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圏外生活はじめました!
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乗り心地の悪いバスは延々と同じ景色を行く。山奥にあるとは聞いていたが、まだ山にさえ入っていない。元々あまり乗り物が好きではないせいか、窓の外を眺めているのさえも苦痛に感じてくる。そうなると、少々危険が伴おうと相手が居るのならば時間を潰してしまうと言うものだろう。
バスのエンジン音やらで静かと言ってしまうのも違う気がするが、殆どの人間が口を噤んでいる沈黙が漂う車内で、何にも遠慮せず喋り続けるスバルと、どうでもいい話をして過ごした。
「さっき春日野って呼ばれてなかったか? リッカワじゃないのか?」
あまり変な所を突いて、絞め殺されても困るのだが、どうしても気になってしまい疑問をそのまま聞いてみた。
「あー、アレね。アレもいちおうオレっちの名前かなー」
相手の表情が一瞬で変わるのでは、と身構えたが杞憂に終わる。
「春日野遼一ってのが、今は使ってねーけど元からあった方。なんか知らん間に付けられてた名前で、気に入らなかったから変えてみた」
「知らん間にって……じゃあ『リッカワスバル』ってのは本名じゃないんだな」
割とふざけた答えだが、コイツの言動を見てると「そうなのか」程度の感想しか浮かばなかった。自分の名前が気に入らないって所は共感も出来たせいかな。そうゆう事なら本人の希望通り『春日野』ではなく、『リッカワ』と呼ぶことにしよう。
「言ったじゃん。最初に。スバルでいいって。フルネームの語感は気に入ってるけど、どっちかならリッカワよりスバルの方がカッコイーだろ」
その感覚は分からないが、なら本人に対してもスバルと呼ぶことにしよう。
「もしかして、えべっさんも清春って名前で呼ばれたい人?」
その気遣いは無用だった。……まあ、えべっさん呼びもどうかと思ったのは事実だが。そう呼ばれるより何倍もマシだ。
「いや、オレも自分の名前、気に入らないから……名前で、清春って名前の方で呼ばれるとキレる」
興味の有る無しが分からない相槌を打たれた。けれど何か思いついたと言わんばかりに、パッとスバルの表情が変わる。
「ならー、オレっちが新しいの考えてやろーか!」
「断る」
下らない提案を即座に切り捨てると、隣でブーイングが起きた。
どうして新入生を迎えに来るバスが、ここまで酷い状態なのかを納得出来る状況だった。
学校があるらしい山の麓で、薄々だが嫌な予感はしていた。山が丸ごと学校の敷地内だと考えると、そこは校門とでも言うべきだろうが、どっから見てもそんな牧歌的なモノでは無かった。山の入り口は、オレらを山奥に放り込んで、殺し合いでもさせるつもりかと疑いたくなるような、物々しい雰囲気の有刺鉄線が張り巡らされている。それを挟んだ向こう側は、自然とほぼ一体化した通学路だ。かろうじて道として見えん事もない、そんな場所へバスは躊躇無く突っ込んで行く。普通乗用車くらいなら、確かに問題無く走れるのかもしれないが、いくら小型と言えどバスはでかい。小さな穴をこじ開ける勢いで走るバスは、大きく道の方まで伸ばされた木々の枝や、悪い時には木そのものをへし折って進んでいく。
窓ガラスのない席へ座った奴ほど悲惨なのは一目瞭然で、車体を撫でるよう折れずにしなる枝が窓からその横っ面を叩いている。
もちろん、道と言っても舗装された道路じゃない。車体を一層激しく揺さぶる原因は、石なんてかわいらしい物じゃなく、岩だと思った方がよさそうだ。シートベルトのない車内では、前の座席を手摺り代わりに、必死で掴まなければならなかった。
それぞれ大なり小なり登校の洗礼を受けている中、会話の途中でいきなり寝落ちしたスバルだけが、冗談抜きでバスが大破しそうな揺れを物ともせず爆睡していた。
窓から入って来るムッとする濃い森の臭いと、激しい揺れのせいで、すっかり酔ってしまった。乗り物が苦手とは言え、そうそう体調を崩す程のものではなかったはずだが、鬱蒼とした森を三十分近くも走れば、平常通りで居られる方がどうかしているのだ。
