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第3章
幕34 情
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「コロッセオの職員が、なぜ、攻撃を仕掛けてくる!?」
レナルドが引き連れてきた護衛の一人が、不可解そうな声を上げる。
VIP席の出入り口には今、コロッセオの職員が続々と集合中だ。
ただし、全員、正気ではない顔つきをしている。しかも、どうにかしてVIP席に入ろうと動いていた。
彼等の手には。
試合のために用意された武器が握られていた。扱えもしないだろうに。中には、
「お前は今日、試合のはずだろうが!」
剣闘士もいた。
彼等が、どうあってもVIP席に入ろうとしている動きから、その意味を護衛たちは予測する。
彼等の狙いは、レナルドだ。
護衛である以上、入室は許可できない。
だが、玄人相手ならともかく、武器を持つ手もおぼつかない素人相手は、至極やりにくかった。しかも、知り合いだ。
その上、催眠にでもかけられている様子だと思えば、容赦なく攻撃もできない。
護衛が、職員相手にまごついている合間に―――――近くで刃が閃いた。
いつの間にそこまで距離を詰めたか、剣闘士がいた。
一撃を食らう覚悟を決めた、そのとき。
―――――ガッ!
護衛の斜め後ろから槍斧が突き込まれる。
その鋭さに、正気でもない剣闘士の手が、武器を取り落とした。
槍斧の持ち主、それは。
オズヴァルト・ゼルキアンが連れていたメイドだ。
彼女は低い姿勢で、操られたような集団の中へ飛び込む。ひとつの躊躇もない。
直後、彼等の足元を刈るように槍斧で薙ぎ払った。
一瞬、足首から下が切り取られたかと思うような、激しい一振り―――――だが、職員たちは、無様に転んだだけだ。
そこに走りこんだもう一人のメイドが、次々首筋を強打し、彼等の意識を刈った。
続々昏倒していく職員たちを見下ろした彼女たちは、護衛たちに命令。
「縛っておけ」
確かに、これで起き上がってまた攻撃されては、元も子もない。
弾かれたように動く護衛二人は、VIP室へ入室するなり、双子のメイドに気絶させられたほかの護衛たちを羨ましいと頭の片隅で考えた。
当のレナルドはと言えば。
(あの魔女、散々融通をきかせてやったのに、恩知らずな真似を!)
VIP席で椅子を盾に縮こまり、心の中でエメリナに対して、毒づいた。
コロッセオの職員たちが、今のようになっているのは、エメリナが何かをしたからに違いない。
彼女は支配人室を飛び出す寸前、ランを攻撃したが―――――。
最後に見えた横顔に浮かんでいたのは、恐怖だった。
いつも怖いものなしと言った風情の、強がりなエメリナが見せた素の表情に、一瞬、レナルドは心配になった。とたん、首を横に振る。
今、自分があの魔女にされていることをよくよく考えるべきだ。
(職員たちの状態、あれはエメリナの洗脳か催眠だろうが、…こっちを殺しにかかっているじゃないか)
レナルドを殺せと指示を出した相手を、レナルドが心配するなど、あり得ない。
どこのお人好しだ。
本当のところは分からないものの、こういうことをやりそうな相手は、エメリナしかレナルドは思いつかなかった。
しかもエメリナが、魔族と通じていると何日か前に報告を受けていた。
…レナルドは、実は、牢の中にいる奴隷の一人に、怪しいことがあったら報告するように金を握らせるようにしている。
奴隷が、まさか、売買を行う商人の言うことを聞くわけがないと思うかもしれないが、色々と条件を付ければ、彼等は普通の人間よりよほど従順に従うのだ。
その上で、少しでもましな主人を融通するという条件で、目を光らせるよう命じていた。
なんにしたって、奴隷という商品は、入れ替わりが激しい。
報告を上げてきたのは、複数人に及ぶ。
エメリナが魔族と関わりを持ち、あの地下に呼び込んだことはレナルドも承知だった。
その中で、特に気になった単語がある。それは。
―――――魔神だ。
とはいえ、こちらに害がなく、王女を闇から引きずり出すことができるというなら、別に構わないと思っていたのだが。
…こうなれば、何がどう転ぶか、知れたものではない。
ゆえにレナルドは、同じ魔族かもしれないという噂のあるオズヴァルト・ゼルキアンに助けを求めたわけだが。
(―――――地下で、いったい、何が起こった?)
まさか、闘技場に穴が開き、そこから魔神が現れることまでは想像もしなかった。
しかし、相手は気まぐれで強欲な魔族だ。
魔女エメリナが未熟であることを知っていた以上、こうなることは自明だったかもしれない。
そもそも、エメリナは魔族を手玉に取れるような器ではない。
むしろ、利用しつくされて捨てられるのがオチだ。
(エメリナは死んだか? いや、そう言えば、壁に叩き付けられたランが、姿を消していたな…後を追ったはずだが)
エメリナとランの相性は悪い。だが、積極的に殺し合う間柄ではなかったはずだ。
とはいえあの一瞬、エメリナがランに放った力は、暴力に慣れたレナルドでさえ引くほど尋常ではなかった。
本来なら、ランの身体が潰れるはずの力だったはずだ。それが。
レナルドは涙を呑む。
…潰れたのは、支配人室の壁だった。しかも。
今なお、闘技場から破壊音が響いている。
そちらにオズヴァルトが向かったはずだが、止まる気配はない。
レナルドは、本来、交渉などしたくはなかった。
彼は強欲なのだ。自分のモノを誰かに無償で差し出したくはない。
五年前、正義の騎士とされていたオズヴァルトなら、勝手に動いてくれないかな、と虫のいいことを考えていたことは事実だ。
…残念ながら。
オズヴァルト・ゼルキアンは一筋縄ではいかなかった。
あの威圧は、宰相と同じか、…それ以上。
向き合うなり、本能が叫んだ。
―――――この生き物に、逆らってはいけない。
そう、格が違うとかそういう話ではなく、別の生き物のような感覚があった。
蟻が象にかなうわけがないだろう?
ゆえに、オズヴァルトが欲するだろう情報を、…ものを、恭しく差し出すほかなかった。
それこそが、もっとも、賢明な判断だったろう。交渉など、二の次だ。
そんな姿勢を見せたならむしろ、レナルドはオズヴァルトから叩き潰され何も得られず終わった。
むしろ、すべてを失った可能性が高い。
それでも、近くに接して理解したことだが―――――彼は、魔族ではない。
決して、油断ならない存在なのは、事実だ。しかし。
(…あの噂は、どこまで事実なのだ?)
威圧の壁の向こう、確かに、情を感じた。
悪魔にはあんなもの、ないに違いない。
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・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
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