圏ガク!!

はなッぱち

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圏外生活はじめました!

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 圏ガク。

 圏外学校。

 正式名称とは違う、もちろん通称だが、その学校を大抵は『圏ガク』と、この別称で呼ぶ。そこに勤める教師ですら、いや、そこで生活しているからこそ、なのかもしれないが、当然のように男は圏ガクと言った。

 学校や家庭で問題を多く抱える奴、要するに札付きの問題児が集められる全寮制の男子高校であり、学校という体でありながら、刑務所……は言い過ぎだとしても、更正施設という側面を持っているという。

 生徒が逃げ出さないように、人里離れた山奥それこそ陸の孤島とでも言うべき場所に存在しており、ネットという現代人のライフラインの一つが断絶している。

 他にも生徒間で強力なカースト制度が敷かれているとか、殺人や放火など洒落にならない事をやらかしてる奴が、必ず一学年に一人か二人は紛れ込んでいるとか、教師はもれなく元ヤクザだとか、男しかいない上に娯楽が殆ど無いせいで、山を下りる頃には半分近い生徒がホモになっているとか、圏ガクのろくでもない噂は山のようにあった。

 中学で連んでた奴らに圏ガクに行く事になったと話したら、冗談だと思われたらしく、爆笑された後そんな話をいくつか聞かされ、多少なりとも不安になってしまい、ネットで検索をかけたら似たような噂がゴロゴロ出てきたのだ。

 最後の更新が何年も前の、随分と放置された元圏ガク生のブログで『入学裏手引き』なる記事を真に受けて、色々と入念に準備もしてきたのだが、その噂は予想以上に的を射ていそうだった。

 バスが走りだして十分以上経った頃だろうか。
 田んぼや畑ばかりの景色が続き、とにかく窓の外は閑散としていた。すれ違う車もなければ、田んぼや畑で作業している人の姿もない。
 目的地にどれくらいで着くのか見当も付かないので、緊張感はすっかり鳴りを潜め、仕方が無いので眠気の誘うまま、ウトウトと舟を漕いでいたら、突然バスがクラクションを鳴らし、ぼんやりしていた意識は一気に覚醒させられた。
 何事かと驚いて周りを確認すると、バスの先に学生らしい人影が現れていた。
 大きなリュックを背負い、腕の中にも結構な大きさのスポーツバックを大事そうに抱えているそいつは、圏ガクのイメージとは程遠い、極々フツーの奴に見える。
 オレの時と同様に、バスはスピードを落とし徐行を始めたが、そいつは視線を足下に向けて、まるでバスに気付いていないかのようだった。

「そっちじゃねぇぞ! こっちだ! こっち!」

 風通しの良い窓から顔を出して、男が大声で呼びかけるが、これまた反応は無い。運転手が気を利かせてかクラクションを連発させても、まるで顔を上げず、そいつは黙々と歩きバスとすれ違うや猛然と走り出した。

「脱走者第一号だな」

 男と運転手はゲラゲラと笑い、バスを停止させた。男はバスの窓から慣れた様子で外に飛び出ると、それこそ亡者を追いかけ回す鬼のごとく、腹の底から地鳴りのような恐ろしい声を上げ、恫喝しながら猛追をかける。

 さすがに成り行きが気になり、席を立ち窓の側へと移動すると、先を走っていた奴はこのままでは逃げ切れないと悟ったのだろう。
 大事に抱えていたスポーツバックを道端に捨て、更に加速していた。その足は遠目に見てもかなりの速さで、もしかして逃げ切るのではと思ったのだが、男が捨て置かれたスポーツバックを拾い上げ、全身を使って砲丸投げを彷彿とさせる勢いで放り投げると、その放物線上にそいつの背中があり見事にぶち当たる。

 蛙を踏みつけたような悲鳴が聞こえ、全てがアッと言う間に片付いてしまったようだった。脱走者が自力で立ち上がる前に、男は逃げられぬようしっかりと拘束していた。
 哀れ脱走者は、引きずられながら、バスまで男に連行されて来た。

