きみの音を聞かせて

ひぽたま

文字の大きさ
35 / 45

35・ノーマル

しおりを挟む
 鳥みたいにはばたいたらどこかに行けたりしないかなって考えたけど、浮く感覚もなく落ちはじめたから試す暇もない。
 落下目標地点は、三下教授の観測場所、つまりあの金属カーテンの上だ。
 レッスン室内に反射する光で、まだあるって思いだしたんだ。
 両端を金具で留めて張ってあるから、安全ネットみたいに落ちた衝撃も和らげてくれるはず。たぶん。
 だいたい一階分くらいの高さを落ちて、首尾よくど真ん中に着地……したのはいいんだけど、びよん、ってカーテンがたわんだ瞬間、真下から「ななっ」って人の声がした。
 え、誰? 大丈夫? なんて焦る間もなく、トランポリンみたいにはじき返されそうになるオレ。やばいかも、って思ったけど、完全に跳ねる前にカーテンを支える金具の一部が外れたらしく、なんとか仰向けになった状態で生き残った。やったー。
(見たか、結加、大成功!)
 見あげると、結加がレッスン室の窓から身を乗りだしていた。強ばった顔をしているのがわかったからVサインをして、無事を知らせてやる。
 驚かせてごめん、とか言えたらよかったんだろうけど、真下から怒鳴り声が聞こえてきたからそれどころじゃなかった。
「なな、なにかね! 誰かねきみは、どこから落ちてきたのだね!」
 この声、三下だ。オレは慌てて向きを変えて、金属カーテン越しに三下に謝る。
「すみません、三下教授! オレです、怪我ありませんでしたか!」
「も、森脇くんかね! いったいどうしたというんだ、はやく下りてきなさい!」
 もちろん、そうさせていただきます。
 金具が外れたカーテンの上を移動するのはけっこう恐怖だったけど、なんとか足場まで辿りついて、そこから降りるのは慣れたものだ。地上では三下が待ちかまえていて、頭から足の先まで無事そうだったから、とりあえずほっとした。
 オレは力一杯頭を下げる。
「三下教授、すみませんでした。でもすっごく助かりました! 教授の設計っていうかアイデア、サイッコーです!!」
 足場もしっかり作られていたおかげで、人一人受けとめて崩壊しなかったしね。さすが建築科教授!
 オレもだいぶ興奮していたらしく、わけのわからないこと口走りながら思わず三下の手を握っちゃった。わだかまり満載だったはずのオレにいきなり褒めちぎられて、三下は目を丸くしている。
「な、なんだというのだね。この屋根はもちろんまだ、実験段階に過ぎないのだが、完成すればそれはいいものになるだろうと確信している。ところで森脇くん、いまきみはどこかから落ちてきて」
「もうオレ、すっごく教授に感謝してますから! これからはいっくらでも実験手伝いますよ! 金具も壊しちゃったみたいなんで直します! 三下教授、最高です!」
 なんていうか、アドレナリンって怖え。テンションぶっ壊れたオレが三下の手を握ってぶんぶん振りまわしているところに、「進!」と懐かしい呼び方で呼ばれた。
 結加だ。レッスン室から出てきちゃったのかー。オレは三下に「じゃ、また!」と笑顔で言って手を離し、長い足をもつれさせながら向かってくる結加に、こっちから駆け寄った。
「どーだ、結加! オレ、嘘つかなかっただろ!」
 オレは胸を張る。なんたって飛びましたからね、三階から!
 あちこち痛かったはずのところもアドレナリンで痛みがぶっとんでいて、いまのところ問題なしだし!
「ちゃんと飛んだからね! 怪我もしてないからね。ネットあるのわかっててずるいとか言いだすなよ、けっこう勇気はいったんだからな。でも、これでわかってくれた? オレ、ちゃんとおまえのことが好……」
 みなまで言えなかったのは、結加に抱き寄せられたからだ。でかい背の、長い両腕のなかに、強く。
 鼓動が激しく打っている胸に顔を押しつけられて、息もできない。
 結加の指の長い手が、オレの無事を確かめるみたいに頭とか、肩とか、背中とかを探っていく。
 触られると痛い場所はもちろんあるんだけど、それよりも手があったかい。
 温もりを感じるうちにオレのハイテンションもおさまってきて、力が抜けかけた手で結加の背を抱き返した。
「大丈夫だよ」
 って。言うと、結加の手が止まる。そうだよ、大丈夫。
「オレ、怪我してねーし、結加のためなら飛べるし。おまえの音だけが、大好きだって。信じてくれるまで何度でも、飛んでやるよ。次は四階からだっていいよ。結加には、結加だけの音を奏でていてほしいから。そのためだったらオレ、オレが持ってる羽根みたいなもん、全部結加にあげる」
 羽根ってなんだろう、って自分でも思うけれど、飛びだす勇気みたいなものかな。よくわかんないけど、オレの言い分を聞いてくれた結加は、すがるみたいにまた両腕の力を込めた。
 身長差があるせいで、オレのほうから包みこんであげられないのがもどかしい。
 両腕を目いっぱい伸ばして、背伸びしても足りないからさ。
 だから、もう、言うしかないじゃん。
「おまえんち、行ってもいい?」
 って。
 結加が迷子の子供みたいな目でオレを見て、それから小さく頷いた。
 そういえば三下教授。観測地点からオレたちをまじまじ見ていたような気がするんだけど、最後まで口を挟まないでいてくれて、感謝です。

