原初の魔女と雇われ閣下

野中

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第3章

幕30 勝手に踊り出す

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―――――ではやはり、我々だけが王女のそばに行っても、移動して頂く方法がない、ということか。

闇の精霊の中にいるのは確実のようだが、どういう状態なのかはわからない。
五年前からその状態なのだとすれば、生きているのかどうか。

いずれにせよ、今回は彼女をオズヴァルトの手元で安全に過ごせるよう手配するのが目的だ。

横からかっさらうにしても、コロッセオにいる魔女や魔族が、うまく動いてくれるか、そこが問題だ。
―――――その点なら、問題はないかと。
オズヴァルトの心の声を読んだかのように、クロエは言った。

彼女の声が、不思議と確信をもっていたから、オズヴァルトは面食らう。
―――――なぜかな。

―――――…オズヴァルトさまは姿を現わすだけでよいのです。そうすれば。
目は笑わせないまま、口元に笑みを浮かべ、予言のように厳かな声で彼女は告げた。



―――――自らの恐怖で、皆勝手に踊りだしますから。



クロエから一番聞きたかったのは、ルビエラ王女が自らを守るために作り出した闇の精霊の繭の事だったのだが、それについては結局、明確な対処法は得られなかった。
むしろ得られた答えは。

問題ない、の一言。

しかも続いた説明は、よくわからない。
まさか、オズヴァルトが現れるだけですべて解決するなどと、戯言としか思えなかった。


(からかわれた、か)


クロエが言いたいところもわかる。教えてもらってばかりなのは情けない。
子供ではないのだ、少しは自分で考えろと言ったところだろう。

オズヴァルトとて、できれば、自分の力で何とかしたい。
いずれにせよ、具体的な話を聞けなかった以上は。


(私なりにやるしかないね)


ならばまず、コロッセオの支配人と話をする必要があった。
地下の奴隷を管理するのは、その男なのだから。
問題があるとすれば。

―――――アポもなしに支配人室へ乗り込んでいいものか。

カミラの優秀な夫のおかげで、一夜にしてオズヴァルトはゼルキアン大公となってしまった。
無論、事前準備はされていたに違いない。

おそらく各国間でなんらかの話し合いは、既になされていただろう。


個人が話の流れで決めたことに、世界が、はいそうですか、と動くわけがない。


そう言った動きがシュノーで確認され、早朝、オズヴァルトの元へ情報が届けられた。
近いうちに、各国から何らかの形で祝辞が届くようだ。
(天人となったことにはどこも触れないのにな)

ところで祝いをもらったとして、返事は誰が考えるのだろう?
無理やり大公閣下に祭り上げられた男としては、身の振り方に困るところだ。
できるだけ配慮はするつもりだ、する、…つもりだが。



(―――――面倒だな)



ふっとオズヴァルトの中で、何かが振り切れた刹那。






―――――ズ…ッ、ドオン!






揺れた。

コロッセオが。


轟音に驚き、ティムが、毛を膨らませて飛び上がった。
さっと動いてオズヴァルトの椅子の下へもぐりこみ、息をひそめてしまう。刹那。

オズヴァルトが見下ろした、闘技場のど真ん中に。



「うわあ」
ジャンナが楽しそうな声を上げ、身を乗り出した。手を叩いてジュスタが目を輝かせる。



「おっきな穴が開いた」
粉塵をまき散らしながら、巨大な穴がぽっかり開いているのが見えた。



これからはじまる試合の演出だろうか。

それにしては、そこから妙な魔力が漏れ零れているようだが。
あまり危機感なくオズヴァルトがその光景を見下ろした時。

「しっ、失礼いたします!」



VIP席のドアが開いた。






「「…は?」」





オズヴァルトの後ろで、低く物騒な声を上げたのは、先ほどまで可愛らしい声を上げていた双子たちだ。
声ばかりか、雰囲気まで、いっきに殺伐としたものに変わる。

彼女たちは早口に呟いた。





「まさか、オズヴァルトさまがいる場所へ、前触れなくいきなり土足で踏み入ったの?」

「そんなに死にたいの? 自殺願望があるの? 誰? 前へ出て、嬲り殺してあげる」





こういった時の魔人が、尋常でない化け物に見えるのは、オズヴァルトは体験済みだ。

止める間もなく放たれた殺意と攻撃に、幾人かの悲鳴が背後で折り重なった。
「よしなさい」
オズヴァルトが片手を挙げ、制止することで、ジャンナとジュスタが動きを止めたのが分かる。
オズヴァルトが振り向いた時には。


「…おや」


いつの間にそこまで移動していたのか、彼女たちはドアの近くにいた。
図体の大きいならず者が三人ほど、既に彼女たちの足元に伏している。

ふっと彼女たちが離れた感覚はあったが、一瞬のうちに何が起こったか、衝撃の光景だ。

しかも双子たちの可愛い顔に浮かぶ表情が、冷酷を通り越して、むしろ残忍になっている。
殺しを楽しむ暗殺者のようだ。
「二人とも」
前へ向き直りながら、オズヴァルトは告げる。

