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圏外生活はじめました!
番長登場
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「ほら、あそこだよ。あの派手なの、見えるか? あれが目的地だ」
体育館によって遮られていた視界が開けると、男がオレの質問に答えをくれた。それと同時に一瞬でオレの中に湧いた希望をぶち壊しもてくれた。
昨日も部室棟を遠目に眺めたのだが、その時はちょうど裏側を見ていたようだ。運動場に面した出入り口の並ぶ正面は、大自然に囲まれたのどかな学校と呼ぶには無理のある、実に圏ガクらしいセンスで塗りたくられていた。
ちょっと落書きしてみました的なノリではない、場所が違えばアートとして通りそうな絵が、一部室だけにとどまらず、数件またぐと言うか浸食する形で描かれている。
モチーフは拳を振りかざす髑髏、もちろん拳も骸骨な訳だが、えらく筋肉質な骨太だった。絵と一体化した壊れた壁が、その武闘派度合いを表している……のか? 前衛的な背景はなんかどっかで見た事あるような、ちょっと罰当たるんじゃねーのと思ってしまうような絵画を大鍋に放り込んで煮込んだみたいな有様で、そこら一帯は、一言で言うなら異様と言うか異常な空間だった。
「ちなみに聞きますが、美術部か何かですか、あの部室を使ってるの」
立ち止まり時間を稼いで、逃げ出す心積もりをしておこう。それを見抜かれたのか、握られた手に力を込められてしまった。
「確かボクシングだったと思う。ウチの学校、運動部は結構あるんだけどな、文化系って言うのか? 美術部とか音楽やるやつ、なんだっけ……吹奏楽? まあ、そういうのん全くないんだよ」
教える顧問がいないから元からないのだとか。とは言え、顧問の必要ない同好会はいくつかあるらしいが、男も詳しくは知らないと言った。
「あの絵は趣味で描いてる奴が、何ヶ月かかけて描いてたぞ。上手いよな」
確かに上手いは上手いが、とても健全には見えない。見るからに不良の溜まり場と言った雰囲気が、遠目からでも一目で分かる。往生際が悪いのは承知の上だが、足が全く前へ出なくなってしまった。
「セイシュン」
男がオレの顔を覗き込んでくる。そんな心配そうな顔しなくても、行くよ。今は、その、ちょっと休んでるだけで……。
「よし! もう面倒臭いから、俺が運ぶぞ」
ウダウダやってるオレを見て心底呆れたのか、男はパッと明るい声を上げ、いきなりオレを抱え上げた。ガッと上がる視界が高い! オレは米袋みたいに男の肩に担がれてしまった。
「意外と重いな」
「当たり前だろ! つか、下ろせバカ」
「じゃあ走るぞ。喋ると舌噛むかもしれないから気を付けろ」
男はオレの暴言なんて聞こえていないかのように無視して、人一人抱えているなんて思えない早さで走り出した。もちろん、肩に乗ってるオレは、その揺れを数倍の濃さで体感している。たかが十数メートルの距離だと言うのに、闘拳髑髏の前に着く頃には、すっかり酔って軽く吐き気を覚えていた。
男の肩からヒョイと下ろされると、胃から焼きそばが逆流しそうになるのを押し止める為、思わず地面に膝を着く。
「どした? 大丈夫か」
「焼きそば、出る」
男の声に片言の日本語で現状を伝えると、慌てたように、オレの背中を大きな手がさする。文句の一つ二つ言いたかったが、そんな余裕はなく、必死でのど元まで迫っていたソースの塊を飲み下す。食った時の幸福感とはまるで別物の酸っぱさが混じったソースの味に思わず涙目になってしまった。
背中をさする手を払いのけると、同じようにしゃがんでいるのに目線の合わない事を口惜しく思いながらも、虚勢を張るように男を睨み付けた。
「ごめんな。もう治まったか?」
けれど、心配してくれている顔を見てしまうと、どうにも言葉が出てこなくなった。さっき胃に押し込んだ焼きそばだったモノと一緒に文句も飲み込んでしまったのかもしれない。男の指先が目尻を拭うように触れて、恥ずかしさが戻って来た。目元を強引に擦って証拠隠滅し、大丈夫だという事をアピールするように立ち上がった。
