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炎の竜と清流の巫女
捌
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ぴちゃり。
という、わずかな水音で霞は目を覚ました。
(何者かが侵入している)
水源の泉よりさらに奥にある粗末な社の中で、霞は寝起きしている。世話係のツルに支えられながらこの洞窟の中で四六時中暮らしているのだ。洞窟内の異変にはいち早く気がつく。
(宝珠は?)
泉の方からは絶えることのなく青い光が差し込んでいる。
足音を忍ばせながら泉のほうへ向かう。青い光を遮るように、何か黒い影が泉に浮かんでいるのが見えた。
(あれは、何?!)
宝玉の明かりに照らされて、その姿が見えた時、霞は悲鳴をあげそうになった。
童子ほどの大きさの、どす黒い体の魔物がそこにいた。そして霞のほうに気付く様子もなく、泉の中の宝玉をすくい取ろうとしている。
「いけません!!」
霞は今度こそ声をあげた。魔物が振り返る。カエルのような、トカゲのような醜悪な顔が目に入る。
「そ、その宝玉を返しなさい」
怖じける心を振るい立たせ、霞は魔物がのほうへ走った。
だが、届かない。横から衝撃を感じ、気がつけば地面に組み敷かれていた。
「番人、ですか」
霞を押さえ付けているのは黒い厚手の布地を羽織った南蛮人の男だった。
「邪魔は、させません。私は、この、エレメントオーブのために、豊後まで、来たのです」
男が何を言っているのか、霞は理解できなかった。だが、宝珠はが狙われていることだけは間違いがない。
「やめなさい。その宝珠は人の手には余るものです」
「手に、余る?」
南蛮人が霞の言葉をせせら笑う。
「使いこなせない、の、間違いでしょう。こんなところに、置いておくのは、タカラノモチグサレ、というのです」
宝珠はすでに魔物の手により泉からすくい出され、より一層の輝きを放っていた。
「先に、行きなさい」
南蛮人の声に、黒い魔物は宝珠を持ったまま、入り口の方へ駆け出していく。
「いけません! 誰か! 誰か!」
霞の必死の叫びが虚しく洞内に響く。
「来ませんよ、誰も。警護の者は、山賊退治に、夢中ですから」
勝ち誇ったように南蛮人が言った。
そのとき、
「なんしよるんじゃあぁぁぁぁ!!」
洞窟中に響き渡る野太い声とともに、魔物が吹っ飛んだ。魔物はギィギィ叫びながら地面をのたうちまわるが、それでも宝珠は離さない。
「ケツが痒いと思うたら、なんやこいつは……バチあたりなことしよって」
広間の入り口に立っていたのは三太はだった。丸太のような腕を振り上げて魔物を正面から殴りつけたのだ。
三太は険しい目で、霞を組み敷く南蛮人を睨みつける。
「あんたもなんなんや? 巫女さまに乱暴しおって、ただじゃ帰さんぞ」
鬼の形相で凄む三太。
「とっとと巫女さまから手を離さんか!!」
怒声が広間の中に響き渡る。が、
「地元の農民ごときが、邪魔です」
と、南蛮人は静かに言った。そして倒れている魔物に目を移すとぽつり呟いた。
「ちょうど、よいです、サラマンドラ」
もがいていた魔物がギイと返事をした。
「喰べなさい」
その言葉を聞くや否や、
ゴクリ。
黒い魔物は、手にしていた宝珠を丸呑みした。
「ほ、宝珠が……」
霞は衝撃のあまり白目を向いて動かなくなってしまった。
「こ、こんのバチあたりが!」
三太は急いで魔物の腹を締め上げて宝珠を吐かせようとする。
そのとき、
「ペル・グランデ・サラマンドラ……」
不気味な声が響いた。三太が声の方を振り向くと、気絶した霞を捨て置いた南蛮人が、なにやら妙な言葉を口にしていた。
「な、なんや? 命乞いか?」
動揺しながらも三太が凄んだとき、腕の中の魔物に違和感を感じた。
「! こいつ、でこうなっちょらんか!?」
そう、魔物の体が大きく膨れ上がっていた。そして、まだまだ大きくなろうとしている。三太の腕から溢れ出そうだ。
「何を、おどろいて、いるのですか」
口元だけで笑いながら南蛮人が近寄ってきた。
「エレメントの力を、取り込めば、このようなこと、造作も、ありせん」
膨れ上がる魔物の体を愛おしそうに撫でると、南蛮人は魔物に語りかける。
「さあ、遠慮は、いりません。突き破れ。グランディオール・サラマンドラ」
その言葉に合わせて魔物の膨張が加速する。
「ば、化け物め!」
いよいよ三太の腕ではかかえきれななり、たまらず手を離して後ずさる。
「まだおおきゅうなるんか!?」
広間にも入りきらない。その巨大な体は洞窟を破壊しながら膨れ上がった。
ガアアアアアアアァァァァ!!!!