 結加の家は、大学から歩いて十分くらいのところにあった。
 玄関が狭めのマンションなんだなって思っていたら、部屋に入ってすぐど真ん中のグランドピアノにお出迎えされたから、びっくりだ。床も壁もしっかりしていそうだし、もしかしたら音楽科の生徒用の防音マンションなのかもしれない。
 そして窓辺に並ぶ、けっこういい種類の酒瓶にもびっくりした。
 さらに微かに漂う、煙草の匂いとか……オレは思わず訊く。
「結加って何月生まれだっけ?」
「7月」
 大学からここまでほとんど無言だった結加が、やっとぽつりと答えた。
 二十歳越えてたか、セーフ。
 ほっと胸を撫でおろしたオレの肩を結加がつかみ、仰向かせる。練習棟のドアに挟まれたところが握られると痛いんだけど、服の上からじゃわかんないよね。
 オレは顔をしかめそうになったけど、結加の手が微かに震えていたし、問いかけるようにオレの目を覗きこんくるから、苦笑いに変わった。
 いまさらなに迷ってんの、って。
 それからすぐ、どうしたらいいのかわからないのかもって気づく。
 だって結加がこれまで相手にしてきたのは変態な大人ばかりだったんだろ?
「……ノーマルな子供の扱い方、わかんないんだろ」
 あてこすって言ってやると、困ったみたいに眉をひそめた。
「根に持ってるのか」
「あったりまえだろ。いっくら誤解で怒ってたからって、あんな言い方なくない? オレもう、本気で自分がダメダメなのかと思っちゃたもんね。おまえにとってつまんなかったのかーって。そりゃまあ、凡人だし面白みはないかもしれないけどさ、でも」
 言っているうちにあのときの傷心が蘇ってきて、声が詰まる。目も赤かったかも。
 深呼吸して落ちつこうとしたオレの口を、結加の口がぴったり塞いだ。
 いや、いまは息、したいんだって――……喘ぐ喉まで結加の吐息が滑りこんできて、頭がぼうっとする。
 キス、なんて、慣れてきたような気がしていたけれど、今日のはいつもと数段、熱さが違った。飢えた獣に食まれているみたいだ。オレは夢中にされながらも頭の片隅では、この部屋ベッドないよなー、結加はいつもピアノの下とかで寝てるんだろうか、なんて考えたりしていたんだけど……ちゃんと隣にありました、寝室。
 立派なベッドも。
 結加が抱きかかえるようにしながら連れていってくれて、そしてオレはそこで……。
 自分がいかにノーマルでお子様だったか、思い知らされた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

はじまりの朝

さくら乃
BL
子どもの頃は仲が良かった幼なじみ。 ある出来事をきっかけに離れてしまう。 中学は別の学校へ、そして、高校で再会するが、あの頃の彼とはいろいろ違いすぎて……。 これから始まる恋物語の、それは、“はじまりの朝”。 ✳『番外編〜はじまりの裏側で』  『はじまりの朝』はナナ目線。しかし、その裏側では他キャラもいろいろ思っているはず。そんな彼ら目線のエピソード。

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

寡黙な剣道部の幼馴染

Gemini
BL
【完結】恩師の訃報に八年ぶりに帰郷した智(さとし)は幼馴染の有馬(ありま)と再会する。相変わらず寡黙て静かな有馬が智の勤める大学の学生だと知り、だんだんとその距離は縮まっていき……

ないない

一ノ瀬麻紀
BL
エルドと過ごす週末が、トアの何よりの楽しみだった。 もうすぐ一緒に暮らせる──そう思っていた矢先、エルドに遠征依頼が下る。 守りたい気持ちが、かつての記憶を呼び覚ます。 ✤ 『ないない』をテーマに書いたお話です。 メリバです。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

暮色蒼然

珊瑚
BL
「まだ書いているのか」 「君も書いてみたら良いじゃないですか。案外好きかもしれませんよ」 「じっとしているのは俺の性に合わん」 「でしょうね」 間髪入れずに言い放った春壱に、奏介はカチンとし彼を小突いた。彼はまるで猫の戯れだと言わんばかりにさっと躱し、執筆を続けた。 「君は単調ですねぇ。これで遊んでいてくださいね」  そう言って、春壱は奏介に万華鏡を投げて渡した。奏介は万華鏡を素直に覗いたりもしたが、すぐに飽きて適当な本を開いた。  しばらくの間、お互いのことをして過ごしていたが、ふと春壱が口を開いた。 「君、私のこと好きでしょう?」 「⋯⋯? いや」 「はて、私の勘違いか。随分私に執着しているように感じましてね。いや良いんです。違うのなら」 「何が言いたい」 「私も同じ気持ちだなぁって思っただけですよ」   俺はこの頃をどんなに切望したって、時はやり直させてはくれない。 だから、だからこそ春壱のことを見捨ててはいけなかった。 --------- 数年前に書いたもので、今見ると気恥ずかしさがありますが、 初めてきちんと最後まで書ききった思い出の作品です。 こういう二人が癖なんだな~と思って読んでいただけると嬉しいです。 ※他のところにも掲載予定です。

【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】

彩華
BL
 俺の名前は水野圭。年は25。 自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで) だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。 凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!  凄い! 店員もイケメン! と、実は穴場? な店を見つけたわけで。 (今度からこの店で弁当を買おう) 浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……? 「胃袋掴みたいなぁ」 その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。 ****** そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

三ヶ月だけの恋人

perari
BL
仁野(にの)は人違いで殴ってしまった。 殴った相手は――学年の先輩で、学内で知らぬ者はいない医学部の天才。 しかも、ずっと密かに想いを寄せていた松田(まつだ)先輩だった。 罪悪感にかられた仁野は、謝罪の気持ちとして松田の提案を受け入れた。 それは「三ヶ月だけ恋人として付き合う」という、まさかの提案だった――。

処理中です...