「集合場所はこの先の駅前だって書いてあったろうが、逆走してんじゃねーよ、この阿呆が」

 少し息を弾ませながらバスに戻って来た男は、自分の手元へと視線をやりながらぼやいた。男の横で文字通り首根っこを引っ掴まれた脱走者が、ふて腐れた顔しながら口を開く。

「それぐらい知ってるべ。集合場所を横切って来たんじゃから」

「分かってんなら大人しく待てや! 手間かけさせてんじゃねぇーよ阿呆が」

 男の語尾の「阿呆が」を気にする風もなく、けれど脱走者は声を荒げた。

「あんなおっかない連中の中に入っていける訳ないべ! わしみたいな一般人が、地元民装って思わず素通りしてしまうのはしょーがない事だべ」

「お前は装う必要ねぇだろ、由々式。地元じゃねーかてめぇは」

「そうだべ! だからって、それがなんだべ!! そんな理由で来るような学校じゃねーべ。近いからって、なんで圏ガクなんだべ。父ちゃんも母ちゃんも頭おかしいべ!」

 脱走者第一号はユユシキと言う名前らしい。なんともローカルな喋り方のせいか、騒々しい事この上なかった。食ってかかるように次々と喋り立てるので、次第に男の顔が不穏な表情へと変化しているのだが、由々式はまるで気付いていない。

「ヤンキーの巣窟へ放り込まれるくらいなら、学歴なんていらねーべ。中卒で上等だべ!」

 黙ったまま、おもむろに男は由々式の持っていたスポーツバックのチャックを開けると、中を確認しだした。すると当然のように非難めいた声が上がる。

「勝手に何するだ! ププププライバシーの侵害だべ!」

「いやな、随分と荷物が少ねぇなあと思ってな。俺は心配してやってんだよ。分かるか」

 にやりと不敵に笑う男から、何かを感じ取った由々式は、形振り構わずとはこの事だろう、男の足に縋り付いて泣き喚き出した。
 
「後生じゃぁ、どぉーか離してくれぇ! 見逃してくれぇ! わしを家に帰してくれぇ!」

 いい加減、二人のやり取りにウンザリして来たのだが、それはオレだけではなかったらしく、バシーンと大きな何かを叩く音が聞こえてからは、バスは何事もなかったように静かになった。一番前の座席から、だらりと伸びた腕はピクリとも動かない。

 学校に着く前ですら、これからの三年間が穏やかに過ぎて欲しいという希望を木っ端微塵にするのだから、溜め息の一つも零れそうなものだが、その余裕は訪れそうになかった。

 一般人が思わず素通りしてしまう状況ならしい、本来の集合場所が目の前に迫っていたからだ。

 バスが到着したのは、さきの駅をそのままコピーして張り付けたような、本来ならば閑散とした駅前だった。廃線となった元は駅だった場所と言っても、誰も疑わないような郷愁すら漂う廃墟然とした風景が、異様としか言いようのない様相を体している。

 本来の風景を絵画に例えるなら、十数名の人間がそれぞれ牽制するように一定の距離を置くそれら個々は、景色にぶちまけた派手な絵の具だと言えた。

 派手なのは頭のテッペン髪に始まり、爪先の靴に至るまで、絵の具というくらいに色とりどりだ。規定の制服がない圏ガクは、いわゆる私服で授業を受ける事になっている。オレのように考えるのが面倒くさくて、中学の制服を着ている奴も数名いるが、どう考えても学校へ着て来るような服装ではないだろうと、一瞬で視線を外さざるを得ない奴まで居る。

 どうして即座に外へと向けていた視線をバスの中へと戻したのかと言うと、派手なそいつらは物珍しくは有るが、見る、という行為ですら関わりになりたくなかったからだ。それぐらい、そこはヤバい雰囲気の奴ばかりが集まっていた。……由々式が地元民を装って素通りして来た理由は嫌と言うくらい分かりすぎた。

 もし集合場所を一駅間違えていなければ……この中で一人放置されていたらと思うと本気で笑えない。

 この異様な集団相手に点呼じみた事を始めるのだろう、バスから男が降りようとした時、ふいにエンジンを停止したはずのバスが揺れた。

「おせーよ。つか、なになに? このバスマジで走んのヤバくね? ホーリツ違反なんじゃねーの」

 全開の窓から軽々と飛び乗って来た絵の具が、バスの中に飛び散る。目の前に現れた奴は、思わずそう感じてしまうくらい、とにかくチカチカしていた。

 全体的には黒を基調とした服装なのだが、そこかしこにジャラジャラと音が鳴るくらい装飾過多。金銀の様々な形をしたアクセサリーが、付けれるだけ付けられている。

 襟足の長い髪もかなり明るめの茶髪で、無造作に留められたペアピンすらも、服装に合わせたゴツい物だった。

 中性的とでも言えばいいのか、言わせたいのか、その顔には化粧すら当然のように施されているようだ。たまにテレビとかで見かける、パンクとかロックとか、そういう類のファッションだとしか分からないが、そいつはこの場で異様としか言いようのない存在感があった。
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