〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

拾肆

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「新狗郎さんやったかね? あんまり揉め事起こさんでくれんかなぁ?」
 ゆっくりとやってきたシゲ坊は、倒れた水夫を起こしながら言った。
「無礼者に作法を教えてやったまでだ」
 新狗郎は悪びれもしない。
『シゲ! 助けてくれよ、殺される』
 起こされた水夫が、うつけのシゲ坊に泣きついた。なんとも滑稽な姿であった。
「よしよし恐かったな、ゴンズ。おや、血が出ちょるやないか。誰か血止めしてやらんね」
 シゲ坊の言葉で、呆然としていた他の水夫らが動き出した。まだ血が流れ続けている切り口に、布を巻きつけて止血する。
「はいはい、これでおしまい。散れ散れ~」
 ゴンズが手当てされたのを見届けると、シゲ坊は周囲に向けてひらひらと手を振った。
 騒ぎを聞きつけて集まっていた野次馬たちが、シゲ坊の言葉を聞いて、ひとりひとりその場を後にしていった。
(それにしても)
 新狗郎は今見ている光景が不思議でならない。
 シゲ坊はさっきから日本の言葉しか喋っていない。しかも豊後のなまりが効きすぎており、日本に詳しい南蛮人でも聞き取るのが難しいはずだ。
 だというのに沖の浜の南蛮人たちは、シゲ坊の言葉を理解しているようなのだ。
『お前、日本の言葉が分かるのか?』
 新狗郎は止血の終わったゴンズに尋ねた。
『日本の言葉? 分かるもんか』
 ゴンズは新狗郎から目を逸らしながら答える。
『しかし、シゲ坊と会話してたではないか?』
『シゲの言いたいことなんぞ、見てれば分かるだろ』
 そうだろうか?
 改めてシゲ坊のほうを向く。
 喋るたびに鬱陶しいくらいに手と体が動いている。なるほど、言葉がわからずとも身振り手振りで言いたいことが理解できるのだろう。
 言葉ではなく、体で語り合うシゲ坊に、新狗郎は思わず感心してしまった。
(大したものだ。もっとも考えてやっていることではあるまいがな)
 シゲ坊の指示に従って人が引いていくなか、宣教師風の男が一人、動かずに立っているのが目に入った。こちらをじっと見ているようだ。
『どうかしましたか?』
 新狗郎は宣教師に話しかけてみた。
『それはこちらのセリフですね。うちの水夫に何をなさるのですか?』
 表情を動かさずに宣教師が答えた。この宣教師が水夫たちの雇い主らしい。
『教育が足りないようでしてな。少し躾けてやったまでです。ご安心ください。派手に血が出るだけで浅い傷です。ほっとけばすぐに治りましょう』
 しゃあしゃあと言い放つ。自分が正しいと思ったならば、絶対に頭を下げない。頑固な新狗郎だった。
 宣教師は手当てされたゴンズと、新狗郎を見比べて何か考えたようだった。
『ふむ、なるほど。確かに私の教育不足のようですな』
 そう言ってゴンズのほうに歩み寄ると、

ぱちん

 大きな音を立てて右のほおを打った。
『お、お頭……?』
『この腰抜けが。こんなコケ脅しの剣術に怯むように育てた覚えはねえぞ? ゴンズ?』

ぱちん

 今度は左の頬を張った。
『お、お頭……痛いです』
『グズめ。右の頬を打たれたら左の頬も差し出せといつも言ってるだろうが』
『は、はい!』
 ドスの聞いた宣教師の声に震え上がるゴンズ。そんな彼をほったらかして宣教師は再び新狗郎のほうに向きなおった。
『私の雇っている水夫が失礼しました。何かお詫びしたいのですが、さて、何がよろしいですかな』
 さわやかに笑いながら話しかけてくるが、口元が笑っていない。
(この水夫たちとは、ただの主従関係ではなさそうだな)
 警戒を強めながら新狗郎は思案する。が、そのとき、
「ロベスさん、新狗郎さんは南蛮船を見に沖の浜まで来たんや。あんたの船の中を見せてやったらどうね?」
 突然、シゲ坊の呑気な声が割り込んできた。目の前に停泊している南蛮船を指差しながら、
「ほれほれ。ケチケチせんで見せちゃらんね」
 などとのたまわっている。
「シゲ坊、少し黙れ」
 シゲ坊の軽口を制止して、新狗郎は改めて宣教師ロベスに問う。
『あんたが、この船の持ち主なのか』
 ロベスは縦に大きく頷いた。思わぬところから目的の人物が出てきたものだ。
『私の船の中が見たいのですか。そんなことで良ければいくらでもどうぞ』
 ハッハッハと笑いながらロベスは言った。しかしやはり口元は笑っていない。
 ロベスが船に向かって手を振ると、甲板にいた船員が岸に渡し板をかけた。
『どうぞ、こちらへ』
 ロベスが船に乗るように手を差し出した。
(何か企んでいそうだが、この船の中が見られるなら好都合か)
「シゲ坊」
「あん?」
「殿から聞いておるだろうが、今日からお前は俺の従者だ」
「あー、なんか知らんけど新狗郎さんを手伝えち言われとるよ」
「分かっているならいい。お前も来い。南蛮船の探検だ」
 シゲ坊を引きずりながら、新狗郎は南蛮船へと乗り込んだ。
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