回石 進

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1. 壺と男

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ー  壺が置いてある。


覗いてみようかを悩んでいる。

今、ここに居るのは自分だけだ。夢を見る時間だというのに、こんなところで壺を眺めている。


この壺は何というか、艶めかしい。
口の部分から胴にかけての滑らかさ、胴から高台にかけての少し細くなっていく流線には目が奪われてしまう。


僕はふと、後ろを向いた。視線を感じた。


誰もいない。


シャワーを浴びる時に感じる不安感と同じアレかもしれない。


そういえば今朝、僕はシャワーをしっかりと止めてきただろうか?
ぽたぽたと水滴が垂れていないだろうか?
まあ、1日くらい垂れ流していても水道代にはそれほど影響は無いだろう。
とは言え、物価が上がってきて食費もバカにならない。その癖、給料だけが据え置きだ。やってられない。
だから、水道代だって馬鹿にしちゃいけない。
そう考えたら、余計にシャワーが気になる。


早く帰りたい。

そうなんだよ。そこなんだよ。帰れないんだよ。
ここどこなんだよ。気付いたらこんなところにいて。
真っ白で広いんだか、狭いんだかもいまいち分かんないし。大体、出入り口がどこにも見えやしないんだから、困ったもんだ。

壺しかありゃしない。


もしかしたら、もしかしたらよ、この壺から出てきたんじゃないかな?

なーんて思っちゃったりして。

ないよな?ないよなー、そんなこと。
現実的じゃないもの。そんなこと。
孫悟空じゃないんだから。


もっと、真剣に考えなきゃ。
明日も仕事なんだ。早く帰って寝たいんだよこっちは。

でもやっぱり、壺から出てきてないにしても壺がヒントなんじゃないかな?


だって、何も関係ないのにこんなところに壺なんか置かないでしょ。
鍵が入ってるとか?なんかヒントの紙が入ってるとか?もしくは、花瓶自体動かすとなんかゴゴゴーって扉開いちゃうんじゃない?みたいな?


でも、鍵ってことはないか。扉がないんだから、鍵が有ったって仕方ないもんな。
それに、ヒントの紙っていうのもないな。ゲームじゃないんだから。現実に起きてるんだよ。そんなふざけたものあるかよ。
そして、ゴゴゴーって扉ら開かないよ。開く要素ある所なんてないんだから!アリババと30人の盗賊かよ!


難しいな。


やっぱり、壺を調べてみるしかないか。


でも、怖いなー。
こんな訳の分からない場所にある物なんて何が起こるか分からないでしょ。

なんか危ない薬が塗ってあるかもしれないし、穴を覗こうとしたら蛇とか蟲とか出てくるかもしれなし、接着剤がベトベト塗ってあって、手がくっついて離れなくなるかもしれない。

それに、僕はよく物を壊しちゃうからなー。

大事なヒントなのに壊しちゃって、もうヒントは無くなりましたみたいになるのも嫌だし。

めちゃくちゃ高級品で、ここ出た後に損害賠償とか請求されたら絶対払えないし。


よく考えろ。よく考えろ。

壺をどうしたらいいのか?

よく考えろ。よく考えろ。

壺の中身は何なのか?

よく考えろ。よく考えろ。

壺は何のためにあるのか?

よく考えろ。よく考えろ。

壺をどうしたら良いのか?



待てよ。本当にこの壺に意味なんてあるのか?

壺だぞ。

ただ、置いてあるだけかもしれないじゃないか。
ここで目覚めたときに目の前に壺が有ったから壺のことばかり考えていたけど、たまたまここに壺が有っただけなんじゃないか?

別に意味なんか無いんだ。
僕が勝手にこの壺に意味があると思い込んでいただけなんだよ。

そうだ、そうだ。

他の可能性を考えもせずに、こんなところに留まっているのが間違いだったんた。

一旦、壺から離れよう。

色々と見て回ったら、他にも何かがあるかも知れない。扉だって見つかるかも知れないじゃないか。

突然の出来事で僕は盲目になってしまっていたみたいだ。


よし、そうと決まれば、探検に出掛けよう!


・・・ ・・・。


でも、なんだかここを去るのは名残惜しいな。
この壺とはさっき出会ったばかりなのに、まるでずっと一緒に居たかのような親しみを感じる。


この真っ白な空間。何の道標もない旅に出たらもう、ここには戻って来れないかもしれない。


ほんのちょっとの間しか一緒に居なかったから、僕はこの壺のフォルム、色、雰囲気を正確には思い出せなくなってしまうだろう。

それは寂しいな。

でも、僕は帰らなきゃいけない。僕が本来いるべき場所に。


ほんの少しの間だけど壺が側に居てくれて本当に良かった。

無機質な壺だけど、こんな訳のわからない場所でずっと側にいてくれて、どんなに心強かっただろうか。温かみさえ感じるよ。

本当に1人きりだったら、1分も耐えきれずに泣き崩れていたよ。

だから、ほんとにここで壺に出会えて良かった。付き合いは短いけれど、壺との思い出は僕の心に深く刻まれたよ。一生忘れない。

だから、後ろは向かない。

僕はきっと帰る道を見つけるよ。


ありがとう壺!!さよならだ!


ー  男は去る。壺が何かも知らないままに。テコテコ、テコテコ歩いていく。
何の当てもない空間の中を。どんどんどんどん小さくなっていく。男の運命知る由もなし。壺が置いてある。


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