日の光が届く、圏ガクへ到着した時、バスの中はボロボロの新入生で一杯だった。その中で、顔色一つ変えずに「とっとと下りろ」と指示を出す男を見て、もしかしたら本当に人ではなく鬼なのかもしれないと馬鹿みたいな事を考えてしまった。
「夷川、そこで寝てるの起こしてやれ」
文句を口にしながらも続々と下りていく奴らの列に加わろうとして、男から名指しで厄介な事を押しつけられてしまった。視線を横にやれば、信じられない事に気持ちよさそうに熟睡したスバルの姿と、スバルに首を絞められ気絶した煙草男がのびている。前者は眠りを妨げると祟りがありそうだし、後者は起こして起きるものなのか疑問だ。
「スバル、起きろ」
いきなり掴まれない距離を保ちつつ、とりあえず声を掛けてみるが、全く反応がない。このままでは埒が明かないと、覚悟を決めてスバルの肩を揺する。
「学校着いたぞ、起きろって……っ!」
何かあったら男が助けに入るだろうと、楽観視していたのもあるが、オレの襟ぐりに伸びてきた手の早さに血の気が引く。咄嗟に逃げようと後ろへ下がるが、寝起きとは思えない力で引きずられる。
「んな嫌そーに起こさなくてもいーじゃん」
目と鼻の先にスバルの気怠い顔がある。機嫌が良いのか悪いのか読めない、そんな色の奴の目から、目を離せずにいたら、ふいに鼻先を生温かい何かが撫でた。濡れた感触に舐められたのだと頭が理解すると、後先考えずに掴まれていた手を振りほどいて離れていた。
「次、こんな起こし方されたらぁ……噛んじゃうかもねん」
絶句するオレにニヤリと笑って見せるスバルは、バスに入って来た時と同じような軽い足取りで前を行く。
「テメェもいつまで寝てんだよ!」
一瞬で声の調子が変わったと思ったら、スバルは前の座席へ問答無用に蹴りを入れた。呻くような声が聞こえ、オレがやったと思われたら堪らないと、慌ててバスを下りる。
気持ちの悪い鼻先を袖で拭いながら、外へ出ると、そこは場違いなくらい普通に学校が広がっていた。
森と学校の境界線の出発点である校門前にバスは停車していた。圏ガクは至って普通の門構えで、違う点はぐるりと敷地内を囲う高いフェンスの存在くらいだろうか。フェンスの外側は、薄暗い森が広がっているが、フェンスの内側は、日差しを遮る木々もなく、だだっ広いその全容が窺える。
校門の真ん前にあるのが校舎だろう、お世辞にもキレイとは言い難いが、腐りかけの木造という訳でもなさそうだった。規模も大きくもなく小さくもない恐らく一般的なもので、町中にある学校との違いは運動場の無駄な広さくらいだと思う。校舎に併設されているのは体育館。そして、少し離れた先にあるのが、学生寮だろう。遠目に見てもやたら真新しい建物と、学校と同じくらいの築年数のボロい建物の二棟が視界の端にある。
それらと比べると小さめの部室棟らしき物さえあるのは驚いた。部活なんて健全な物が、圏ガクにあるのかという少々失礼な驚きなんだが……。
「そこぉ! 寝とんのかぁ! さっさとせんかい!」
ぼんやりと眺めていると、門の側に控えていたこれまた人相の悪い教師陣が、怒鳴りつけてオレを急かした。荷物検査らしいが、その脇にはおそらく新入生の持って来たカバンだろう、それが山のように積まれている。
中を確認するだけなんじゃないのかと思い、チャックを開こうとすると、素早く丸ごと持って行かれてしまう。カバンと引き替えに生徒手帳や『入学の手引き』と書かれた冊子を押しつけられ、同じバスに乗っていた連中が集められた場所へ突き飛ばされた。
同じバスに同乗して来た教師の男は、全員揃っているのを確認するように一人一人指さして数えると、面倒くさそうに口を開いた。
「新入生が全員登って来たら、施設の説明やらを寮の食堂でやる。それまで、お前らは自室で待機だ。一年の寮は二年と同じ、あっちの古い方の建物になる。寮の玄関に部屋割りを張り出してあるから、とっとと行け」
それだけ言うと、男は再びバスに乗り込み、バスは猛然と走り出した。バスがあの一台とは考えられないが、きっとあと何往復かはしないといけないのだろう。他人事だと言うのに、考えるだけで気持ちが悪くなった。
「チッ、んだよ、あのキレーな方じゃねーの? なんかムカツクなぁ」
