死後の世界も生きづらい？

実の世界

現実。Ⅲ

「ミノルさん！」

ナオミが恐怖からそう叫んだ。しかしそれはフミヤを刺激してしまった。

「他の男の名前を呼ぶなぁ！」


ミノルは今度も緊張した。しかし、この緊張は自分が”死”について考えなければならなくなるのではないかと言う不安から来るものではなかった。

皆の幸せを護りたい。自分もこの世界で幸せを掴み取りたい。その、一心から緊張していた。

「こちらは丸腰だ！何も持っていない！要求は何だ？」

ミノルはフミヤを刺激してはなるまいと両手を挙げて丸腰であることを示した。

フミヤに要求が無いことは分かっていた。

彼はただ、ナオミさんを自分勝手に愛してしまっているだけなのだと知っていた。

「要求なんて無いぃ！俺はこの子を愛しているだけなんだぁ！！」

やはりそうだった。そして、フミヤは左手で人質のナオミの左肩にぐっと抱きついた。

「やめろ！」

ミノルは叫んだ。交渉のセオリーなど関係なかった。彼の心しんからの思いだった。

「うるさいぃぃ！」

フミヤはやはりもう一度叫んだ。そしてあの時と同じ様にピストルの照準をミノルに合わせた。

「もうよせ！その娘はお前のことを愛してなんかいないんだ！」

ミノルはこう言いながらジリジリとフミヤに向かって足を運んだ。

ミノルはフミヤが発砲するかもしれないと思いまた緊張し始めた。

「2回目なのに緊張するもんなんだな」

ミノルはそう呟いた。

その緊張は、やはり、この”死後の世界”で皆と一緒に生きて行きたいと思っていたからだった。

誰にも死んでほしくなかった。自分も死にたくなかった。それは決して臆病風に吹かれたのではなかった。

これから生きて、感じて、判断して、責任を取る。

そうして生きたいと言う一心からの思いだった。

初めて足立文也アダチフミヤと対峙するときは自分などどうなってもかまわないと言う心境だったはずだ。

それが今は自分すらも護りたいと思っている。

今の自分は真の意味で警察官に成れたのかもしれないなと彼は思っていた。

そしてそれと同じ様に、真の意味で生きたいと思っていた。

もし、ナオミさんを助けて自分が死んだらどうなるか。

そう考える心の余裕すら生まれていた。

ナオミさんはきっと悲しむだろう。

悲しんで、自分が前にそうだった様に、”死”についての思考に絡み取られるだろう。

そんな思いはしてほしくなかった。

そう考えるうちにフミヤとの距離は3ｍにまでなった。

「来るなといっているぅ！！」

フミヤは再び叫んだ。

フミヤの手が震えながらもその手に握るピストルの銃口はミノルへと向けられていた。

「ナオミさんを離すんだ！！！」

ミノルも叫んだ。撃たれるかも知れない。そう思いながらも決して自分は誰も死なせないと考えていた。

夜になった空はきっと晴れていた。フミヤの手が動いた。銃声が鳴った。

ケンが一気に駆け出して、フミヤを拘束した。

サトルとユタカがナオミを救出した。

「観念しろ！フミヤ！」

ケンがそう大きな声で叫んだ。

自警団が駆けつけた。

ユタカが大きく手を振って応援を求めていた。

長く緊張状態にあったナオミを助けたいと思っていたに違いなかった。

「あぁ良かった。フミヤも拘束し、ナオミさんも助かった。それに今回は俺も死ななかった」

ミノルは口に出してそう言っていた。

そして彼は心しんの底から微笑んだ。