〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

拾参

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 一から水軍を作る。それが新狗郎に課せられた使命だ。だが、とてもではないが一人でなせるような業ではない。新狗郎はそのことを重々理解していた。
 なのでフランシスコが共をつけてくれることはありがたい。だが、
(よりによって大うつけか……)
 尾張の織田信長も大うつけと呼ばれていたというが、さっきの様子を見ると、シゲ坊は正真正銘どうしようもない大うつけだ。
(まあ、小間使いになればよいか)
 気を取り直して新狗郎は考える。役目を果たすために足りないものは何か。
(設計者。そして船大工が必要だ)
 洋式の船は、船大工の棟梁が一から指揮して造るわけではない。設計という作業を行う者が別にいるのだ。その設計者が船の構造を図に残し、船大工はそれに従い実際の船を造っていくのだ。
 新狗郎が書物で南蛮船について学ぶことができたのも、設計者が残した図が残っているからに他ならない。
 そして当然ながら、日本には南蛮船を設計できる者はいない。
(やはり誰か南蛮人を味方に付けるしかないな)
 コレジオの宣教師たちに助力してもらうことを考えてみる。だが彼らは航海の知恵には明るくとも、船造りについての知識はない。
「直接尋ねるほうが早そうだな」
 嘆息しながら、新狗郎は顔を上げる。
(やはりこの船が良いな)
 沖の浜に並ぶ南蛮船の中に、一艘だけ気になる船があるのだ。外見は他の船とたいした変わらない。しかし新狗郎は、その船が放つ異様な雰囲気を感じとっていた。
(この船の持ち主と話してみたい)
 周囲を見回してみると、灯台前で水夫と思しき男が三人、腰を下ろして談笑していた。
(駄目でもともと。聞いてみるとするか)
 新狗郎は一番近くにいた気弱そうな水夫に話しかけた。
「ちと尋ねるが、この船の持ち主を知らぬだろうか」
 水夫は驚いた顔で新狗郎を見返してきた。だが見返すだけで返答はない。言葉が分かっていないのかもしれない。
(なるほど、水夫の身分なら日本の言葉も分からんか)
 コレジオにいた南蛮人は日本の言葉を流暢にしゃべっていたので失念していた。改めて南蛮の言葉で問い直そうとしたとき、
『言葉も分からんサルなど構うな』
 奥に座っていた厳つい体格の水夫がそう吐き捨てた。
『サル、だと?』
 新狗郎は南蛮語で凄む。水夫たちは南蛮語で喋り出した新狗郎を、驚きの眼差しで見つめている。
『俺のことをサルと抜かしたな? 俺は人から馬鹿にされるのは嫌いだが、サルと言われるのはもっと嫌いなんだ』
 そう言いながら鞘に納まったままの細剣を振り上げ、サル呼ばわりした水夫に突きつける。
『詫びろ。今ならそれで許してやる』
 新狗郎は水夫の言葉を待った。だが、相手も長い航海を渡ってきた荒くれ者。やすやすと詫びの言葉を発したりはしなかった。
『言葉が分かるだけで偉そうにするなよ。倭人など俺たちの国から見ればサル同然だ』
 水夫の言葉に新狗郎の目がつり上がる。
『言わせておけば……。よほど死にたいらしいな』
 細剣を鞘から抜く。日の光を浴びて切っ先がギラリと光る。
『殺せるものなら殺してみな。この港は俺たちの港だ。俺を殺したら次に死ぬのはお前だからな』
 沖の浜は豊後であって豊後ではない。南蛮人による治政が認められている特殊な場所なのだ。ここで罪を犯せば南蛮人による裁きを受けることになり、国王フランシスコであっても裁きに口出しすることはできない。
『分かったらとっとと帰りな。日本ザルめ』
 勝ち誇ったようにせせら笑う水夫。対照的に新狗郎はまったく表情を崩さない。
『そうだな。ならば、死ぬより恐ろしい目にあってもらうまでだ』
 新狗郎の体がふわりと動いた。水夫たちの目には、新狗郎が軽く頭を下げたようにしか、見えなかっただろう。
『オジギか? 自分の立場がわかったようだな』
 水夫は満足したように言ったが、
『兄貴! 肩! 肩!』
 気弱そうな水夫が叫んだ。
 厳つい水夫が自分の肩を見てみると、そこからは鮮血が吹き出していた。
『なんじゃこりゃあああぁぁ!』
  鮮血に気づくと突然激痛が湧いてくる。
『な、何をしやがった?』
『さて、な』
 新狗郎の体が、再びふわりと動く。今度は小首を傾げたようにしか見えない。だが、
『兄貴! 今度は脚! 脚だ!』
『なに!?』
 水夫の右脚、太腿から血が吹き出ていた。やはり痛みが後から押し寄せてくる。
『貴様、魔法使いか?』
『魔法使い? 違うな。ただのナイトさ』
 言うが早いか、新狗郎の姿が消え失せた。と、思った瞬間、水夫の視界がぐるりと回った。気がつけば、彼は空を向いて倒れていた。
 眼前に細剣の尖った切っ先が突きつけられ、水夫はこの上ない恐怖に囚われた。
『このまま生きながらに血だるまになるがいいか。それとも一言詫びを入れるがいいか。分からぬほど阿呆ではあるまい』
 新狗郎は淡々と告げた。
『わ、悪かった』
 大柄な図体を縮こまらせつつ、水夫は呟いていた。
『サルと呼んだことも取り消せ』
『サルなんて言ってすまなかった。あんたは凄腕の騎士様だ』
 それを聞くと新狗郎は満足したように剣を引いた。
 そのとき、決着を待っていたかのように、
「あらそいごとは、やめーい、やめーい」
 と、気の抜けた声が聞こえてきた。
「……うつけ者でも、役目だけは真面目に果たすのだな」
 声を上げながら呑気に歩いてくるシゲ坊の姿を認めながら、新狗郎は剣を鞘に納めた。
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