さよならVtuber

蓮見 七月

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さよならVtuber Ⅱ

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 初配信に来てくれたのは1,000人ほどでした。
 無名の個人勢としては平均的な集客率だったと思います。
 個人勢と言うの事務所に所属せずに活動している人達の呼び名です。反対に企業勢、つまり事務所に所属している方ですと、1,000人という数字は少ないのかもしれません。それだけ私が活動し始めた時期は業界が成長していたのです。
 ところで普通の人生を送っていて1,000人の方に見られるということがあるでしょうか? Vtuberの愛河アイカと名乗ってはいるものの、その実間違いなく私なのです。
 とんでもない緊張と興奮が、初配信にはありました。
 無名ではあるけれど、これからネット上で拡散されて一気に人気者になるかもしれない。もちろん可能性は限りなく低いのですが、やはり誰しもが心の中で期待することだと思います。
 それくらいの可能性を秘めた業界なのです。
 ただ、現実はそう上手くいきません。
 緊張のあまり声は上ずり、上手く話せない。母国語である日本語を話しているはずなのに、何を話しているのか自分でも分からないありさまでした。
 また、私にとって誤算だったのは、業界の成長期でしたから、ロリータ服を着た女子高生などは没個性だったのです。
 さらに私には特別な技能も経験もありませんでした。他の方は特殊な経験がそのまま個性になって人気になることもあるのですが、私は普通の人間だったのです。
 ポジティブな経験もなければネガティブな経験もないのです。Vtuberに限らず、クリエイターの中にはマイナスな経験を個性にする方もたくさんいます。
 昔、何かの病気だったとか、不登校だったとか、少年院に入っていたとかです。
 私は普通の人間でした。
 初配信が終わった後はその事を恨みました。初配信で私のチャンネルを登録してくれた方は200人ほどだったからです。
 先ほど言った企業勢の方ですと、今はもう初配信で100,000人の登録者数を獲得するなんてことが当たり前に起きています。
 誰にでも可能性がある世界であるだけにショックでした。もしかしたら私も企業勢のように……。と微かに期待していたからです。
 デビュー日の夜はひたすらエゴサーチを繰り返しました。
 愛河アイカとなんども検索しました。何度Twitterを更新しても大きな反応はありませんでした。
 それでも、私のTwitterのフォロワーが少しずつ増えて、固定ツイートにもいいねが付きました。
 嬉しかった。普通に生きていたらあんなにいいねを貰えることはありません。SNS上で拡散されて注目を浴びる人もいますがそれはほんの一握りで、ほとんどの方はいいねが付かないことの方が多いのではないでしょうか。
 以前の私なら間違いなくゼロいいねだったでしょう。だから本当に嬉しかった。
 苦しみもしたし、感動もした1日でした。
 それから想像していた綺麗なクリエイター生活とはまるで違う苦しい日々が始まりました。
 まず、何をしたらいいのか分からないのです。
 私が見ていたVtuberの先輩方はゲームや雑談、歌を歌ってチャンネルの登録者数を増やしていました。
 私もそれに倣って活動を試みるのですが、ネタが沸かないのです。
 ゲームにしたってタイトルにセンスが出ます。雑談のトークテーマは? 歌はどんな歌を? 考えることが山ほどありました。
 今までどれだけ自分が考えて生きていなかったのかを思い知りました。
 またその苦しみに比べて、思うようにフォロワーが増えないのです。
 思えば初配信からして上手くできていませんでした。特別の工夫もなく自己紹介と簡単な雑談を済ませただけだったのです。
 それがデビュー後もズルズルと続いていました。あの時の私には今のように俯瞰してみる能力は無く、このまま活動していればいつかは数字が伸びるだろう。そのように考えていました。
 しかしそれは私が嫌う灰色の生活の中に活動を取り込んでしまうという事でした。
 工夫もせず、突飛な事もしないとなると必然、マンネリ化します。
 デビュー日から1日おきほどのペースで配信していたのですが、生で見てくれる人は減りました。
 同時接続数、ドウセツと言われるものがあって、これは生配信を見てくれている人の数です。
 私の放送では10人に満たない時すらあります。大手の方、人気の方は1万人、大きな企画ですと10万人もの人が集められるのに。
 私はその1,000分の1程度。
 さらにこのドウセツが減ると何とも言えない寂しさに見舞われます。
 あぁ、今の話は面白くなかったのか。結局私はダメなのか。
 そう思って落ち込んだかと思えば、コメントで
 「どうしたの?」「応援してるよ」
 などの言葉が打ち込まれるのです。
 私はコメントをカンフル剤のようにして配信を続けました。本当にごくわずか、4名ほどですが熱心なフォロワーさんにも恵まれました。
 必ず配信を見てくれて高評価ボタンを押してくれるのです。
 ファンのためにも伸びたい。数字を取りたい。
 そんな焦りが募る中、私は一筋の光明を見出します。
 雑談配信がいつもよりウケたのです。普段の集客率が悪いのにそんなことが分かるのかとお思いになるかもしれません。
 しかし私のような底辺とも呼ばれるVtuberでも手応えと言うのは感じるものなのです。コメントがいつもより多いとか、高評価や再生回数が多いとか。何より自分の肌でそう感じるときがあるのです。
 なぜあの時は上手くいったのか?
