圏ガク!!

はなッぱち

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圏外生活はじめました!

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「窓から入るんじゃねーよ、馬鹿野郎!」

 窓から飛び出す男が、もっともらしく怒鳴りつけた。

「だっておせーんだもん。いいじゃん別に。どーせ乗るんだし」

 肩を竦めて軽口を叩き続けるそいつを、舌打ち一つで黙認する事にしたらしく、男はバスから降りてしまった。

 バスの外では出鼻を挫かれたと言わんばかりに、八つ当たり気味な男の声が聞こえてくる。外で待たされている連中がざわついていたが、同じようにオレの胸中もざわついていた。

 カチャカチャと音が鳴る。振り向いたそいつは、バスに先客が居たのだと、ようやく気付く。もちろん視線の先に居るのはオレな訳で、目の前に現れた脅威とでも言うべき異様な存在感と、問答無用で対峙する事になってしまった。
 ジッと野良猫のようにオレを見つめるそいつは、身動き一つしていないのに、なぜかチャリチャリと音の気配が漂う。

「オレっちより先に動いた奴いなかったのになぁー。んーもしかして……」

 独り言なのかブツブツとぼやきながら首をゆっくり傾げ、一歩一歩体をゆらしながら歩くそいつは、得体の知れない不気味な印象を大盤振る舞いしながら近づいてくる。男の時と違い、バスは微塵も揺れず、足音すらないのに、金属の擦れる音だけがしていた。

 すぐ側までやって来ると、そいつはオレの方へとのぞき込むような視線を遠慮なくぶつけてきた。そして、すっと上げた指先を突きつけながら、

「ユーレイとか?」

口の端を吊り上げ、随分とつまらない事を言った。

「んな訳あるか。一駅間違えたんだよ」

 少し警戒しながらも答えを返すと、そいつは何がおかしいのかケラケラと笑い出す。極力関わり合いになりたくなかったが、無視するというのも相手を刺激する。

 視線をその馬鹿笑いを上げる横顔へ向け、女のような小綺麗な顔を拝んでやった。目と口以外のパーツは小さく、全体的に見ても整っており女受けのよさそうな男だと思ったが、猫のようなまん丸の目には好奇心というには歪な、もっと攻撃的な色が映し出されているように感じた。その視線を向けられている肌がピリピリと痺れる、不思議な錯覚に陥る。頭の中で警鐘が聞こえる。

「そいつはザンネン。いちばんノリしたかったのになぁ。ま、いっか。どーしてか、そんなにムカついてねーし。ん、どーでもいいや」

 背中を向けたそいつは、なんの迷いもなくオレの隣へと腰を下ろした。どうしたものかと一瞬悩んだが、気になってしまったと言うか、出来れば隣に居てもらいたくないという気持ちが勝り、オレは窓の外を眺めるそいつに声をかける。

「そこ、イス汚れてるぞ」

「んー、だいじょーぶ。濡れてねーし、乾いてっからヘーキ」

 しかし、見事に目論見は外れてしまった。それだけでなく、そいつの興味が窓の外から自分の方へと向くように仕向けてしまったようなものだった。小さな子供のような無邪気さで、そいつがこちらを窺ってくる。

「なー、割り込みクンは名前なんてーの?」

 後悔先に立たず、唯一の救いは、そいつの機嫌が良さそうな事ぐらいか……恐らくそれも『今は』という限定的なものだろうが。

「オレはリッカワスバル。スバルでいいよ」

 一瞬の後悔の間に、そいつはスバルと名乗り、オレの答えを何がそんなに楽しいのか、ニコニコとニヤニヤを足して割ったような顔をして待っている。

「……夷川、清春」

「エビスガワキヨハル、ね。ん、覚えた」

 覚えられてしまった。後悔が次々に襲いかかってくる。見た目の印象だけで決めつけるのは早計かもしれないが、どうしてか警戒心は益々強くなっていく。それは、スバルだけが原因と言う訳ではない。バスを揺らしながら、次々と乗り込んで来る異常事態に、思考回路がパンク寸前なのかもしれなかったからだ。

 バスやイスに何か恨みでもあるのかと思わずにはいられないくらい、そいつらは一挙手一投足が荒っぽい。ガンガンと踏みならすバスの床は車体全てをギシギシと揺らし、ドスンと盛大に腰を下ろす度、右へ左へ大きく傾く。

