遥かなる地平線に血の雨を

寸陳ハウスのオカア・ハン

文字の大きさ
8 / 49
第一章 東に吹く風

1-5 〈帝国〉最東端の街

しおりを挟む
 東の地平線に黒い影が浮かぶ。

 ポツリと浮かぶ古い城は色のないツタに覆われていた。城頭に翻る黒竜旗は、城の佇まいと同じようにどこか色褪せて見えた。

 〈嵐の旅団コサック〉の最過激派、戦狼たちストレートエッジ・コサックの襲撃者を退けたのち、ミッコとエミリーは〈帝国〉最東端の街サコーへと向かった。道中の空気は張り詰めていたが、その後は何もなかった。

 サコーはのどかな辺境だった。二百年前、大いなる災厄が大陸を蹂躙したときこそ〈帝国〉東部の防波堤として栄えたが、その後は戦略的価値を喪失。長らく大きな戦闘とは無縁だったゆえか、他の〈帝国〉主要都市と比べて戦争の面影は少なかった。
 ただ、先の戦狼たちストレートエッジ・コサックの襲撃を受けてか、街の警備はそれなりに厳重だった。しかし厳重ではあるが、民や商人、別派閥の〈嵐の旅団コサック〉と思しき騎馬民など、往来は止まることなく流れていた。ミッコとエミリーも特に呼び止められることもなく入城できた。

 夕方。休息と情報収集を兼ね、二人は酒場に足を運んだ。田舎の酒場らしく、場は寂れ、空気はどこか荒んでいた。
 酒を注文し、ささやかな祝杯を挙げた。これまでの二人の旅路を思い出し、そして飲み合った。
 場末の酒場と思っていたが、酔いが回れば関係なかった。気がつけば互いに饒舌になり、無意識のうちに周囲に幸せを振り撒いていた。
 いいことでもあったのかと訊ねてきた店主に、エミリーは上機嫌で「二人で東へ旅に出る」と答えた。
「はぁ? こっから国境越えて東に行くだぁ? 何考えてんだあんたら?」
 エミリーの答えに酒場の店主は本気で呆れた。無邪気に答えたエミリーは途端に不機嫌になった。連れ合いの態度の豹変に、ミッコの酔いも途端に醒めた。
「……別に何しに行こうとこっちの勝手でしょ?」
「何しに行くのか知らねぇが、冒険者気分なら止めときな。東に夢なんてねぇよ。ま、〈東からの災厄タタール〉のゴミ漁りにでも行くんなら別だけど」
「〈東からの災厄タタール〉なんて二百年も前の話でしょ? 今じゃ漁るゴミも残ってないわよ」
「ここらじゃ〈東からの災厄タタール〉はまだ終わってないんだよ、お嬢ちゃん」
 エミリーの皮肉に対する酒場の店主の口調は重く、その目も険しかったが、エミリーはいまいち理解できていないようだった。
「この前も戦狼たちストレートエッジの狂人どもが領内で暴れたろ。あんなのが行く先々で毎日のように起こるんだ。二人だけじゃどうもできない。よくて野垂れ死に、最悪オモチャにされるのがオチだぜ」
「でも他の〈嵐の旅団コサック〉の派閥や地元民とは交易してるじゃない。話が通じない奴ばかりでもないんでしょ?」
「確かに、戦狼たちストレートエッジ以外の奴らは俺らと同じ人間だよ。だがそもそも、〈嵐の旅団コサック〉ってのは単なる寄り合い所帯だ。騎馬民やら亡命貴族やら狂信者のな。〈帝国〉や〈教会〉みたいな国家じゃない。つまり常識なんて端からないのさ」
 酒場の店主の口調はまるで自らが見てきたかのような口調だった。エミリーは酒場の親父ごときが何を偉そうに語るのかといった表情だったが、一方でミッコはその情報を注意深く聞いていた。ここから東はミッコも土地を知らない。その土地の空気感というものは、その土地に暮らす者でなければわからない。
「今の東部は大陸のどこよりもきな臭い。〈教会〉との戦争が終わってから、〈嵐の旅団コサック〉の派閥争いもいよいよ激しくなってきた。身内で喧嘩してる分には構わねぇが、〈帝国〉の領内で暴れるなんざ、戦狼たちストレートエッジのアホどももとうとう本気で頭がイカレたと見える。とにかく、こっから先に安全なんてないのは確かだ。だから止めとけって言ってんだ」
 酒場の店主の口調はきつく、ほとんど忠告に近いものだった。しかしエミリーは意固地になっているのか、不機嫌そうな顔でそっぽを向いていた。

 話し疲れたのか、酒場の店主は自分の店の棚から酒瓶を取り出すと、それをぐびぐびと飲み干した。中身を空にして心地よくなったのか、険しかった目はもう蕩けていた。
「まぁ越境自体は簡単だよ。でもやっぱり二人だけで行くのはおすすめしないね」
 先ほどまでとは打って変わって、ほろ酔い気分で店主が喋る。
「うまく話をつけて軍の哨戒部隊に同行できれば、それが一番安全だ。いくら戦狼たちストレートエッジが頭のおかしい過激派でも、帝国軍の主力と全面戦争する体力はない。ただそんな遠方までは行かないから、結局最寄りの集落へは単独で行くことになるだろうけど」
 店主は帝国軍哨戒部隊への同行を提案してきたが、ミッコは軍と話す気は毛頭なかった。かつては帝国軍に騎兵として在籍していたし、東部方面軍に知り合いがいないわけでもないが、今はもう退役しているし、そもそも関わりを持ちたくもなかった。
「軍と話をつけるのが面倒なら、隊商に護衛としてついていくのが手っ取り早いかもな。今なら赤の親父が取引で来てる。雇ってもらえりゃ、奴らの本拠地のイズマッシュまでは三食付きで進めるよ」
「赤の親父って?」
「〈嵐の旅団コサック〉の中ではまともな部類の奴隷商人だ」
 まともな奴隷商人と聞いて、エミリーは首を傾げていた。恐らくエミリーにとって、人身売買を率先する奴隷商人などは唾棄すべき下賤という認識なのだろう。一方でミッコは戦場で多くの奴隷を見てきた。良し悪しは別として、彼らはすでに大陸の社会に組み込まれている。
 〈嵐の旅団コサック〉にとって奴隷売買は傭兵産業と並ぶ交易の柱である。〈帝国〉と〈教会〉の戦争は、初期こそ二国間の覇権争いという形だったが、損耗が激しくなった中期以降は東部で独自に勢力を築いていた〈嵐の旅団コサック〉が第三勢力として介入。奴隷は使い捨ての労働力として、傭兵は諸刃の剣の戦力として活躍し、結果的に〈嵐の旅団コサック〉は二大国に並ぶ勢力にまで成長した。
「赤兎旗……、赤いウサギの紋章を探しな。何か黒騎兵オールブラックス の兵士が単騎駆けして賊を蹴散らしたとかいう噂もあるし、その辺を強調すりゃすんなり話が進むんじゃないか?」
 酒場の親父に正体を見透かされていたことにミッコは居心地の悪さを感じた。そもそも話自体もこちらの思惑を読んでいるかのように進んでいる。先ほどからミッコは会話を横で聞いているだけで、口を開いてはいないにも関わらずである。
 居心地の悪さを誤魔化すように、ミッコは杯をあおった。その横で、エミリーは自分が噂話に全く登場しないことに腹を立てていた。

 二人は飲むだけ飲むと酒場を出た。その間も、噂は勝手に独り歩きしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写と他もすべて架空です。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...