 配信内容は雑談でした。その中でも特に、会社での不平不満を話した事。これが上手くいきました。
 「会社では評価されるのは営業職ばかり」「上司の命令が食い違って結局私が後処理をさせられる」「新しく入ってきた子が使えない」
 社会の事をロクに考えたことも無いのに、日ごろのストレスからかこういった言葉が口をついて出てしまいました。
 失敗した。怒られる。生配信中に言ってしまった時、そう感じました。しかし実際には「わかる」「ほんとにそう」「まったくおなじ」そう言ったリアクションがあったのです。
 次の日も、また次の日もそう言う会社についての不満を言う配信をしました。
 意外にもいい反応が続いたのです。登録者数も少しずつ伸びました。Twitter上でほんの小さな会社での出来事を呟くだけで二桁のいいねが付くようになりました。
 そんな日が続くと、今度は不満を探すようになりました。
 会社やその経営方法などに詳しいわけではないからすぐにネタが尽きたのです。不満や理不尽を探さなければなりませんでした。
 特に不満だと感じていないこと、私が体験したものではない事も配信で言うようになりました。
 画面の向こうに居る人からは真偽は分からない。そんな甘えた気持ちで雑談を続けていました。
 当初は歌やゲームを披露して活動したかった。それが雑談と言う名の愚痴配信に変わっていったのです。
 会社の愚痴がなくなると今度はネット上の炎上事件について口を出すようになりました。
 だれそれという配信者の女性関係についてだとか、あれは著作権に違反するからよくないだとか。専門家でも何でもないのにそんなことを言い始めてしまったのです。
 ネット上ではこんなことがウケるのです。
 そんな配信を繰り返していると私のチャンネル登録者数が1,000人を超えました。
 ユーチューブで活動する人間にとって1,000は特別な意味を持つ数字です。
 なぜなら1,000を境に収益化が可能になるからです。
 私は次の配信で早速その効果を目にしました。熱心なファンの方が私にお金をくれたのです。
 援助交際の申し込みなどではなくて、応援するよと言う意味のお金で、スーパーチャットと言われる仕組みです。
 こうした制度がありますからVtuberに対いてバーチャルなキャバクラだという人もいます。
 でも私はそれで構わないと思います。キャバクラで働く人にも一人一人感情があって、貰えればうれしいはずですから。
 そして私も同じです。本当に嬉しかった。自分でお金を生み出したような気がしました。受動できな労働ばかりしていた私が、積極的に何かを生産したのだと思えたのです。
 もちろんイメージしやすい一般的な労働、サラリーマンや肉体労働がくだらないというわけではありません。
 彼らの働きが社会の基礎となり、その中で創造に携わる人が生まれるからです。経営者、画家、作家、そしてVtuberのような。
 これが実際にお金を頂いた私の率直な意見です。
 しかし、お金にも魔力があった。フォロワーやチャンネル登録数と同様に、もっともっと欲しくなるのです。
 以前はコメントやいいねをカンフル剤に例えました。しかし、いよいよVtuberが仕事として成立するかもしれない。
 そうなってきますと、フォロワー数もいいねも、もはや麻薬です。
 チャンネル登録者数が増えればもっとスーパーチャットを貰えるだろう。Twitterのフォロワーが多ければ仕事を貰えるかもしれない。と言うように。
 それで私は会社や社会に文句を言い続けました。ネット上の同じように活動する人たちにも“辛口”“毒舌”などという言葉を隠れ蓑にして、攻撃しました。
 他人を批判するたびに自分の持つ数字は増えていきました。広告収入も同じです。
 ほとんどゲームや歌を披露することはしなくなりました。かつての憧れのVtuberの方はゲーム上のスーパープレイや練習してきた歌を披露して正当に評価されていました。
 私は憧れからどんどん遠いところに落ちてしまっていたのです。
 頭の片隅には当時もそのような思いはありました。しかし麻薬は止められません。また、フォロワーも私の“辛口”と言う名の個人批判を聞きたがりました。社会だろうがネット上だろうが、どこかで何かが起きれば私に「どう思いますか?」という質問が投げかけられるのです。
 表面上はどう思うか? という簡単な質問ですが、雰囲気でわかります。本音は「○○がこんなことをしています。いつもみたいに気持ち良く攻撃してください」
 こういう依頼なのです。断ることはできませんでした。
 そうこうするうちに私のチャンネル登録者数は10,000人に届きました。生放送でも1,000、2,000、と同時接続数が伸びていきました。
