〜豊後切支丹王国奇譚〜

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炎の竜と清流の巫女

拾漆

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「姫が、作ると言うのですか? 船を」
「その通りです。見事、新狗郎様のお役に立って見せましょう」
 (そんなこと、できるはずもない)
 マセンティアの言葉に驚きながら、フランシスコを伺い見ると、意外にも真面目な面持ちで考え込んでいる。そして、
「たしかに豊後の中でマセンティアほどに木工に明るいものはおらん」
 と、言い切った。
「その宣教師に南蛮人の船について教えてもらえるなら、南蛮の戦船など、あっという間に作って差し上げましょう」
 マセンティアは自信満々だ。
(玩具を作るのとはわけが違うのだぞ?)
 新狗郎は思う。フランシスコも同じように思っているようで、
「細かい意匠ならお前でも作れるじゃろうがな。だが作るのは巨大な戦船。お前の細腕では作れぬ」
 と、静かに言い渡した。しかしマセンティアはなおも食い下がる。
「国内の大工衆にも助力を求めます」
「女のお前に、気性の荒い大工衆が従うとは思えぬ。いかにワシの娘といえどもな」
「そんなことありませぬ」
 顔を真っ赤にしながら抗弁するマセンティア。
「いや無理じゃ」
 フランシスコもきっぱりと切り捨てる。
 お互いに一歩も引かない親子であった。
(このままでは親子喧嘩で日が暮れてしまうな)
 そう思った新狗郎は助け舟を出すことにした。
「殿。姫も引く様子がないご様子。ならばひとつ試練を与えてはどうでしょう」
「ほほう? 試練とな?」
 フランシスコが興味を示した。
「大工たちを従えて船が作れると、姫が証明できればいいのでしょう。ならば、船を一艘作らせてみればよろしいでしょう」
 新狗郎の提案をきいて、フランシスコはしばらく考えこんだ。そして自信に溢れたマセンティアの顔をジロリと睨むと、
「あい、わかった」
 と、答えた。
「ただし、つまらん船を作ってもらっては困る。作った船で、府内から佐賀関の突端までたどり着け。それができたらマセンティアに戦艦作りをまかせてやろう」
 できるものならやってみろとばかりにフランシスコがふんぞり返った。
「わかりました。見事果たして見せましょう」
 緊張した面持ちで、マセンティアは言った。
「細かな段取りは追って決めるとしよう。楽しみにしておるぞ」
 そう言うと、フランシスコは身を翻して退出していった。最後にフランシスコの顔が意地悪そうに歪んでいたのを、新狗郎は見逃さなかった。

 辞した新狗郎が館を出ようとしたとき、
「新狗郎様!」
 マセンティアが新狗郎に駆け寄ってきた。
「私に機会を与えてくださり、ありがとうございます」
「いえ、あとは姫次第です」
「おまかせください。立派な船をこしらえてみせます」
 満面の笑みでマセンティアは言う。
「油断はなりません。殿は何か企んでおいでだ。そう簡単に事が運ぶとは思えませんぞ」
「肝に銘じます。それから新狗様」
「なにか?」
「私の船ができましたら、ともに佐賀関に向かってくれますか?」
 恥ずかしいのか、顔を赤らめながらマセンティアは言う。
「無論です。姫の初の航海、私がお守りいたします」
 仏頂面で新狗郎は答えた。
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