圏ガク!!

はなッぱち

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圏外生活はじめました!

逃亡失敗 絶賛連行中

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 室内の電気だけ切り、男はオレの手を取ると迷う事なく廊下へ出た。このまま番長なんて時代錯誤な肩書きを恥ずかしげもなく名乗るような奴の所へ連行されるのは、御免被る。部屋の施錠もせず歩き出す男に、自分の足を止める事で待ったをかけた。

「どうしたんだ? 忘れ物か?」

 強くもなく弱くもない、でも簡単に離してくれそうにない腕を掴む手。まず、これをどうにかしないと。

「すいません。すっげぇ今更なんですけど、靴を脱ぎ忘れてて……すぐ、脱ぎますんで、手を離してもらっていいですか」

「おぉ本当だ。土足かー、気付かなかったな。でもまあ、すぐ外に出るから、そのままでもいいんじゃないか」

 一応校内だからと、白々しい事を言うと男はすんなり手を離してくれた。これで枷はなくなった。靴を脱ぐ振りで屈み、思いっきり廊下を蹴れる体勢を自然と作り、男の視線が自分から外れた一瞬、全力でその場を離脱する。

「セイシュン、往生際が悪いぞ」

 行けると思った次の瞬間、思いっきり首にパーカーが食い込み息が詰まった。パーカーのフードを男に掴まれたらしく、もう一度グイッと引き寄せられると、困ったような顔をした男と気まずい対面をする。

「お願いします! 見逃して下さい!」

 逃げるのが無理ならば頼むしかない。形振り構わず、勢い良く頭を下げた。

「今逃げたって解決しないだろう。ちゃんと話つけとかないと大変だぞ」

「姿は見られてないんです。だから、その」

「言わなきゃ分からない、か?」

 真剣な顔をした男を正面から見上げる。そしてその目を見ながら深く頷くと、男は大きな溜め息を吐いた。フードから手を離した男は、今度はその両手でオレの両腕を押さえ、視線を合わせるよう少し屈んだ。

「そんな甘い考えは止めておけ。もうお前の事は知られてる」

 嘘を吐いているような顔じゃあない。この男がその番長とやらに報告したのだろうか。違反者を捕まえると何か褒美的な物が出るのだろうか。だから、あんなに親切にしてくれたのだろうか。

「多分、お前を探してた奴らが、すぐに一年の寮で点呼を取ってるぞ。その時に居ない奴が侵入者だろ……それくらい普通にやるんだよ、ここは」

 なんせ同じ敷地内で生活してるんだからな、と困ったように笑う男を見て、何故か安堵している自分がいた。男の関与がどうであれ、夜中の校舎に侵入した事がばれている現状は、何一つ変わらないのに。

「恐いか?」

「……別に……恐くないし」

 精一杯の強がりを口にすると、男は大きな手でオレの頭を揺するみたいに撫でた。

 改めて現状を説明されて、他人事のような気持ちは吹っ飛んだ。ちょっとした暇つぶしが、大事になってしまっているようだ。

 昼間にスバルが暴れてくれたせいで、一年への上級生の目はだいーぶ厳しくなっているらしい。確かにオリエンテーションで、そのような事を寮長も言っていたが、こんなに早く身を以て知るとは思わなかった。別に誰かに迷惑かけた訳でもないのに、どうしてこんな目に遭うのかと文句を言うと、

「規則なんて、案外脆いもんなんだよ。一人守らない奴を放っておくと『あいつもやってる、なら自分も守る必要ない』って話になってさ、ウチみたいな学校は、まあ集められてる奴らの顔見りゃ分かると思うけど、すぐに無法地帯になって割と洒落にならん事になるんだ」

圏ガクらしい理由を根拠に窘められた。確かにネットや噂で見聞きした圏ガクのイメージは、無法地帯という言葉が当て嵌まるのだが、実際に体験した圏ガクでの一日は割と(全てとは決して言えないが)まともな『学校』だった。まあ、まともでない部分の方がインパクトは大きいんだが。

「俺らが一年だった時は、かなり酷かったからなー。また地獄みたいな学校にならないように、厳しく指導していくって方針なんだと思う」

 厳しい指導と聞いて、やっぱり体が強ばった。番長なんてモノがのさばる場所で使われる『厳しい指導』の内容が気になって、更に足が重くなるのを覚悟して、これから何をされるのかを聞いてみた。

「そうだな……昼間の事もあるからな、見せしめの意味も込めて全治一週間って所だろう」

 怪我するのが大前提とか、どんだけ分かりやすいんだ。靴底を引きずって歩いていた足が止まってしまうと、男はうーんと唸り訂正した。

「ウチの校医な、棺桶に片足突っ込んだ爺さんなんだけど、その人が言う全治一週間だから……そうだな、ちゃんとした所で診てもらったら全治一ヶ月くらいかな」

「指導ってか、ただのリンチじゃねーか!」

「まあ、そうかもしれないが、その言い方だと身も蓋もないから……ん、交通事故にでも遭ったと思えばいいんじゃないか」

 オレをセイシュンと呼んだ時と同じ顔して、とんでもない事を言いやがった。握られた手を振りほどいて、なんとしてでも逃げてやると、必死で腕を引っぱるが全く緩まりもせず、仕方なく離せと睨み付ければ、物騒な事を言っているのに微塵も雰囲気を濁らせない男は、こっちの切羽詰まった気持ちも知らないで穏やかな口調で続ける。

