宇宙戦鬼バキュラビビーの情愛

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バキュラビビーの葛藤

ナイトラウンジの憩い

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「じゃ、まったね~! ごちそうさま~!」

結局たっぷり1時間30分ほど居酒屋で過ごして解散となった。

「またあいましょうぞ~~!!」

山崎大吾はデレデレとした顔で手をブンブン振っているが、私は

「それでは」

とだけ挨拶した。

「行きましょうか」

名残惜しそうな山崎大吾を半ば引きずりながら、その場を後にする。

「いやあ、それにしても良かったですなぁ。郡山氏」
「なにがですか?」
「あんな可愛い子と連絡先交換できて」
「山崎さんが勝手に私のスマホを渡すからでしょう。カギまで開けて」
「ゲームが好きで黒髪ロングで清楚で可愛いとか、ふほほほほ。たまりませんなぁ~」
「バトロワしかやらない女なんて、私はゲーマーとは思いません」

ああいうドンパチゲームは好きではない。同じ戦争ゲームならシミュレーションゲームのほうが好きだ。

「それに私のスマホを差し出すくらいなら、自分の連絡先を交換すればよかったじゃないですか。どうせまったく連絡先交換してないんでしょう」
「それはー、そのー、あのー、はずかしくてですなー」

変な所で積極的なくせに。肝心な所でヘタレなのだ。この人は。

「いやいやいや、郡山氏が連絡できるなら、ワタクシが連絡できるも同然。そう思いませぬか?」

思わない。そういう傍迷惑で後ろ向きな積極性は本当にやめてほしい。

「ちゃんとメールか何か送っとくのですぞ? 礼儀ですからな」
「あとで送っておきますよ。礼儀ですからね」

駅前のバス停で山崎大吾と別れると、私は駅裏にある雑居ビルに向かった。

その中の3階の一番奥。

扉にチェスの『ナイト』のマークだけが書かれている部屋がある。

「どうも、こんばんは」

扉を開けて、軽く挨拶をする。
中は3つのテーブルとカウンターがあるだけの小さなバーになっている。

テーブルは満席。
店内にはBGMはかかっておらず、断続的にカタン、カタンという音だけが響いている。

カウンターの中で「ポーン」の駒を磨いていたマスターが声をかけてくる。

「こんばんは、郡山さん。カウンターでいいですか」
「結構ですよ。いつものありますか?」
「今日は切らしてまして」
「じゃあ、適当にお願いします」

カウンターに座った郡山の前に、氷の入ったグラスが置かれ、ウィスキーが注がれる。

「対局のほうは?」
「今日は無しで。観戦だけさせてもらいますよ」

このバーが変わっているのは、テーブル席がチェスボードになっているところだ。
マスターから駒を借りれば対局し放題となっている。
もちろん対戦相手さえいれば、だが。

(黒が優勢ですね。ちょっと守りが薄そうですけど)

チェスの対局を横目にみながら、ウィスキーを口に運ぶ。
そしてスマホを取りてイヤホンをつなぐ。

(さて、観戦しながらもう1つのお楽しみと行きましょうか)

スマホに録音していた音声を再生する。

『あら~。何か気に障ったかしら?』
『気にすることはありませぬ。カナミ嬢がSランクだったからビックリしてるだけですな』
『いや、だからそれはたまたまで……』

私がトイレに立っていた間の会話が聞こえる。
しばらくたいした話は無さそうなので、少し早送りする。

『おうふ! 郡山氏がまだ戻りませぬが、ワタクシも少しの間失礼をば』

山崎大吾がトイレに立った。
ここからだ。

『それにしても見事にオタク~って感じの人がきちゃったよね~』
『ほーんと。片方はベラベラとキモいし、片方はコミュ障だし。それでゲームが上手いのかと思ったらCランクだし。Bランク以下はゲーム好き街コンに来ないでほしいわ』
『カナってば厳しいね~。せっかくだから今度マッチングしてあげたら?』
『いいけど、私の圧勝だと思うよ?』
『また「ごめんなさい、ごめんなさい」とか言いながらボコボコにするんでしょ』
『まあね』
『ま、い~んじゃない? あっ! あのコミュ障、スマホ置き忘れてるし。今のうちにアカウントでも抜けないかな』
『さすがにロックがかかってるでしょ』
『おろ? なにをやってるのですかな? それは郡山氏のスマホでは?』
『えっとお、カナが郡山さんと連絡先交換したいって言ってて~』
『え、そんなこと言ってないよ?』
『なんとなんと。それは協力せねばなりませぬな。郡山氏のパスワードは、ほいほいのほい。ほれ開きましたぞ』
『ええ~! 山崎さんすご~い!』