身長差だけで、ここまで子供扱いされる物なんだろうか。別にオレだって背が低い訳じゃない。同年代の平均は軽く越えるくらいある。それなのに、この男に見下ろされると、どうにも心地悪い……いや心地良いのか? いやいや、それも可笑しいだろう、とにかく妙な気持ちになった。
「もう、大丈夫だから。これから、どうすればいい?」
錆の浮いた頑丈そうな扉を前に、自分の胸中から現実へと意識を向ける。これ以上考えると、頭が変になりそうだったのだ。
「そうだな、とりあえず、ノックでもしてみるか。もう来てるかもしれないしな」
そう言うと男は、道場破りでもする勢いで鉄で出来た扉をガンガン叩きだした。
「真山、もう来てるか? 真山ー、居るんだろ。真山ー居るのは分かってるんだぞ、出てこいよ」
いや、道場破りって言うか借金取りだな、コレは。扉は分厚い鉄製ならしく、鈍い音がドンドンと辺りに響いている。騒音と言う程でもないが、辺りに漂っていた静寂を破るのには十分で少し嫌な感じがした。
「何やっとんねん。お前ら」
その感覚は間違っておらず、突然、背後から不穏な気配を纏う怪訝そうな声が聞こえた。
声に気付き、先に振り返った男は、相手とは正反対のオレと話している時と変わらぬ調子で、片手を上げた。
「おはよう、真山。今日は、ちょっと遅くないか?」
「んなもん、お前に関係ないやろが」
オレの横を素通りして、男も突然現れた奴、おそらくこの人が真山とかいう番長なんだろう、そいつに道を譲るように一歩横にずれた。扉の取っ手と壁の杭みたいな物が鎖によって繋がれており、それを南京錠で施錠するという豪快というか、いい加減な鍵を開けると、番長は一人部室の中へと入って行ってしまう。
番長の雰囲気は、だいたいの奴らと同じく朝特有の気怠さと言うか、機嫌の悪さを明らかに含んでいたので、早々に肌で感じる危機感を前にしてオレは離れていた男の後ろへと、そそくさと隠れた。
「いっつもあんな感じだから、気にするな」
そんなオレに振り返って男は、焼け石に水な慰めを口にする。
「先輩、オレどうしたらいい」
いきなりの番長登場で、本気でどうしたらいいのか分からず、素直に聞いてみると、
「俺が話すからセイシュンは何もしなくていいよ」
男はそう言って笑って見せた。男の背中を見ていると、散々迷惑かけているという事実を改めて実感させられる。番長が話しを穏便に済ませてくれるといいんだが……。
男に対して申し訳なさを募らせていると、部室の中から、しかめっ面した番長が姿を見せた。部室の扉前で立ち止まると、鬱陶しそうに男へと視線をやった。
「こんな朝っぱらから、一体なんの用や、金城」
番長の雰囲気と言うのだろうか、それは成人していると言われても頷けるような貫禄みたいに思えたが、その顔を見るとどこか垢抜けない同年代の影も見えた。無精ひげがどこか浮いて見えると言うか、似合っていない訳ではないが、無理矢理に残してますという印象を受けた。
「夕べ校舎で騒いでただろ、お前ら」
「また一年がやらかしよったんや。……で、その後ろに居るんが、その一年なんか」
男の影から覗き見ていたオレに鋭い視線を向けて来る番長と目が合ってしまった。物もらいでもあるのか左目に眼帯をしているのだが、片方であろうと一瞬の向けられた眼力に圧倒され怯んでしまった。思わず男の腕に手を伸ばしそうになってしまう……もちろん回避したが。
「まあな。朝一で悪いんだけどさ、セイシュンの事で話しておきたい事があって来たんだ」
「セイシュン?」
「あぁそうだな。真山には、夷川って言った方がいいか」
男の口からオレの名前が出ると、番長は大きな溜め息を吐き「分かった」と言うと、その手をこちらに伸ばしてきた。
「手間かけさせたな。後はこっちで始末つける。そいつ引き渡してくれや」
男の影から引きずり出されると思ったが、番長の手はオレには届かなかった。
「違う違う、そうじゃないんだ。別に夷川を引っ立てて来たんじゃないって」
男が番長の腕を掴んで、それを阻んでくれたらしい。オレの前に突き出された番長の指先は、異様に太く、指を弾くだけで壁に穴が開きそうで、馬鹿らしい想像だと分かっていても、一歩後ろへ下がってしまった。
