宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

アンパサンド

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「2人の絆を壊すモノ、なければ作りにいけばいい……だったよなぁ、サイバラくん……」

俺はイライラしながらスマホに話しかけた。

残念ながら、コール音が鳴り響くばりでサイバラには繋がらない。

20回コールを鳴らしたところで諦める。

スマホの待ち受けはちょうど17:00を表示していた。

『必ず話し合いまでに連絡するっす』

おとといはそう言っていたのに、サイバラからは未だに連絡がない。

(信用したおれがバカだった……)

「ジョーさんお疲れでーす」
「おう」

檜山が先に帰っていくのを見届けて、おれも腰を上げた。

向かう先は喫茶アンパサンド。

美郷の会社の近くにある。

美郷とのデートでは、いつも使っていた。

(時間に余裕もあるし、歩いていくか)

満員電車も嫌だし、考えもまとめたかった。

考えるには歩くのが一番だ。
脳が活性化されるから。



7時より10分前。
扉を開けて喫茶アンパサンドに入ると、美郷が座っている席が見えた。

美郷の横にいる男が郡山か。

何か熱心に話し込んでいる。
真剣な表情。
美郷はノートに何かをメモしながら話している。

「何やってんだ?」

俺はわざと2人の邪魔をする様に割って入った。

「あなたが佐山定さんですか。茅野宮さんから伺ってます」

話を切り上げて男が見返してくる。

神経質そうな顔。
サイズの合わないジャケット。
ボサボサの髪の毛。
典型的なオタク野郎だ。

「お前が郡山か」
「はい、私に会いたいということだったので、脚を運ばさせていただきました。何か御用でしょうか?」

とぼけたような口ぶりでしゃあしゃあと言ってのける。

サイバラ以上にむかつく奴だ。

俺は郡山の正面にどっかりと腰をおろす。

「お前、ひとの婚約者にちょっかいかけてどういうつもりだ?」

郡山をにらめつけ、声にドスを効かせる。

オタク野郎なんてちょっと脅せばすぐに引っ込む……はずだった。

「いつまで、この人の婚約者のつもりでいるんですかね? 佐山さんは」

郡山の口から出たのは意外にも挑戦的な言葉だった。

「はあ?」

郡山を睨む目にいっそう力を込める。

「いつまでも何も、俺と美郷は婚約してんだよ。式の日取りも決まってんだよ。なんか勘違いしてんじゃねーか? コーリヤマくん?」
「この人はもはや茅野宮美郷ではありません。バキュラビビーです」

郡山がピシャリと言い放つ。

「あなたも知っての通りね」

ダメ押しのように畳みかけてくる。

「この人に戦闘機制御回路としての記憶がやどり、人格、性質ともに以前と変わってしまったことは、あなただって分かっているでしょう?」

その通りだ。

「改めて言いますが、この人は茅野宮美郷ではないのです。なのに、あなたは以前の茅野宮さんと交わした婚約に、いまだにこだわりつづけている」

そうだ。

「そちらのほうが、異常なことだと私は思いますね。茅野宮さんの身にこのような特殊な事情が発生したからには、婚約なんて一旦白紙にするのが筋でしょうに」

わかっていた。

今の婚約が破綻していることなど気がついていた。

それでも俺は……

「それでも俺は美郷を愛してるんだよ」

絞り出すように、俺は声を出した。

「以前までの茅野宮さんを、でしょ」

冷静な声で郡山が言葉を返す。

「私は今の茅野宮さんを愛していますよ。バキュラビビーとなった茅野宮さんをね」

郡山が美郷のほうを見る。
その愛おしそうな目をやめろ。

「はっきり言いましょう。彼女を理解できるのは、私しかいないでしょう。彼女には私が必要なんです」

ドルトイスだとかゲトラスカだとか宇宙戦争だとか。

そんなトンデモない世界に2人は生きている。
その世界の中に、俺の居場所はない。

「あなたのためでもあるんですよ、佐山さん。婚約を解消してはいかがですか?」

俺の、ためか。

「あなたがこれ以上傷つく前に、もう、ここまでにしてください」

最後にお願いします、と、郡山は頭を下げた。

ウェイトレスが今のうちとばかりに注文を取りに来る。

美郷が何か受け答えしていたが、何を言っているのか、まったく、耳に入ってこなかった。

美郷との思い出が頭の中を駆け巡る。

「それとも、いつか昔の茅野宮さんが戻ってくると思っているのですが」

その通りだった。

「おそらく、それはありえないでしょう。すでに茅野宮さんの精神はバキュラビビーと融合してしまっているのですから」

今のおかしな美郷は間違いで、昔のまともな美郷が戻って来る。

俺は、その希望にすがっていたのだ。
そしてそれが絶望的であろうことも感づいていた。

(ここが、潮時なのか……)

俺の中で、覚悟が固まりつつあった。

「わかった、とか言っちゃダメっすよ、佐山さん」

口を開こうとしたとき、不意に声が聞こえた。
振り向くといつのまにかサイバラが立っていた。

「遅くなって済まなかったっすね」
「お前……」

何やってたんだ?
どうしてここが?
何をしに来た?

いろいろ聞きたいことはあったが、1つも言葉にならなかった。

「なんか、もっともらしいこと言ってるすけど騙されちゃダメっすよ。こいつは、ちーちゃんのことをずっと盗撮してきたストーカー野郎なんすよ」
「なに?」
「盗聴器に盗撮機材、おまけにストーカー仲間まで。ちーちゃんちに行ったら山ほど出てきたっす」
「ちょっと待って、どういうこと?」

美郷が話しに加わってきた。

「ちーちゃんの言葉は全てコーリヤマに聞かれてたんだよ。なんかやたらと話があうと思ったろ? おかしいと思わなかった?」

サイバラが郡山を睨む。
郡山は無表情になって黙っていた。

「こいつには宇宙の記憶なんてない。ちーちゃんに合わせて適当なことを言ってるだけのインキチ野郎なんだよ」

サイバラが断定した。

郡山はしばらく黙っていたが、やがて眼鏡の位置を整えると口を開いた。

「突然やってきて、なんなんですか? あなた?」

そうか、こいつとサイバラも初対面か。

「ちーちゃんのダチっすよ」

サイバラが答える。

「幼稚園の頃からのダチっす。そしてこれからもずっと。あいつがキャリアウーマンになろうが宇宙人になろうが、それは一生変わらないっす」

真っ直ぐに郡山を見据えて、サイバラは言い切った。

「私が盗撮していたという証拠は?」
「あんたがちーちゃんちに持ち込んだ機材に盗撮機器が仕込まれてたよ」
「それは気づかなかった。ということは今まで私が盗撮されていたのか。なんということだ」

郡山の言葉は抑揚がなくしらじらしい。

「あくまでシラを切るつもりっすか? でも、これ以上とぼけたいなら、あんたが内ポケットに入れてる手帳を公開してからにすることっすね」

サイバラが郡山の左胸を指さした。

「そこに書いてあるんでしょ? 今まで盗撮してきたことが全部ね」

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