少し離れた場所でスバルが悪態を吐いていた。その軽口に周囲がどよめいて、ザッとそれぞれ寮に向かって黙々と歩き出していた。オレもこれ以上スバルと絡むつもりはなかったので、同じく無言でそれに続いた。冗談のつもりだろうが、平気で人の顔を舐めるような奴と連むつもりはない。寮で同室にならないよう祈りながら、人気がなく静まり返った校舎を横切った。
バスのエンジン音やらで静かと言ってしまうのも違う気がするが、殆どの人間が口を噤んでいる沈黙が漂う車内で、何にも遠慮せず喋り続けるスバルと、どうでもいい話をして過ごした。
「さっき春日野って呼ばれてなかったか? リッカワじゃないのか?」
あまり変な所を突いて、絞め殺されても困るのだが、どうしても気になってしまい疑問をそのまま聞いてみた。
「あー、アレね。アレもいちおうオレっちの名前かなー」
相手の表情が一瞬で変わるのでは、と身構えたが杞憂に終わる。
「春日野遼一ってのが、今は使ってねーけど元からあった方。なんか知らん間に付けられてた名前で、気に入らなかったから変えてみた」
「知らん間にって……じゃあ『リッカワスバル』ってのは本名じゃないんだな」
割とふざけた答えだが、コイツの言動を見てると「そうなのか」程度の感想しか浮かばなかった。自分の名前が気に入らないって所は共感も出来たせいかな。そうゆう事なら本人の希望通り『春日野』ではなく、『リッカワ』と呼ぶことにしよう。
「言ったじゃん。最初に。スバルでいいって。フルネームの語感は気に入ってるけど、どっちかならリッカワよりスバルの方がカッコイーだろ」
その感覚は分からないが、なら本人に対してもスバルと呼ぶことにしよう。
「もしかして、えべっさんも清春って名前で呼ばれたい人?」
その気遣いは無用だった。……まあ、えべっさん呼びもどうかと思ったのは事実だが。そう呼ばれるより何倍もマシだ。
「いや、オレも自分の名前、気に入らないから……名前で、清春って名前の方で呼ばれるとキレる」
興味の有る無しが分からない相槌を打たれた。けれど何か思いついたと言わんばかりに、パッとスバルの表情が変わる。
「ならー、オレっちが新しいの考えてやろーか!」
「断る」
下らない提案を即座に切り捨てると、隣でブーイングが起きた。
どうして新入生を迎えに来るバスが、ここまで酷い状態なのかを納得出来る状況だった。
学校があるらしい山の麓で、薄々だが嫌な予感はしていた。山が丸ごと学校の敷地内だと考えると、そこは校門とでも言うべきだろうが、どっから見てもそんな牧歌的なモノでは無かった。山の入り口は、オレらを山奥に放り込んで、殺し合いでもさせるつもりかと疑いたくなるような、物々しい雰囲気の有刺鉄線が張り巡らされている。それを挟んだ向こう側は、自然とほぼ一体化した通学路だ。かろうじて道として見えん事もない、そんな場所へバスは躊躇無く突っ込んで行く。普通乗用車くらいなら、確かに問題無く走れるのかもしれないが、いくら小型と言えどバスはでかい。小さな穴をこじ開ける勢いで走るバスは、大きく道の方まで伸ばされた木々の枝や、悪い時には木そのものをへし折って進んでいく。
窓ガラスのない席へ座った奴ほど悲惨なのは一目瞭然で、車体を撫でるよう折れずにしなる枝が窓からその横っ面を叩いている。
もちろん、道と言っても舗装された道路じゃない。車体を一層激しく揺さぶる原因は、石なんてかわいらしい物じゃなく、岩だと思った方がよさそうだ。シートベルトのない車内では、前の座席を手摺り代わりに、必死で掴まなければならなかった。
それぞれ大なり小なり登校の洗礼を受けている中、会話の途中でいきなり寝落ちしたスバルだけが、冗談抜きでバスが大破しそうな揺れを物ともせず爆睡していた。
窓から入って来るムッとする濃い森の臭いと、激しい揺れのせいで、すっかり酔ってしまった。乗り物が苦手とは言え、そうそう体調を崩す程のものではなかったはずだが、鬱蒼とした森を三十分近くも走れば、平常通りで居られる方がどうかしているのだ。
日の光が届く、圏ガクへ到着した時、バスの中はボロボロの新入生で一杯だった。その中で、顔色一つ変えずに「とっとと下りろ」と指示を出す男を見て、もしかしたら本当に人ではなく鬼なのかもしれないと馬鹿みたいな事を考えてしまった。
「夷川、そこで寝てるの起こしてやれ」