「ほな、どうゆうつもりやねん。言うてみいや」
明らかに番長の声が低くなった。オレを掴もうとした指先が、グッと握りしめられ岩のような拳が出来上がると、男の手を振りほどくように番長は腕を引っ込めた。
「夕べ夷川が校舎に居たのは、俺が呼んだからなんだ」
男の言葉に驚き、思わず顔を上げてしまった。目ざとく番長の視線を感じて、すぐ顔を伏せたが何かもう嘘がばれてしまっている気がするのは気のせいか……そうであって欲しいと、耳だけ傾けて、なりゆきを黙って見守る事にした。
番長が男の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「一年がここに来たん昨日やぞ。お前ら知り合いやったんか」
「いや、春日野を独房に放り込みに行った時に会ったんだよ。旧館で」
反省室と独房をどう間違いようがあるのか検討したくなったが、恐らく反省室という名の独房なのだろう。贅沢を言わせてもらうなら、寮にそんな物騒な場所が完備されている事は知りたくなかったな。
「まあええわ。聞きたいんは、そんなしょーもない事とちゃうしな。はっきりさせて貰わなあかんのは……金城、夷川はお前のなんやゆう事や」
「なんや、と言われてもなぁ。後輩だろ」
「お前が面倒見る気なんかって聞いとんのや。一年の事は二年に任せるのが、ここの伝統なんは知っとるやろが。それを乱すつもりがあるんか答えんかい」
「別にそんな大げさな話じゃなくてな、別にずっと連れ回す気もないから、今日だけ見逃してやってくれないか? 俺が無理言って呼び出しただけだからさ」
「『今日だけ』言う事は、コイツを舎弟にする気はないねんな」
舎弟って、ヤクザ映画の中でしか聞かない単語だよな。どうゆう意味合いで使ってるのか全く分からない。
「俺は誰とも連む気なんかないって、ずっと言ってるだろ」
男は番長の念押しにウンザリした声を返した。
「なら話は簡単や。お前の酔狂につき合うとる暇はないで。とっととその一年置いて去ね」
会話の雲行きが怪しくなってきた。オレが聞いていても番長はどうにもややこしい感じがする。圏ガクの伝統とやらを重んじているのは分かるのだが、正直なところ昨日今日ここに来た人間としては勘弁願いたい。
体育館によって遮られていた視界が開けると、男がオレの質問に答えをくれた。それと同時に一瞬でオレの中に湧いた希望をぶち壊しもてくれた。
昨日も部室棟を遠目に眺めたのだが、その時はちょうど裏側を見ていたようだ。運動場に面した出入り口の並ぶ正面は、大自然に囲まれたのどかな学校と呼ぶには無理のある、実に圏ガクらしいセンスで塗りたくられていた。
ちょっと落書きしてみました的なノリではない、場所が違えばアートとして通りそうな絵が、一部室だけにとどまらず、数件またぐと言うか浸食する形で描かれている。
モチーフは拳を振りかざす髑髏、もちろん拳も骸骨な訳だが、えらく筋肉質な骨太だった。絵と一体化した壊れた壁が、その武闘派度合いを表している……のか? 前衛的な背景はなんかどっかで見た事あるような、ちょっと罰当たるんじゃねーのと思ってしまうような絵画を大鍋に放り込んで煮込んだみたいな有様で、そこら一帯は、一言で言うなら異様と言うか異常な空間だった。
「ちなみに聞きますが、美術部か何かですか、あの部室を使ってるの」
立ち止まり時間を稼いで、逃げ出す心積もりをしておこう。それを見抜かれたのか、握られた手に力を込められてしまった。
「確かボクシングだったと思う。ウチの学校、運動部は結構あるんだけどな、文化系って言うのか? 美術部とか音楽やるやつ、なんだっけ……吹奏楽? まあ、そういうのん全くないんだよ」
教える顧問がいないから元からないのだとか。とは言え、顧問の必要ない同好会はいくつかあるらしいが、男も詳しくは知らないと言った。
「あの絵は趣味で描いてる奴が、何ヶ月かかけて描いてたぞ。上手いよな」
