〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

拾伍

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 新狗郎は南蛮船に乗り込む。
 まずは甲板の上。高くそびえる帆柱、軽快な回転を見せる操舵輪。
「ほう……」
 新狗郎は思わずため息をついた。
 新狗郎はコレジオで南蛮船のことは一通り学んでいる。だが机上で学んだことは、実物を知らなければ生きた知識とはならない。
 新狗郎は身のうちで、これまでの学びが、生き生きと動き出すのを感じていた。
(だが、しかし……)
 すべてが興味深いものの、甲板の上からは異様な気配を感じない。文献に書いてあった通りの、言わば普通のものばかりだった。
『次は船室の中を見せていただいてもよろしいですかな』
『もちろんです』
 後部に設えられた船室へと入る。水夫のための部屋や、船外の人間を乗せるための客室。食糧や燃料を置く倉庫。ロベスは船の中を解説しながら案内してくれた。
『こちらが最後。船長室です』
 ロベスは一際豪奢な意匠をした扉の前で立ち止まる。
『さすがに船長室に入るわけには行きませんか』
 新狗郎は残念そうに呟いてみた。
 本心では中を見てみたい。だが、礼節を重んじる新狗郎は、船長に敬意を払って遠慮してみせたのだ。
『入っても構いませんよ。文句を言う人はおりません』
『寛容な船長ですね』
『そう言ってもらえると光栄ですね』
 ロベスはニヤリと笑った。
『なにしろ私が船長ですから』
『あなたが?』
 宣教師自身が船長とは珍しい。
(ただの伴天連ではないようだな)
  新狗郎はロベスに対する警戒を強めた。
 船長室、もといロベスの部屋に足を踏み入れる。新狗郎はハッとする。
 壁に描かれた文様。そして円形に切れ込みの入った床。
(妖気を感じる)
 新狗郎は悟る。異常の源はこの部屋だ。

 カチャリ

 閂の下りる音がした。振り返ると、ロベスが扉を閉ざしている。
『なんのつもりですか?』
 新狗郎は咎めるように聞く。
『なに、少々お礼がしたいと思いまして』
『お礼?』
『そうです。うちの船員に教育してくれたお礼ですよ』
『錠まで閉ざすとは、何か特別な秘密でも教えてくれるのでしょうか』
『その通り! たっぷり教えてあげますとも。あなたの身をもってね』
  ロベスは続けて何事か呟いた。それは新狗郎が聞いたことがない言葉だった。
「なんだ?」
 突然、円形に切れ目の入った床が周りだす。徐々に回転速度は上がり、そこから竜巻のように風が舞い立つ。
『やれ、シルフィード。その若造の鼻っ柱を叩き折ってやれ』
 風の向きが変わり、新狗郎に突風が襲い掛かる。
(体ごともっていかれる!)
 あまりの勢いに宙に浮きそうになる。新狗郎は必死に重心を落として強風に耐える。
『錬金術が伝える風魔……シルフィードか』
『ほう? 錬金術を知っている倭人とは珍しい。しかし知ったところでどうにもなるまい』
 風魔は風だ。いくら剣を振るっても斬る事はできない。対抗手段などあるはずがない。
『どこまで耐えられるか、しばらく見物させてもらおうか』
 顔をにやつかせながらロベスが言う。
(どうしたものか)
 床に這うような姿勢になりながら、新狗郎は思案した。
 やがて、意を決したように、懐に手を入れ、何かをとりだした。
『しかたがない。こちらもとっておきをお見せするとしようぞ』
 それは小ぶりの巻物だった。新狗郎が片手で器用に紐をとくと、巻物は風に煽られ一瞬にして広がった。そこに不気味な紋様と、西洋文字が記されているのが、ロベスの目に入った。
『ケーラデアボルス!!』
 気合を込めて新狗郎が吠える。巻物に書かれた紋様が赤く色づいたと思うと、周囲に渦巻いていた竜巻が、文様に向かって吸い込まれていく。
『なんと?』
 ロベスが驚きの声を上げたときには、すでに竜巻の気配はなく、部屋の中は静まり返っていた。
『なるほど、貴重な体験をさせていただいた。こうやって風を操ることで船を動かしていたというわけですか。合点がいった』
 新狗郎は巨大な南蛮船が易々と海を渡ってくることに、つねづね疑問を感じていたのだ。
『さて、これで終わりですか?』
 風魔を封じた巻物をひらひらと見せながら、試すようにロベスに言う。
 ロベスは一瞬だけ悔しそうな顔を露わにしたものの、すぐに冷静な顔を取り繕った。
『降参、ですね。あなたを少々みくびっていた』
 ロベスは両手を上げて首を振る。観念したことを示す身振りのようだ。
『切り札のシルフィードまでとられちまったからにはどうにもならねえ。好きにしてくれや』
 口調がぞんざいになっている。
(さて、どうしたものかな)
 処遇を考える新狗郎。その腕がくいくいと引かれた。
「新狗郎さんや、堪忍しちくれんかな。ロベスさんは沖の浜のなかでもヒトカドのかたや。新狗郎さんに喧嘩を売ったのも子分たちがやられた仕返しやけん。情に厚い人なんよ」
「シゲ坊、お前いたのか……」
 驚いて振り向くと、体中に痣をつくったシゲ坊がいた。先程の強風で壁や天井に叩きつけられたのだろう。
「なあ、許してやってくれんね?」
「……俺とてこの者に恨みがあるわけではない。自分の身を守ったまでよ」
 新狗郎はロベスに近寄ると顔を覗き込んで言う。
『シゲはただの仕返しと言っていたが、本当か? 何かよからぬ企みを持っているのではあるまいな』
『貿易でたんまり儲けることを悪だくみと言うなら、そのとおりだろうよ』
『なるほど。目的は金か』
『他に何がある?』
『錬金術の力で、豊の国を乱しに来たのではないのか?』
 目に力を入れて睨みつける新狗郎。いっぽうロベスはそんな新狗郎を見て吹き出した。
『そんな面倒なことしたって何の儲けにもなりゃしねぇよ』
 嘘を言っているようには感じられなかった。
(こいつはこういう男なのか)
 身なりは宣教師のようだが、中身は剛毅にして利に聡い。要するに単純な男なのだ。
『よし、わかった』
 新狗郎が表情を崩した。
『ロベスよ、俺に協力しろ。そのかわりに金はやる。たんまりと、だ』
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