「衣服に相応しい言動を」

今日の二人は、メイド服だ。
それが気に入りだということは、二人の様子から、よくわかっていた。

オズヴァルトの言葉に、彼女たちから、我に返った空気が放たれる。
口を揃えて答えた。




「「申し訳ありません、ご主人さま」」




声に理性は戻ったが、口調は冷え切っている。
それでも頑張ったほうだ。
これ以上望むのは、酷だろう。

前を向いたまま、オズヴァルトは目を伏せた。

双子以外に立っているのは、三人だった。そのうちの一人は。



「無礼を承知で、失礼いたします、ゼルキアン大公」



緊張に顔を強張らせながらも、双子がにらみを利かせる間に進み出た。豪胆である。
振り向かずとも、それが先ほど見たどの男だったかはわかる。

薄い頭髪は金色。
くすんだ灰色の目。
樽のような腹。

護衛だろう、彼が連れている体格のいい男たちの方が見事に竦んでいた。
主人が誰かは明白。




「おい」




真っ直ぐオズヴァルトを見据えるその男に、恫喝する声を上げたのは、ジャンナだ。

「誰が直言を許した?」

ただし、表情を消したジュスタの方が、今にも危険なアクションを起こしそうで、オズヴァルトは咄嗟に、
「許す。続けろ」
許可を与えた。男も心得たもので、

「光栄です」

すかさずその場に跪き、闘技場を見下ろした状態のオズヴァルトに、訴えた。





「わたしはレナルド・ベルタン。コロッセオの支配人です」

思わずオズヴァルトは振り向きたくなった。その衝動を咄嗟に逃がす。





どうするか悩んでいるところに、支配人が直接来るとは。
とはいえ、持ってきた話は、いいものではなさそうだ。

動くのが苦手に見える体格だというのに、所作は意外と洗練されているようで、言葉遣いも悪くはない。
オズヴァルトは、目を通した支配人の情報を思い出す。

彼の生まれ育ちを考えれば、
(努力したのだろうな…)
オズヴァルトの内心など知る由もなく、レナルドは続けた。

「図々しい話ですが、ご助力を願いたいのです、閣下」
資料からもわかるとおり、この男はたたき上げの実力者だ。
そんな人物が、ただ、生まれだけで偉そうにしている相手に頭を下げるのは業腹だろうに、そんな気持ちはつゆほども見せず、真摯に告げた。


「このままでは、今日、コロッセオにいる全員が死んでしまいます」


「…ほお?」

オズヴァルトはつい先ほどコロッセオを訪れ、この席に座ったばかりだが、いったいいつから何が起こっているというのだろうか?
不意に、クロエが言った言葉を思い出した。


―――――…オズヴァルトさまは姿を現わすだけでよいのです。


刹那。
―――――ッ…。
妙に腹の底に響く音がした。いや、これは咆哮だろうか?

それは、オズヴァルトが見下ろす闘技場から響いた。

背後の者たちにも、何が起こっているのか、良く見えたことだろう。
双子たちが、ぽかんと口を開いた。呆気に取られた表情は、ひどく幼い。護衛の男二人は蒼白になっていた。かろうじで立っている、と言った風情。
オズヴァルトは、闘技場を見下ろす目を凝らした。同時に。


(…うん…?)




舞台の床に空いた穴から、巨人が現れる。




ただしその姿は、質量を持った影というべきか。
皮膚や内臓があるようには見えない、どちらかと言えば、泥人形に近い感じがする。ただし。





内包する魔力が、尋常でない。





オズの優秀な頭脳が、一瞥しただけで、その正体を言い当てた。







「これはこれは―――――魔神とは」







魔神。

この怪物は、高位の魔族が使役する、異界からの召喚獣の一種。
獣に分類されるが、正体は知れたものではない、魔力の塊だ。魔の精霊という言い方もその本質を言い当てているかもしれない。

そこに召喚者の意志を組み込み、動かす人形のようなもの。

(鈴木なら、これぞ式神! とか言いそうだな…)
なぜかその右腕の肘から下がないように見える。
何がどうなっているのか。

地下には奴隷が…王女がいたはずだが。



ふうとオズヴァルトの頭の芯が冷える。怒りで。



「魔族はどこにいるのやら」

この魔神を召還したのは魔族だろうが、魔女に協力する魔族であるなら、王女を攫う助力をするのではなかったのか。
これでは、王女が死んでしまう。
「閣下」
レナルドの声が鋭く切り込んできた。



「…この状況を予想されていらっしゃったので?」



―――――どこをどうすればそうなるのか。いや。

オズヴァルトは黙ってレナルドを振り返った。
この男は、オズヴァルトが欲するところをよく承知しているはずだ。

疚しいところがある相手は目を逸らすものだが、さすが胆力が違う、レナルドはオズヴァルトを真正面から見返してくる。

レナルドは、今、魔族とオズヴァルトにつながりがあると仮定したのだ。
双子たちの気配が手遅れなほど物騒なものになった。とはいえ。

ここでオズヴァルトが否定しようが肯定しようが無駄だろう。

「君の望みは、アレの始末かね」
無関心に言えば、レナルドは慎重に頷いた。

第二皇子といい、それほどオズヴァルトは利用しやすく見えるのだろうか。



「さて、いくらなんでも魔神とは、私も骨を折ることになる」

「だが、不可能ではない―――――違いますか」



レナルドの試す物言いに、オズヴァルトは目を細めた。
「大の大人が、手土産もなしに、挨拶に来たわけではあるまい」

言いながら、オズヴァルトは立ち上がる。


このような男が、願うだけで望みが叶うなど、平和な脳みそをしているわけがない。


「早く見せるといい。悪党の私に、まさか、正義の行いを期待はしていないだろう」
せいぜい悪く笑って、オズヴァルトは促した。





「君は、私を動かす、どんなカードを持っているのかね?」










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