 こちらには目もくれない奴、威圧するような視線を向けてくる奴、いきなり小競り合いを始める奴ら(即座に男が鉄拳制裁を下したが)、実に様々と言えば様々で、あえて共通点を探すなら、お互い友好的な雰囲気が微塵もないという一点に尽きる。

 そんな連中と比べれば、少々馴れ馴れしく派手派手しい奴であろうと、隣席のスバルは真っ当な部類の人間のように思えた。隣に視線をやれば、スバルは機嫌良さそうに何かを考えているようだった。己の現金さに呆れるが、その姿を見てどこかホッとしている自分がいた。

 オレが妙な安心感を自覚している内に、バスは最後の乗客を迎え入れていた。

 最後に乗車して来た奴は、どう見ても未成年には見えない。他の奴らを見ていても思ったが、もしかしたら社会人とでも言うのだろうか、子供ばかりが入学しているのではないのかもしれない。それを証明するように、唯一空いていたスバルの前の席へと座ったそいつは、席に着くなり懐から慣れた手つきで煙草を取り出し、口先で一本咥えた。流れるような動作でライターに火を付けるまで、本当に数秒。なんとなく目で追ってしまった先に見てしまう。

 床に転がった先っぽが焦げた、僅かに煙りを上げる煙草。

 あっと言う間に異常な色に変わる老けた同級生になる男の顔。

 そして、その首に深々と食い込む、アクセサリーが所狭しと填められている指先。

「テメェ、いきなりオレを殺そうとしてくれてんじゃねえよ」

 たった数秒で、隣に知らない奴が立っており、煙草男を問答無用で絞め殺そうとしていた。

「テメェの吐いた汚ねぇケムリで、オレっちの肺が汚れたらどう責任取る気だ! テメェの屑みてぇな命で釣り合うとでも思ってんじゃねーだろうな!」

 声、目つき、雰囲気、全てが別物だった。
 本当に別人であるかのようなスバルの豹変振りに、情けない事に息が詰まった。

 顔色が白くなり出した口から、汚い泡が零れ出す頃、大股で近づいて来た教師の男は、床に転がっている煙草一式を拾うと「学校施設内では全面禁煙だ、馬鹿野郎」と煙草男を更にどついた。

「春日野! お前も警察沙汰にしたかねーだろ、とっとと手ぇ離せ、阿呆が」

 完全に目が据わったスバルを見下ろす男の様子は、由々式の相手をしていた時と大して差がない。てか、カスガノって誰の事だ? リッカワじゃないのか?

 無言で睨み返すスバルは、力任せに半ば持ち上げていた煙草男の首から手を離した。男はイスに崩れ落ちた煙草男の容体を、面倒くさそうな手つきでおざなりに確認すると、自分の席へと戻ってしまった。もちろん、気を失っているであろう煙草男と、いきなり人の首を締め上げる危険人物を放置して、だ。

 猫のようなしなやかさは何処へやら、着席一つでこうも感情表現が出来るのは感心に値する。明らかにスバルの様子は不機嫌さを計る針を振り切った状態だと分かった。視線をそちらに向けずとも。

 学校まで、どれくらい走らなければならないのか全く分からなかったが、酷く憂鬱な、それだけで済めば御の字な道中を思うと、体中が緊張で固くなる気がした。

「えべっさん」

 バスの揺れ一つが、隣席の危険人物にどれほどの影響があるのか、心配になってしまうくらい神経質になっていたオレの耳に気安い声が聞こえてくる。声の元を辿れば、当然のように顔は真横を向く。

「ガム食う?」

 差し出されたガムを持つ手は、ついさっき人の首に食い込んでいた手と同じだ。いらないと答えるだけで、背中を嫌な汗が流れた。気を悪くしたふうもなく、スバルは自分でガムを噛み始める。金属音の中にクチャクチャというガムを噛む音が混じり出す。恐る恐るスバルの姿を直視すると、何事もなかったかのような、楽しそうな表情に戻っていた。オレの視線に気付くと、

「これクソまじぃ、ちょい食ってみ」

嬉しそうに笑って、手の中のガムをこちらに放り投げた。

 その無邪気な態度は、オレの中の不安を拭う事無く、さらに分厚く不安を塗り重ねた。必死に自分の警戒心を悟られないよう、受け取らざるを得なくなったガムを口に放り込んだ。

「……不味い」

 苦みと辛みと妙な甘みが舌に広がり、思わず口の中の味覚を吐き出すように呟くと、スバルはケラケラと本気で楽しそうに笑って見せた。
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