」
 すぐ横で声がした、と思った瞬間、メルクリオの首には三太の太い腕が巻きついていた。
「い、いつのまに……」
「サルベエ様が気を引いてくれたおかげやな。サルをあまく見たらいかんちゅうことや。木登り山登りは得意なんよ」
 ギリギリと腕に力を込める三太。
「は、離せ……」
「巫女さまを返しいや。宝珠も元に戻してもらわなな」
 巨大化した魔物の肩の上で、メルクリオは白目を向きながら泡を吹いていた。

 
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