再生を止める。
あとは知っての通りの展開だ。

(まあ、どうせこういう人たちなんですよね)

不快に思う一方で、私は大きく安堵する。
人間など卑俗で矮小で取るに足らない生き物だと確認できるからだ。
同時に、人は誰とも理解し合えないという孤独を感じる。
だが、それがまた心地よい。

孤独に浸りながらウィスキーをあおっていると、スマホがブルッブルッと震え出した。

メールの着信が次々ときている。

『http://kokoro.clinick.... chromame tab1』
『http://humanmental.... chromame tab2』

メールタイトル無し。
内容はURLとブラウザ名。

「ノートPCを使い出しましたか」

茅野宮美郷の個人パソコンには、操作ログを私のメアドに送信するスクリプトが仕込んである。

無理やり個人パソコンの設定をさせられたのだから、このくらいは保守サービスの一環だと思ってもらいたい。

メールをチェックしてみると、人間の心理に関わるページばかりチェックしているようだ。

ときには哲学や宗教のサイトにも入り込んでいる。

すごい速度でネットサーフィンを続けているようで、メールが止まない。

「適度にタブを閉じながら検索しているところも、茅野宮美郷らしくないですね」

前はタブを開いたら開きっぱなしだったのだが。

そこで一旦メールが止む。

「終わりましたかね?」

と、思ったらまたらメールが来た」

『http://www.cosmos.... chromame tab1』

調べてみると宇宙科学のサイトのようだ。

しばらくすると、また1通飛んできた。
これまた宇宙関係のサイトだ。

まだネットサーフィンをつづけているようだが、さっきまでと違い随分と断続的に画面遷移している。

「別の人間が使っているとか?」

そう考えたが、メールの来るリズムを感じながら私は別の結論を導き出す。

「誰かと話をしながら検索してますね、これは」

この時間に誰と?
決まっている。婚約者の佐山定だ。

探りを入れるなら今がチャンスではないか?

私はスマホのとあるアプリを起動する。
画面には茅野宮美郷のスマホのシリアル番号と「通話」というボタンが表示されている。

強制的に相手のスマホを通話状態にするアプリだ。
私のお手製である。

もちろん相手側のスマホにもアプリを仕込まなければ使えないのだが、これも仕込み済みだ。

無理やり個人スマホの設定をさせられたのだから、このくらいは保守サービスの一環と思ってもらいたい。

通話ボタンをタップする。
画面を見られたら通話状態なのがバレるのでリスクがあるが、なんとでもごまかせるだろう。

『返せよ! 本当の美郷をかえしてくれよ!』

「通話」になったとたん、そんな叫びが聞こえてきた。
思わずイヤホンを耳から外してしまう。

「びっくりしましたねえ。しかし、返せ、とは?」

再度イヤホンつけるがノイズばかり聞こえる。
あの叫びのあとから沈黙状態が続いているようだ。

なかなか会話が始まらないので、チェスの対局のほうに目をやってみる。
白がチェックをかけられていた。

「キャスリング」

そういうと、白はルークを左に2つ動かし、キングはルークを跨いで反対に動かした。

「入れ替わりですかね……」

彼女の行動が不審な理由。
別人が彼女になりかわっているのではないか?
私はそう推理してみた。

「見た目はまったく変わらないようですけどね。でもいい線を行っている気が……おっと」

イヤホンから何かぼそぼそと聞こえてきた。注意を耳に戻さなければ。

ちらっと対局の行方を確認してみると、難を逃れたはずの白のキングは、すぐにチェックメイトをかけられていた。
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