確かに上手いは上手いが、とても健全には見えない。見るからに不良の溜まり場と言った雰囲気が、遠目からでも一目で分かる。往生際が悪いのは承知の上だが、足が全く前へ出なくなってしまった。
「セイシュン」
男がオレの顔を覗き込んでくる。そんな心配そうな顔しなくても、行くよ。今は、その、ちょっと休んでるだけで……。
「よし! もう面倒臭いから、俺が運ぶぞ」
ウダウダやってるオレを見て心底呆れたのか、男はパッと明るい声を上げ、いきなりオレを抱え上げた。ガッと上がる視界が高い! オレは米袋みたいに男の肩に担がれてしまった。
「意外と重いな」
「当たり前だろ! つか、下ろせバカ」
「じゃあ走るぞ。喋ると舌噛むかもしれないから気を付けろ」
男はオレの暴言なんて聞こえていないかのように無視して、人一人抱えているなんて思えない早さで走り出した。もちろん、肩に乗ってるオレは、その揺れを数倍の濃さで体感している。たかが十数メートルの距離だと言うのに、闘拳髑髏の前に着く頃には、すっかり酔って軽く吐き気を覚えていた。
男の肩からヒョイと下ろされると、胃から焼きそばが逆流しそうになるのを押し止める為、思わず地面に膝を着く。
「どした? 大丈夫か」
「焼きそば、出る」
男の声に片言の日本語で現状を伝えると、慌てたように、オレの背中を大きな手がさする。文句の一つ二つ言いたかったが、そんな余裕はなく、必死でのど元まで迫っていたソースの塊を飲み下す。食った時の幸福感とはまるで別物の酸っぱさが混じったソースの味に思わず涙目になってしまった。
背中をさする手を払いのけると、同じようにしゃがんでいるのに目線の合わない事を口惜しく思いながらも、虚勢を張るように男を睨み付けた。
「ごめんな。もう治まったか?」
けれど、心配してくれている顔を見てしまうと、どうにも言葉が出てこなくなった。さっき胃に押し込んだ焼きそばだったモノと一緒に文句も飲み込んでしまったのかもしれない。男の指先が目尻を拭うように触れて、恥ずかしさが戻って来た。目元を強引に擦って証拠隠滅し、大丈夫だという事をアピールするように立ち上がった。
身長差だけで、ここまで子供扱いされる物なんだろうか。別にオレだって背が低い訳じゃない。同年代の平均は軽く越えるくらいある。それなのに、この男に見下ろされると、どうにも心地悪い……いや心地良いのか? いやいや、それも可笑しいだろう、とにかく妙な気持ちになった。
「もう、大丈夫だから。これから、どうすればいい?」
錆の浮いた頑丈そうな扉を前に、自分の胸中から現実へと意識を向ける。これ以上考えると、頭が変になりそうだったのだ。
「そうだな、とりあえず、ノックでもしてみるか。もう来てるかもしれないしな」
そう言うと男は、道場破りでもする勢いで鉄で出来た扉をガンガン叩きだした。
「真山、もう来てるか? 真山ー、居るんだろ。真山ー居るのは分かってるんだぞ、出てこいよ」
いや、道場破りって言うか借金取りだな、コレは。扉は分厚い鉄製ならしく、鈍い音がドンドンと辺りに響いている。騒音と言う程でもないが、辺りに漂っていた静寂を破るのには十分で少し嫌な感じがした。
「何やっとんねん。お前ら」
その感覚は間違っておらず、突然、背後から不穏な気配を纏う怪訝そうな声が聞こえた。
声に気付き、先に振り返った男は、相手とは正反対のオレと話している時と変わらぬ調子で、片手を上げた。
「おはよう、真山。今日は、ちょっと遅くないか?」
「んなもん、お前に関係ないやろが」
オレの横を素通りして、男も突然現れた奴、おそらくこの人が真山とかいう番長なんだろう、そいつに道を譲るように一歩横にずれた。扉の取っ手と壁の杭みたいな物が鎖によって繋がれており、それを南京錠で施錠するという豪快というか、いい加減な鍵を開けると、番長は一人部室の中へと入って行ってしまう。
番長の雰囲気は、だいたいの奴らと同じく朝特有の気怠さと言うか、機嫌の悪さを明らかに含んでいたので、早々に肌で感じる危機感を前にしてオレは離れていた男の後ろへと、そそくさと隠れた。
「いっつもあんな感じだから、気にするな」
そんなオレに振り返って男は、焼け石に水な慰めを口にする。
「先輩、オレどうしたらいい」
