宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

茅野宮美郷と佐山定

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「茅野宮さん、ちょっといいかな?」
「はい、なんでしょうか?」

上官、もとい上司の臼田武が私を呼んでいる。

「え~っと、茅野宮さん、今月の成績、今何本だっけ?」
「0です」
「その~、君のことを信頼してないわけじゃないんだけどね、半月過ぎて0でリーチも無しだと、上司としては心配になっちゃうというかなんというか」
「新年明けであることや、BtoBメインの販路であることを加味すれば十分に想定範囲であると思われますが?」
「もちろん、そうなんだけどね。そうは言っても、いつもなら小口顧客とかもぼちぼちゲットしてたじゃない。今月はそれがないから部長会報告で大きなこと言えなくて、さみしいなぁ、なんて」
「ご心配なく。今月中に結果は出しますので」
「そう? ホントだね? じゃあこのまままかせるよ。よろしくね」

席に戻ると私は資料を開き直した。
今見ているのは、今まで茅野宮美郷が関わってきた顧客の情報だ。
会社の情報や担当者の情報、そしてこれまでの取引履歴や経緯などを、1件1件読み込んでいく。

「情報収集は戦術の初歩だ」

すでに私には顧客攻略の筋書きがいくつか浮かんでいる。
だが、拙速に動くわけにはいかない。

「今の私にはより完璧な『擬態』が必要だからな」

『擬態』のためにはより多くの情報が必要となる。
今の擬態はまだまだ完璧であるとは思えないのだが、周囲の反応を窺ってみると、今のところ違和感なく『擬態』できているようだ。

「契約を取っておくことも『擬態』の一環だな。明日動くとするか」

ファイルの山をキャビネットに戻すと、

「お疲れ様でした」

と言って詰所を後にした。


そして私が向かったのは自室ではなく、佐山定の部屋だった。

残念なことに茅野宮美郷の部屋には通信回線が用意されておらず、不便なことこの上ないのだ。

佐山定からもらい受けている鍵を使い、部屋の中に入ると、台の上に置いたままのコンピュータに電源を入れる。

探す情報は人間の心理、感情についてのものだ。

擬態を完璧にするためには、まだまだ人の感情に対する理解が足りていない。

私は情報の吸収力に関しては自信がある。
だが、なぜだろう。
いくつもの文献をあたっても、人の感情というものが理解できない。

「まだまだ情報が足りないというのか……」

しばらくすると視界が霞んできた。
目が負荷を訴えているようだ。

私は情報の検索を一旦中止することにした。

「また、そんなことを調べているのか?」

すぐそばで声がした。

「帰っていたのか、佐山定」
「そんなもの見たって、人間の心なんて分かるわけないだろ」
「それはどうかな? 情報収集は戦術の初歩だ」
「いや、絶対に分からない。無駄だ。やめろ」
「君も頑なだな。ドルトイスの議長のことを思い出すよ」

議長も融通がきかなかった。
かつて私の上官だったこともある。

ふと、気になって情報検索を再開する。
今度は宇宙について情報を探してみる。だが、目当ての情報----ドルトイスに相当するであろう情報は見つからなかった。

私の故郷ドルトイス。
おそらくここからドルトイスまでは果てしなく遠い。

「おそらく私はドルトイスに帰還することは叶わないのだろうな」
「そんなところに行かなくていい。お前が帰ってくるところは俺のところだろ」
「拒否しよう。君にはまだ帰属意識を感じない」

私の言葉に反応したのか佐山定が詰め寄ってきた。

「帰属意識ってなんだよ! 意味がわからねえよ! もうたくさんだ! 返せよ! 本当の美郷をかえしてくれよ!

そう叫んだ。
しかしそう言われても、仕方がないものは仕方がない。
なんと回答すればいいのかしばらく考えたが、正解にたどり着けない。
私はありのままに答えることにした。

「私が茅野宮美郷だ。認めてもらうしかないな」
「美郷じゃない! お前なんか、お前なんか……そのドルトイスとかにとっとと帰っちまえよ!!」
「だから帰れないと言っている。支離滅裂だな、君は」

言葉に詰まった彼は、きびすを返すと部屋から出て行ってしまった。

「行ってしまったか。今日こそマグワヒしてもらおうと思っていたのにな」

1人残された部屋で、私はそう呟いた。



結局その夜、佐山定は部屋に戻ってこなかった。
私は『擬態』を完成させると、昨日と同じように詰所に向かう。

昨日と同じように詰所に設置されたノートパソコンを開き、指紋認証をすませる。

メールソフトを起動すると、多くのメールが来ていた。
1通につき300ミリ秒で精読していくが、ある短いメールで動きを止める。

『昼休み、屋上で語ろう。ドルトイスについて話したければ』

短いが、インパクトのある文面だった。

(ドルトイスを知っているのか?)

差出人を確認してさらに驚く。
差出人は茅野宮美郷。
私になっていた。

(私が送った? いや、何者かが私を騙って連絡してきたということか? 何者だ?)

とは言え、ドルトイスの名まで出されては、他に選択肢はない。

(昼休みだな。忘れないようにしなければ)

忘れてはならないという使命感を感じる。
これが『待ち遠しい』という感情なのか。

「客先に行くのは取りやめだ」

午前中は電話で客先にアポイントメントの連絡を取りながら時間をつぶすことにした。



休憩を知らせるサイレンは、この詰所にはない。

時計で12時になったのを確認すると、私は席を立って屋上へと向かった。

この建物の屋上には、金網に囲まれた電気設備と空調設備があるだけだ。

そして金網の影に人がいるのが分かる。

脳内の人物データベースを検索すると情報システム部の郡山重文のようだ。

「こんにちは。茅野宮さん」
「こんにちは、郡山君。あなたがあのメールを出したの?」
「そうです。よくあんな怪しいメールに従う気になりましたね」

そう言って郡山重文は笑った。

「以前のあなたなら、ちらっと見た瞬間にゴミ箱に放り込んでるはずですけどね」
「何が言いたいの?」
「単刀直入にいきましょう。あなたは誰ですか?」

私は茅野宮美郷だ。
だが。彼が求めている答えはそうではなさそうだ。

「君は何を知っているのかな?」

私は『擬態』をはずして尋ねる。

「取引です。あなたが何者か明かすかわりに、私が知っていることを教えましょう」

やはり郡山重文は笑いながら言う。
こういう笑い方を『不敵』というのだったか。

「なるほど。君には全て話したほうが得になりそうだな」

私は言う。言いながら私も笑っていた。

「いいだろう。私が何者か教えよう。私は実は……バキュラビビーなんだ」
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