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蜜月
こびりつくおもい
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「ん…………鼻も摘まんだ方がいいか?」
オレが頑なに口を閉ざしたままなので、先輩が苦笑しながら鼻先を指で突いてくる。
「いや、そういう意味じゃないんだけど……まだ口の中で、消化液に浸かったおせちの味するから」
口を閉ざす理由を話すと、先輩は軽く吹き出して、あの時みたいにオレの鼻を摘まんだ。抵抗して呼吸を止めてみたが、限界と共に口を開くと、少しの空気と一緒に先輩の舌が入って来た。
初めての時より穏やかで熱い。心地よさに蕩け上向きながら目を閉じると、鼻の違和感は消え、頬に手のひらの温度を感じた。
悪名名高い圏ガクに来て、初日から男に舌を突っ込まれるなんて異常事態、入学前には考えられなかった。でも、先輩が何も考えず舌を突っ込んできた時には多分もう…………オレは先輩が好きだった。
馬鹿やって追いかけ回されてるオレを匿ってくれて、たった一食抜いた程度の空腹を満たしてくれて、下らない感傷に付き合って新しい呼び名をくれて、新しい生活のスタートをリンチ……じゃなく交通事故に遭わないよう配慮してくれて。
思い返せば、先輩の馬鹿みたいな人の良さと自分のちょろさが笑えてくる。
「先輩」
唾液で溺れるような事はなかったが、互いの吐息が触れる距離を保つ。目を開けると、あの時とは少し違う、何かを考えて舌を突っ込んで来た奴と目が合う。
「初めて助けてくれた日から、ずっと好きだよ」
言葉にすると、この気持ちは自分の中にぴったりと収まった。多分、ずっと前からここにあったんだろうな。それに気付いただけだ。
「俺も……セイシュンを初めて見た時から好きだ」
頭に満開の花を咲かせたオレに、先輩が躊躇いながらも寄り添おうとしてきた。先輩の言葉が本当だったら、まあ……嬉しいけど、それはないとオレは知っているので、肩パン一つで異議を唱える。
「嘘つきは泥棒の始まりだぞ」
「嘘ではない…………と、思う」
自分でも苦しい言い分だと理解しているのか、先輩は困った顔に苦笑いを浮かべた。
「もちろん今と同じ気持ちではないぞ。春に会った時はお前にこう、色々したい、みたいな下心は全くなかった」
オレは初っ端からちゅーされたせいで、割と最初の頃から下心全開だったな。隙あらば先輩とちゅーしたかった。
「ここでは見ない……今まで関わる事のなかった部類の奴だなって。お前を俺みたいな奴らに関わらせたくないと思った」
圏ガクって顔に書いてあるような他の連中と先輩自身を一緒くたにしないで欲しい。言おうとしている意味は分かるが、オレと関わる気がなかったと言われ、ショックから黙って続く言葉を待つ。
「まあ、セイシュンは適応能力が高すぎて、圏ガクに染まりすぎてるきらいがあるけどな」
多少は自覚がある事とは言え、オレの繊細な心が感じているショックを笑い飛ばされ、ちょっと面白くないので揚げ足を取ってやる。
「似たような事、だいぶ前にも言ってたな。それならオレ以外にも好きな奴いたんだ? 狭間や寮長も好きだったって事だよな」
「狭間や葛見は、セイシュンみたいに火の中に飛び込むような心配はなかったから、あまり意識した事はないな」
普通に返されてしまった。思わず呻いたが、ダメージを引きずりつつも気になる事を口にしてみる。
「意識した事ないって、狭間は接点あんまりないだろうけど、寮長の事は気になってただろ」
寮長は先輩に会う為に、こんなありえない学校に入学したんだからな。
「葛見には山野辺がいるからな。特に危ない目には遭ってない……と思うぞ」
「そういう意味じゃあなくて……本気で気にならなかったの?」
命を救った相手が目の前に現れたら、なんて言うか、少なくともオレなら嬉しい気がする。元気そうなら尚更。
「葛見や六岡には、俺みたいな奴と関わらず生きて欲しかったんだ」
そう言いながら、先輩は笑って見せた。最近は見なかった、何もかも悟ったような空虚な笑み。
「オレ、先輩の今の顔、すげぇ嫌い」
本音が容赦なく出てしまったので、誤魔化すべく先輩の両頬を摘まんで真横に引き伸ばしてやった。
「すまん……嫌われちまったか?」
「辛気くさい顔すんなって事。せっかくの男前が台無しじゃん。そういう意味で言っただけ」
「……お前に言われると、素直に喜べないな」
フォローすると同時に、めっちゃ褒めたのに悲しそうな顔をする先輩。
「なんでだよ! 嘘でも冗談でもなく、オレは先輩が世界一かっこいいと思ってるのに!」
日頃の行いが悪いのか、本気で言っているのに、疑いの眼差しを向けられてしまうが、焦るオレの姿を見て、先輩の方は余裕を取り戻したらしい。少しだけ意地の悪い表情でこちらを一瞥し、すっと目を閉じた。
「それが本当なら、今度はセイシュンからしてくれ。そしたら信じてやる」
してくれって、ちゅーの事か。先輩の機嫌が戻ったと安堵しつつも、少しの意地悪さを滲ませた理由を理解して、小さく息を吐く。
ピンと背筋を伸ばした状態の先輩はデカイ。身長差20センチは伊達じゃあない。自分の成長期がまだ終わっていない事を祈りながら、今はその差を一瞬だけ埋める。
「おっと、なるほど、そう来たか」