文句を口にしながらも続々と下りていく奴らの列に加わろうとして、男から名指しで厄介な事を押しつけられてしまった。視線を横にやれば、信じられない事に気持ちよさそうに熟睡したスバルの姿と、スバルに首を絞められ気絶した煙草男がのびている。前者は眠りを妨げると祟りがありそうだし、後者は起こして起きるものなのか疑問だ。
「スバル、起きろ」
いきなり掴まれない距離を保ちつつ、とりあえず声を掛けてみるが、全く反応がない。このままでは埒が明かないと、覚悟を決めてスバルの肩を揺する。
「学校着いたぞ、起きろって……っ!」
何かあったら男が助けに入るだろうと、楽観視していたのもあるが、オレの襟ぐりに伸びてきた手の早さに血の気が引く。咄嗟に逃げようと後ろへ下がるが、寝起きとは思えない力で引きずられる。
「んな嫌そーに起こさなくてもいーじゃん」
目と鼻の先にスバルの気怠い顔がある。機嫌が良いのか悪いのか読めない、そんな色の奴の目から、目を離せずにいたら、ふいに鼻先を生温かい何かが撫でた。濡れた感触に舐められたのだと頭が理解すると、後先考えずに掴まれていた手を振りほどいて離れていた。
「次、こんな起こし方されたらぁ……噛んじゃうかもねん」
絶句するオレにニヤリと笑って見せるスバルは、バスに入って来た時と同じような軽い足取りで前を行く。
「テメェもいつまで寝てんだよ!」
一瞬で声の調子が変わったと思ったら、スバルは前の座席へ問答無用に蹴りを入れた。呻くような声が聞こえ、オレがやったと思われたら堪らないと、慌ててバスを下りる。
気持ちの悪い鼻先を袖で拭いながら、外へ出ると、そこは場違いなくらい普通に学校が広がっていた。
森と学校の境界線の出発点である校門前にバスは停車していた。圏ガクは至って普通の門構えで、違う点はぐるりと敷地内を囲う高いフェンスの存在くらいだろうか。フェンスの外側は、薄暗い森が広がっているが、フェンスの内側は、日差しを遮る木々もなく、だだっ広いその全容が窺える。
校門の真ん前にあるのが校舎だろう、お世辞にもキレイとは言い難いが、腐りかけの木造という訳でもなさそうだった。規模も大きくもなく小さくもない恐らく一般的なもので、町中にある学校との違いは運動場の無駄な広さくらいだと思う。校舎に併設されているのは体育館。そして、少し離れた先にあるのが、学生寮だろう。遠目に見てもやたら真新しい建物と、学校と同じくらいの築年数のボロい建物の二棟が視界の端にある。
それらと比べると小さめの部室棟らしき物さえあるのは驚いた。部活なんて健全な物が、圏ガクにあるのかという少々失礼な驚きなんだが……。
「そこぉ! 寝とんのかぁ! さっさとせんかい!」
ぼんやりと眺めていると、門の側に控えていたこれまた人相の悪い教師陣が、怒鳴りつけてオレを急かした。荷物検査らしいが、その脇にはおそらく新入生の持って来たカバンだろう、それが山のように積まれている。
中を確認するだけなんじゃないのかと思い、チャックを開こうとすると、素早く丸ごと持って行かれてしまう。カバンと引き替えに生徒手帳や『入学の手引き』と書かれた冊子を押しつけられ、同じバスに乗っていた連中が集められた場所へ突き飛ばされた。
同じバスに同乗して来た教師の男は、全員揃っているのを確認するように一人一人指さして数えると、面倒くさそうに口を開いた。
「新入生が全員登って来たら、施設の説明やらを寮の食堂でやる。それまで、お前らは自室で待機だ。一年の寮は二年と同じ、あっちの古い方の建物になる。寮の玄関に部屋割りを張り出してあるから、とっとと行け」
それだけ言うと、男は再びバスに乗り込み、バスは猛然と走り出した。バスがあの一台とは考えられないが、きっとあと何往復かはしないといけないのだろう。他人事だと言うのに、考えるだけで気持ちが悪くなった。
「チッ、んだよ、あのキレーな方じゃねーの? なんかムカツクなぁ」
少し離れた場所でスバルが悪態を吐いていた。その軽口に周囲がどよめいて、ザッとそれぞれ寮に向かって黙々と歩き出していた。オレもこれ以上スバルと絡むつもりはなかったので、同じく無言でそれに続いた。冗談のつもりだろうが、平気で人の顔を舐めるような奴と連むつもりはない。寮で同室にならないよう祈りながら、人気がなく静まり返った校舎を横切った。
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