 自分でも勢いがあることが分かりました。そうなると目敏い大人が案件と言うのを寄こします。つまり仕事の事です。
 例えば最近登場したスマホゲームの宣伝をしてほしいとか、Twitterでそのゲームに関して呟いてくれとか、そういう仕事です。
 もちろんお金ももらえます。
 会社から認められたようで嬉しかった。私に来た案件のほとんどをこなしたと思います。それなりのお金ももらいました。
 フォロワーさんも「案件おめでとう」と祝福してくれました。ただ、案件だと事前に告知した放送にはあまり人は集まりませんでした。だからおめでとうと言う言葉がどこまで本心だったのかは今でも分かりません。
 それから少しすると私の前に大きな餌が撒かれました。大手事務所に所属するVtuberが不祥事を起こしたのです。不祥事と言っても女性と同棲しているのではないかと言う疑惑でした。しかしその方は男性アイドル的な売り出しをしていましたから、これがスキャンダルとなってしまったのです。
 今思えば男性と女性が交際する。普通の一般的な自然な行動だと思うのですが、ネット上では荒れに荒れていました。
 当然、私も生放送でその話題を振られました。
 私は自分が女性であることを利用して、「ショックだ。裏切られた気分だ」と言うようなことを言いました。
 正直に言うと、私は炎上している当該Vtuberの方のことを特別好きだというわけではありませんでした。
 それでも私はそう言った。
 一言二言だけだったのですが次の日には“切り抜き“といって該当部分だけが短くまとめられて拡散されていました。
 その時の放送は全部で2時間でしたから、見ようとすると時間が掛かる。それに対して切り抜きは2分程度。見やすさ、それから炎上中の話題だという事もあって爆発的に拡散されていました。
 切り抜き動画が300,000再生もされていたのです。やり過ぎたかもしれない。そう思ったのですが、切り抜きに比例して、私のチャンネル登録者数も爆発的に伸びました。その勢いは100,000人に届きそうなほどでした。
 100,000人に届くと、ユーチューブから銀の盾と呼ばれる記念品が贈られます。
 その時の私は本当にどうかしていました。
 登録者数、いいね、さらに銀の盾。これらが欲しくて欲しくて仕方がなくなっていたのです。
 ブレーキが壊れた自動車みたいに止まることができなくなっていました。
 さらに登録者数を増やすにはどうしたらいいのか?
 炎上した男性Vtuberをもっと攻撃しよう。そう思ったのです。
 さらに炎上と言うのは本物の火のように燃え映るのです。やれ、あの事務所は対応が悪い。やれ、彼の動画は著作権に違反しているのではないか。と言った半分嘘で半分本当と言うようなことから、彼女の方は妊娠しているらしいとか、相手は未成年らしいという事までまことしやかに囁かれ始めたのです。
 これに便乗しよう。
 当時の私は本当に軽率で、愚かで、どうしようもありません。
 でもあの時はそう思いましたし、さらにそうする事を期待されてもいたのです。
 あの時の男性Vtuberの方、それからお相手の女性。所属事務所の方には何度謝っても足りないくらいです。本当に申し訳ないことをしました。
 今はそう思えますが、当時の私には数字を1でも多くするという事以外、考えることができませんでした。
 情報が正しいかどうかなんてどうでもいい。炎上する方が悪いのだ。批判しても何の問題もない。正義は私にある。
 そう思って様々な批判を行いました。
 女性のVtuberがここまで言うなんて珍しい。また、舌鋒鋭い。俺たちが言いたいことを言ってくれる。彼女は俺たちが知らないことまで知っている。
 そのように思われていましたから、チャンネル登録者数はさらに伸びました。
 100,000人などとっくに超えて、150,000人が見込めるくらいの数字になったのです。
「火のない所に煙は立たない」「疑惑を掛けられる方が悪い」
 そのような事を私は盛んに言いました。
 今思えば自分に対する言い訳です。フェイクニュースが当たり前の21世紀でこんな言い分通用するわけはないのに。
 ただ、事実私のような卑劣な人間が評価され、数字と影響力を持ち、収入も得るようになっていたのです。
 そして、ここからが私の転落です。どうか、私の事を愚かだと、馬鹿だと言って批判し、ご自身を顧みるための材料としてください。
 ただそれだけが望みで語っているのです。




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