天井を突き破り、闇夜の下に顔を出した魔物、サラマンドラが吠えた。
その声は由布の山を越えて豊後中に響き渡ったという。
という、わずかな水音で霞は目を覚ました。
(何者かが侵入している)
水源の泉よりさらに奥にある粗末な社の中で、霞は寝起きしている。世話係のツルに支えられながらこの洞窟の中で四六時中暮らしているのだ。洞窟内の異変にはいち早く気がつく。
(宝珠は?)
泉の方からは絶えることのなく青い光が差し込んでいる。
足音を忍ばせながら泉のほうへ向かう。青い光を遮るように、何か黒い影が泉に浮かんでいるのが見えた。
(あれは、何?!)
宝玉の明かりに照らされて、その姿が見えた時、霞は悲鳴をあげそうになった。
童子ほどの大きさの、どす黒い体の魔物がそこにいた。そして霞のほうに気付く様子もなく、泉の中の宝玉をすくい取ろうとしている。
「いけません!!」
霞は今度こそ声をあげた。魔物が振り返る。カエルのような、トカゲのような醜悪な顔が目に入る。
「そ、その宝玉を返しなさい」
怖じける心を振るい立たせ、霞は魔物がのほうへ走った。
だが、届かない。横から衝撃を感じ、気がつけば地面に組み敷かれていた。
「番人、ですか」
霞を押さえ付けているのは黒い厚手の布地を羽織った南蛮人の男だった。
「邪魔は、させません。私は、この、エレメントオーブのために、豊後まで、来たのです」
男が何を言っているのか、霞は理解できなかった。だが、宝珠はが狙われていることだけは間違いがない。
「やめなさい。その宝珠は人の手には余るものです」
「手に、余る?」
南蛮人が霞の言葉をせせら笑う。
「使いこなせない、の、間違いでしょう。こんなところに、置いておくのは、タカラノモチグサレ、というのです」
宝珠はすでに魔物の手により泉からすくい出され、より一層の輝きを放っていた。
「先に、行きなさい」
南蛮人の声に、黒い魔物は宝珠を持ったまま、入り口の方へ駆け出していく。
「いけません! 誰か! 誰か!」
霞の必死の叫びが虚しく洞内に響く。
「来ませんよ、誰も。警護の者は、山賊退治に、夢中ですから」
勝ち誇ったように南蛮人が言った。
そのとき、
「なんしよるんじゃあぁぁぁぁ!!」
洞窟中に響き渡る野太い声とともに、魔物が吹っ飛んだ。魔物はギィギィ叫びながら地面をのたうちまわるが、それでも宝珠は離さない。
「ケツが痒いと思うたら、なんやこいつは……バチあたりなことしよって」
広間の入り口に立っていたのは三太はだった。丸太のような腕を振り上げて魔物を正面から殴りつけたのだ。
三太は険しい目で、霞を組み敷く南蛮人を睨みつける。
「あんたもなんなんや? 巫女さまに乱暴しおって、ただじゃ帰さんぞ」
鬼の形相で凄む三太。
「とっとと巫女さまから手を離さんか!!」
怒声が広間の中に響き渡る。が、
「地元の農民ごときが、邪魔です」
と、南蛮人は静かに言った。そして倒れている魔物に目を移すとぽつり呟いた。
「ちょうど、よいです、サラマンドラ」
もがいていた魔物がギイと返事をした。
「喰べなさい」
その言葉を聞くや否や、
ゴクリ。
黒い魔物は、手にしていた宝珠を丸呑みした。
「ほ、宝珠が……」
霞は衝撃のあまり白目を向いて動かなくなってしまった。
「こ、こんのバチあたりが!」
三太は急いで魔物の腹を締め上げて宝珠を吐かせようとする。
そのとき、
「ペル・グランデ・サラマンドラ……」
不気味な声が響いた。三太が声の方を振り向くと、気絶した霞を捨て置いた南蛮人が、なにやら妙な言葉を口にしていた。
「な、なんや? 命乞いか?」
動揺しながらも三太が凄んだとき、腕の中の魔物に違和感を感じた。
「! こいつ、でこうなっちょらんか!?」
そう、魔物の体が大きく膨れ上がっていた。そして、まだまだ大きくなろうとしている。三太の腕から溢れ出そうだ。
「何を、おどろいて、いるのですか」
口元だけで笑いながら南蛮人が近寄ってきた。
「エレメントの力を、取り込めば、このようなこと、造作も、ありせん」
膨れ上がる魔物の体を愛おしそうに撫でると、南蛮人は魔物に語りかける。
「さあ、遠慮は、いりません。突き破れ。グランディオール・サラマンドラ」
その言葉に合わせて魔物の膨張が加速する。
「ば、化け物め!」
いよいよ三太の腕ではかかえきれななり、たまらず手を離して後ずさる。
「まだおおきゅうなるんか!?」
広間にも入りきらない。その巨大な体は洞窟を破壊しながら膨れ上がった。
ガアアアアアアアァァァァ!!!!
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その声は由布の山を越えて豊後中に響き渡ったという。
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