GMJエスエフ短編集

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キッコとテッコ

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げっ歯類が好きだ。リスとか、ハムスターとか、モルモットとか。
だから、私の家にはネズミやリスの木彫りの置物がたくさん飾ってある。
けど、これらが私のお手製だということを知っている人は、あまり多くない。
私は郊外に自分用の工房を借りていて、休日は、そこで木工をしてすごしている。
ノミとかゲンノウを使って大きいのを作るときもあるけど、
端材を彫刻等で削って、ちんまいフィギュアをつくるのが一番好きかもしれない。

ダイニングテーブルから一番よく見えるチェストの上には、
こぶし大のネズミが2つ飾ってある。
1つは木製、1つは金属製。
2つとも瓜二つの、うずくまった格好のネズミさんたちだ。
どこにも売っていないネズミさん。この世に1セットしかないネズミさん。

「双子のネズミさんだね」

と、私が言ったら、

「双子じゃないよ。親子だよ」

と、テッコは言った。

今日はテッコの20歳の誕生日。
前々から20歳の誕生日は、一緒にお祝いするって決めていた。
プレゼントを用意して、飾りつけも終わった。
あとは、テッコが来るのを待つだけだ。


テッコと私は小学校時代からの付き合いだ。
もちろんテッコというのは本名じゃない。
ちんちくりんでオカッパで、バカ丁寧な口調で話すところから、

「テツコ」

と、みなから呼ばれていた。
お昼にトーク番組をやっている司会者にそっくりだったのだ。

最初はそんな意味合いで「テツコ」と呼ばれだしたのだけど、
ちっちゃいクセに、からかいや、いじめに屈せずに毅然とした態度で立ち向かう姿に、
みな、だんだんと、彼女のことを「鉄の女」の意味で「鉄子」と呼ぶようになっていった。
今じゃ、トーク司会者の意味でからかってたってことを覚えてる人のほうが少ないんじゃないかな?

私は、からかいに参加していた一員だった。
その関係が変わったのは、いつのときだったか。
確か私が、

「やっぱりテツコだなぁ。重たくてどんくさい」

みたいなことを言ったときだったと思う。
そうすると、テツコは、

「私がテツコなら、あなたはキコ様ですね」

と、返してきた。
なんだそりゃと、そのときは思った。
で、そのあと授業中にふと気づいて、「あっ」となった。

「私が鉄子なら、あなたは木子様ですね」

そのときの私は、小学四年生にして、すでに木彫り人形大好きで、
自分でも少しずつ製作を始めていたころだった。
だけど、そんな趣味をおおっぴらにしてはいなかった。
みなに知られたら馬鹿にされるんじゃないかと思っていたからだ。

だから、テツコにこの趣味を知られているとは思っていなかった。
そして、知られていることで、何かす~っと楽な気分になった。

「この趣味は皆には隠さないといけない」という思い込みが、解き放たれた瞬間だった。

そして、私は次の休み時間、

「テッコ」

と彼女に話しかけると、彼女が迷惑がるのもかまわず、
木彫り人形の魅力について、とうとうと語ってやった。

「うるさいです、キッコ」

私が話し終えたあと、テッコは呟いた。
それからずっと「キッコとテッコ」の関係が続いている。

あれから10年たつ。
頭がいいテッコは中学受験して、中学、高校と、イイトコに行ってしまった。
それでも、私たちはプライベートでよく会っていた。

テッコの鉄の女っぷりは高校に行っても健在だったようで、
頼りになるだの、頑固だの、いろいろな評判は漏れ聞こえていた。
昨年、無事に大学の工学部に合格して、男だらけの環境で、
女の身ながら、一歩も引くことなくがんばっているらしい。

一方の私は高校を卒業して、フリーターをやりながら、
木工を中心とした創作活動をほそぼそと続けている。

お互いの環境はどんどん変わっていくけど、
私たちは友人関係は、今後も続いていくだろう。と、思う。

「キッコ~。きたよ~」

玄関のチャイムも鳴らさずにゆる~い感じでテッコが入ってきた。
いつものことだから文句も言わない。

「も~やだ~。しにた~い。キッコたすけて~」

鉄の女が、早くも弱音全開になっていた。
まあ、これもいつものことだったりする。

「男とか嫌い~。コンパとか行きたくない~。やらしい目で見られるのやだ~」
「鉄壁の女とか呼ばれている人間が、何いってんの。いつもどおり、毅然とした態度でおすまししてればいいでしょ」
「耐えられないよ~。鉄は脆いんだよ~」

これはテッコの口癖だ。「鉄は脆い」だって。
鉄が脆けりゃ、木材なんてもっと脆いんだけど。

「キッコ~。なぐさめて~」

思いっきり甘えてきた。ウザイ。けど、かわいい。
このモードのテッコは、小動物みたいで本当にかわいい。
身長も143cmしかないし。この鉄製のネズミさんにそっくりだ。

テッコの甘えモードがひとしきり落ち着いたのを見計らって、
私は彼女にプレゼントを渡した。
中にはアルミ製のビアカップ。
街でみかけたときに、

「いつか、これにビールついでグビっといきたいなぁ」

と、テッコはオヤジのようなことを言っていたのだ。

「これで私も大人だね!」

包装をあけたテッコは目を輝かせながら言った。
冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、
私は、さっそくテッコのビアカップと自前の木製カップにビールを注ぐ。

「乾杯!」

ビールを飲みながら、たわいもない話を続ける。
そうしながら私は願う。
この脆い鉄の女が、これからも剛健であるようにと。
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