先輩に飛び付き、手足でその体に抱きつくと、先輩の腕がオレの体を支えてくれた。そのおかげで、先輩の口をひと思いに吸い尽くす事が出来た。
オレが頑なに口を閉ざしたままなので、先輩が苦笑しながら鼻先を指で突いてくる。
「いや、そういう意味じゃないんだけど……まだ口の中で、消化液に浸かったおせちの味するから」
口を閉ざす理由を話すと、先輩は軽く吹き出して、あの時みたいにオレの鼻を摘まんだ。抵抗して呼吸を止めてみたが、限界と共に口を開くと、少しの空気と一緒に先輩の舌が入って来た。
初めての時より穏やかで熱い。心地よさに蕩け上向きながら目を閉じると、鼻の違和感は消え、頬に手のひらの温度を感じた。
悪名名高い圏ガクに来て、初日から男に舌を突っ込まれるなんて異常事態、入学前には考えられなかった。でも、先輩が何も考えず舌を突っ込んできた時には多分もう…………オレは先輩が好きだった。
馬鹿やって追いかけ回されてるオレを匿ってくれて、たった一食抜いた程度の空腹を満たしてくれて、下らない感傷に付き合って新しい呼び名をくれて、新しい生活のスタートをリンチ……じゃなく交通事故に遭わないよう配慮してくれて。
思い返せば、先輩の馬鹿みたいな人の良さと自分のちょろさが笑えてくる。
「先輩」
唾液で溺れるような事はなかったが、互いの吐息が触れる距離を保つ。目を開けると、あの時とは少し違う、何かを考えて舌を突っ込んで来た奴と目が合う。
「初めて助けてくれた日から、ずっと好きだよ」
言葉にすると、この気持ちは自分の中にぴったりと収まった。多分、ずっと前からここにあったんだろうな。それに気付いただけだ。
「俺も……セイシュンを初めて見た時から好きだ」
頭に満開の花を咲かせたオレに、先輩が躊躇いながらも寄り添おうとしてきた。先輩の言葉が本当だったら、まあ……嬉しいけど、それはないとオレは知っているので、肩パン一つで異議を唱える。
「嘘つきは泥棒の始まりだぞ」
「嘘ではない…………と、思う」
自分でも苦しい言い分だと理解しているのか、先輩は困った顔に苦笑いを浮かべた。
「もちろん今と同じ気持ちではないぞ。春に会った時はお前にこう、色々したい、みたいな下心は全くなかった」
オレは初っ端からちゅーされたせいで、割と最初の頃から下心全開だったな。隙あらば先輩とちゅーしたかった。
「ここでは見ない……今まで関わる事のなかった部類の奴だなって。お前を俺みたいな奴らに関わらせたくないと思った」
圏ガクって顔に書いてあるような他の連中と先輩自身を一緒くたにしないで欲しい。言おうとしている意味は分かるが、オレと関わる気がなかったと言われ、ショックから黙って続く言葉を待つ。
「まあ、セイシュンは適応能力が高すぎて、圏ガクに染まりすぎてるきらいがあるけどな」
多少は自覚がある事とは言え、オレの繊細な心が感じているショックを笑い飛ばされ、ちょっと面白くないので揚げ足を取ってやる。
「似たような事、だいぶ前にも言ってたな。それならオレ以外にも好きな奴いたんだ? 狭間や寮長も好きだったって事だよな」
「狭間や葛見は、セイシュンみたいに火の中に飛び込むような心配はなかったから、あまり意識した事はないな」
普通に返されてしまった。思わず呻いたが、ダメージを引きずりつつも気になる事を口にしてみる。
「意識した事ないって、狭間は接点あんまりないだろうけど、寮長の事は気になってただろ」
寮長は先輩に会う為に、こんなありえない学校に入学したんだからな。
「葛見には山野辺がいるからな。特に危ない目には遭ってない……と思うぞ」
「そういう意味じゃあなくて……本気で気にならなかったの?」
命を救った相手が目の前に現れたら、なんて言うか、少なくともオレなら嬉しい気がする。元気そうなら尚更。
「葛見や六岡には、俺みたいな奴と関わらず生きて欲しかったんだ」
そう言いながら、先輩は笑って見せた。最近は見なかった、何もかも悟ったような空虚な笑み。
「オレ、先輩の今の顔、すげぇ嫌い」
本音が容赦なく出てしまったので、誤魔化すべく先輩の両頬を摘まんで真横に引き伸ばしてやった。
「すまん……嫌われちまったか?」
「辛気くさい顔すんなって事。せっかくの男前が台無しじゃん。そういう意味で言っただけ」
「……お前に言われると、素直に喜べないな」
フォローすると同時に、めっちゃ褒めたのに悲しそうな顔をする先輩。
「なんでだよ! 嘘でも冗談でもなく、オレは先輩が世界一かっこいいと思ってるのに!」
日頃の行いが悪いのか、本気で言っているのに、疑いの眼差しを向けられてしまうが、焦るオレの姿を見て、先輩の方は余裕を取り戻したらしい。少しだけ意地の悪い表情でこちらを一瞥し、すっと目を閉じた。
「それが本当なら、今度はセイシュンからしてくれ。そしたら信じてやる」
してくれって、ちゅーの事か。先輩の機嫌が戻ったと安堵しつつも、少しの意地悪さを滲ませた理由を理解して、小さく息を吐く。
ピンと背筋を伸ばした状態の先輩はデカイ。身長差20センチは伊達じゃあない。自分の成長期がまだ終わっていない事を祈りながら、今はその差を一瞬だけ埋める。
「おっと、なるほど、そう来たか」
先輩に飛び付き、手足でその体に抱きつくと、先輩の腕がオレの体を支えてくれた。そのおかげで、先輩の口をひと思いに吸い尽くす事が出来た。
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