「そうさせない為に俺が一緒に行くんだろ。大丈夫だよ、俺も一緒に怒られてやるから」

「一緒に殴られるって言うのかよ」

「まさか。俺だって痛いの嫌だからな。ちゃんと謝って許してもらうんだよ」

 謝って許してくれるような連中なら、間違ってもちょっと校則破った程度の奴を全治一ヶ月になんてしない。抗議の意味を込めて、思いっきりジト目を向けてやると、男は腕時計で時間を確認して、少し真剣な顔を見せた。

「少し急ごう。あまり遅くなると真山以外の奴まで出てくる」

 真山ってのが番長なのかと聞くと、そうだと男は答えた。

「真山一人と話すか、真山とその取り巻き連中まとめて相手するか……セイシュンはどっちがいい?」

 意地悪な質問だ。夕べ部屋の外に居た連中を思い出すとゾッとする。朝からあのテンションではないだろうが、選ぶなら迷う事なく番長一人とがいいに決まっていた。渋々、歩き出したオレに、男はもう一度「大丈夫だから心配するな」と言ってくれる。今はその言葉に縋るしかなさそうなので、男を無条件に信じてしまう自分へのツッコミは止めておこうと思った。

 番長への目通りは絶対避けられない、この現状を受け入れてしまうと、今度は別の事が気になりだした。考えまいとすればする程に、顔に血が昇ってくる。意識するせいか、自分の手がじっとり濡れているような感じがして、余計に気が気じゃなくなる。

 食堂で狭間が顔を打ち付けたみたいに真っ赤にしていたのを思い出して、今その時の狭間と同じような顔をしているであろう自分が、とてつもなく恥ずかしくなっていた。部屋に無事戻れたら狭間に謝ろう。人に手を引かれる事が、こんなに恥ずかしいとは思わなかった。

「先輩! 手、離して下さい。もう、逃げたりしないから」

 堪らなくなって、また手を振りほどこうとオレがじたばたしていたら、男は少し怒ったようにこちらを見た。

「六回だぞ。部屋出て、十分も経ってないのに、それだけ無理矢理逃げようとしたんだぞ。セイシュンの信用度はほぼゼロだ。無理な相談だな」

 確かに諦めきれずに何度か挑戦はしてみたが、今は改心して大人しく後を付いて行く所存だ。

「別に痛くないだろ? そんなに強く握ってないぞ」

「そうじゃなくて! 恥ずかしいだろ。子供じゃねーんだぞ。誰かに見られたらどう責任取る気だ」

 ついタメ口になってしまったが、男はそんな事を気にするような人ではないらしく、普通に大丈夫だろうと返してきた。

「まだ誰も起きてないよ。今四時だからな」

 そりゃそうだけど、オレが今この瞬間持て余している恥ずかしさをどうにかして欲しい。そう主張してみたが、当然聞き入れられず、オレは悶えながら男と手を繋いで校舎を出たのだった。

 外へ出て男が足を向けたのは、三年が生活している新館ではなく、逆方向にある体育館だった。この男もそうだが、三年になると好き勝手に寝る場所を決めれられるのだろうか。それにしても……体育館で寝起きする番長とか、もう、どう解釈すればいいのか分からない。

 フェンス越しの森から滲み出るように、辺りは薄もやのような霧が漂っている。僅かに朝の気配も混じっているが、まだまだ暗い。そのおかげか、校舎の外に出ても、現状の不本意な姿を誰かに見られるのではないかという心配は大きくならなかった。そう思うより前に、外の寒さのせいで、むしろ手のひらの温かさが、多少、本当にちょっとだけだが有り難かったせいもあるかもしれないが。

 体育館の扉が近づき、いよいよかと少し緊張してきたオレだったが、どういうつもりか男はそこを素通りした。黙ったままの男に、いい加減どこに行くのか教えろと催促すると、何を今更という顔で「番長の所だろ」と答えた。

「だから、その番長は何処にいるんですかって聞いてんだろが」

 なんか調子狂う。つい下手に出る事を徹底出来ない。この調子で番長と対面って、ヤバイんじゃないか、オレ。

「あーそういう意味か。悪い悪い」

 暢気そうに笑う顔を見ていると、もう地でいいんじゃないかと思えてくる。バカみたいにデカイくせに全く威圧感がないせいだ。単に長身なだけでなく、オレ程度なら押しても引いても動きそうにない体格をしているのに、それを使うというイメージが全く浮かんで来ないのだ。暴力という言葉が、ここまで似合わない大男というのも、珍しいのではないかと思う。

「毎日欠かさず朝練やってるんだ。誰よりも早く来て一人で黙々と走ってるの見た事あってさ。時間が経つにつれて、どんどん増えてくんだけど……今日は真山もまだ来てないみたいだから、部室の前で待ち伏せしてやろうと思ってな」

 目的の場所は部室棟ならしい。しかし、毎朝一人で朝練してる番長ってどうなんだ。番長とか言いつつ、めちゃくちゃ健全すぎて、全くどんな奴なのか想像出来ない。もしかして、すっごい真っ当な人なのかもしれないと、希望が湧いてきた。
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