いきなりの番長登場で、本気でどうしたらいいのか分からず、素直に聞いてみると、
「俺が話すからセイシュンは何もしなくていいよ」
男はそう言って笑って見せた。男の背中を見ていると、散々迷惑かけているという事実を改めて実感させられる。番長が話しを穏便に済ませてくれるといいんだが……。
男に対して申し訳なさを募らせていると、部室の中から、しかめっ面した番長が姿を見せた。部室の扉前で立ち止まると、鬱陶しそうに男へと視線をやった。
「こんな朝っぱらから、一体なんの用や、金城」
番長の雰囲気と言うのだろうか、それは成人していると言われても頷けるような貫禄みたいに思えたが、その顔を見るとどこか垢抜けない同年代の影も見えた。無精ひげがどこか浮いて見えると言うか、似合っていない訳ではないが、無理矢理に残してますという印象を受けた。
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男の影から覗き見ていたオレに鋭い視線を向けて来る番長と目が合ってしまった。物もらいでもあるのか左目に眼帯をしているのだが、片方であろうと一瞬の向けられた眼力に圧倒され怯んでしまった。思わず男の腕に手を伸ばしそうになってしまう……もちろん回避したが。
「まあな。朝一で悪いんだけどさ、セイシュンの事で話しておきたい事があって来たんだ」
「セイシュン?」
「あぁそうだな。真山には、夷川って言った方がいいか」
男の口からオレの名前が出ると、番長は大きな溜め息を吐き「分かった」と言うと、その手をこちらに伸ばしてきた。
「手間かけさせたな。後はこっちで始末つける。そいつ引き渡してくれや」
男の影から引きずり出されると思ったが、番長の手はオレには届かなかった。
「違う違う、そうじゃないんだ。別に夷川を引っ立てて来たんじゃないって」
男が番長の腕を掴んで、それを阻んでくれたらしい。オレの前に突き出された番長の指先は、異様に太く、指を弾くだけで壁に穴が開きそうで、馬鹿らしい想像だと分かっていても、一歩後ろへ下がってしまった。
「ほな、どうゆうつもりやねん。言うてみいや」
明らかに番長の声が低くなった。オレを掴もうとした指先が、グッと握りしめられ岩のような拳が出来上がると、男の手を振りほどくように番長は腕を引っ込めた。
「夕べ夷川が校舎に居たのは、俺が呼んだからなんだ」
男の言葉に驚き、思わず顔を上げてしまった。目ざとく番長の視線を感じて、すぐ顔を伏せたが何かもう嘘がばれてしまっている気がするのは気のせいか……そうであって欲しいと、耳だけ傾けて、なりゆきを黙って見守る事にした。
番長が男の言葉を鼻で笑い飛ばした。
「一年がここに来たん昨日やぞ。お前ら知り合いやったんか」
「いや、春日野を独房に放り込みに行った時に会ったんだよ。旧館で」
反省室と独房をどう間違いようがあるのか検討したくなったが、恐らく反省室という名の独房なのだろう。贅沢を言わせてもらうなら、寮にそんな物騒な場所が完備されている事は知りたくなかったな。
「まあええわ。聞きたいんは、そんなしょーもない事とちゃうしな。はっきりさせて貰わなあかんのは……金城、夷川はお前のなんやゆう事や」
「なんや、と言われてもなぁ。後輩だろ」
「お前が面倒見る気なんかって聞いとんのや。一年の事は二年に任せるのが、ここの伝統なんは知っとるやろが。それを乱すつもりがあるんか答えんかい」
「別にそんな大げさな話じゃなくてな、別にずっと連れ回す気もないから、今日だけ見逃してやってくれないか? 俺が無理言って呼び出しただけだからさ」
「『今日だけ』言う事は、コイツを舎弟にする気はないねんな」
舎弟って、ヤクザ映画の中でしか聞かない単語だよな。どうゆう意味合いで使ってるのか全く分からない。
「俺は誰とも連む気なんかないって、ずっと言ってるだろ」
男は番長の念押しにウンザリした声を返した。
「なら話は簡単や。お前の酔狂につき合うとる暇はないで。とっととその一年置いて去ね」
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