圏ガク!!

はなッぱち

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反逆の家畜

針の筵

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 夕食の片付けが終わった食堂は、人数的にはガランとしているはずなのに、その密度は異常に濃かった。

 一触即発な連中が有無を言わせぬ圧力の前に雁首を揃えているのだから、当然と言えば当然なのだが、そのオレらを威圧する人たちがもう一悶着起こしそうな雰囲気をまき散らしているのが恐ろしい。気分が悪いのでと体調不良を理由に今すぐ部屋に戻りたかった。

 ここまでの被害を出した責任は当事者だけでは背負いきれないらしく、オレらに頭突きを食らわせた後、教師は生徒の代表である髭……じゃなくて番長と呼ばれている真山先輩と生徒会長を呼び出した。

 番長は旧館の騒動にすぐに気付き、呼び出される前に来ていたらしいが、生徒会長は自分の時間を土足で踏みにじられたとご立腹で、食堂に顔を出すなり散弾銃のような文句をオレらにぶち込んだ。ついでとばかりに番長と寮長らにも文句を垂れ早々に帰ろうとしたのだが、生徒会の人間も当事者な訳で番長はそれを許さなかった。

 この旧館の責任者である寮長とその横で不機嫌そうな顔をして仁王立ちしている執事モドキは、オレらが治療中に、この二人からたっぷりと絞られたのだろう、その表情に疲労が見て取れた。

 番長と会長が距離を置き、バチバチと火花を散らす中、その空気に当てられた他の生徒は押し黙っているのに、一人だけ例外が居た。

「ジジィにサラミ盗られたぁ! 腹減ったー!」

 治療の最中に、非常食としてポケットに携帯していたスティック状のサラミを校医に没収されたスバルが、横で空気も読まず騒いでいる。オレはその口にサラミでも突っ込んで塞いでおきたかった。執事モドキが鬼のような形相でこちらを睨んでいるのだ。

「スバル、ちょっとでいいから黙ってろ」

 放置しておいたら、執事モドキが制裁に動きそうだったので、小声でスバルを注意した。すると机に突っ伏したスバルは、ジッと上目遣いでオレを見た。そして何を思ったのか、オレの方へと手を伸ばしてギュッと乳首をつねってきた。

「いってぇだろが!」

 痛みに思わす大きな声を出してしまい、食堂内の視線を集めてしまう。スバルはそんな現状おかまいなしに、ニヤニヤと笑ってオレの反応を見て愉しんでいるようだった。

「え~? そうして欲しくて出してんじゃねーの、えべっさん。オレっち誘われてるとしか思えねーんだけどな~」

 別に笑いを取ろうと思って、こんな格好してる訳じゃない。部屋に戻れず、仕方なく半裸のままなのだ。性懲りもなくオレへちょっかいかけてくるスバルと攻防を繰り広げていると、玄関から聞きたいような聞きたくないような声が耳に届いた。

 夕方のやり取りを思い出し、なんとも言えない気分になる。礼をすると言ったその日に騒動起こした上、番長と会長、双方の要請で無関係な先輩まで呼び出されてしまったのだ。原因はもちろんオレ。なんか、そりゃ、先輩ともっかいキスしたいなーとは考えもしたけどさ、別に本気で迷惑かけたかった訳じゃない。むしろ、キスしたいが為にはっちゃけたとか思われたら、情けなさで死ぬ。

 先輩の方に視線をやると、自制出来ず嬉しくて馬鹿みたいに情けない顔になりそうだったので、オレは緊張感を与えてくれる方を見た。散弾銃を撃ち尽くして、ふて腐れながらも落ち着いた会長とは違い、いまだ怒りや何やらを腹に抱えているであろう一番ヤバそうなオーラを発している番長へと。

 会長には散々文句を聞かされたが、番長からはまだ一言も声をかけてもらっていないし、一発も殴られていないのだ。オレが食堂に入るなり、こちらを一瞥すると、金城を呼んで来いと不機嫌そうに側に居た奴へ言い渡しただけで、会長が来るまで寮長と執事モドキを睨みつけていただけだった。

 オレとしては、気安さを微塵も感じさせない髭の姿に寿命の縮む思いもしたのだが……一年の指導は二年が、そういう事なんだろうか。

「あぁー!! きんちゃん!!」

 気持ちの引き締めが叶ったオレの横で、スバルがいきなり椅子を蹴倒しながら立ち上がり、楽しそうな、子供のような場違いな大声を上げた。

 スバルの言う『きんちゃん』が先輩である事に気付いたオレは、咄嗟に先輩の方へ顔を向けてしまう。先輩はどういう成り行きか、隣に会長のメイドを連れていた。それだけでなく、先輩は食堂に入るやメイドをその場で押し倒した!?

 玄関の方でカランカランと妙な音が聞こえたが、それどころではない。オレが肘を置いていたテーブルの上にスバルは飛び乗り、テーブルの隅に置かれていた食器の入ったケースへ無造作に手を突っ込んだ。

 中には年季の入ったスプーンやフォークが入っているのだが、スバルは器用にフォークだけをゆびの間に数本挟み、オレの事などお構いなしに先輩へと駆けて行く。先輩までの道中でさらにもう片方の手に同じようにフォークを持ち、奇声を上げながら思い切り投擲。どんな投げ方したのか知らないが、先輩が避けた後ろの扉にフォークが突き刺さる。

「きんちゃーん! あっそ、ぼうぜー!!」

 一瞬で先輩の懐に飛び込んだスバルは、フォークを逆手に握りしめ、先輩の胸元に叩き込んだ。いくらフォークであろうと、壁に突き刺さるような力で押し込まれたら人の体だろうと刺さってしまう。オレはどうするかなんて考えられず、とにかくスバルの後を追った。

「セイシュン」

 スバルの異常に血管の盛り上がった腕を軽々と掴む先輩は、驚く事にいつもの暢気な声でオレを呼んだ。オレが気付いた事に気付くと、野犬みたいに呻るスバルを意に介さず、先輩はヘラヘラと笑って見せた。

「悪いな、ちょっと頼まれてくれるか?」

 自分を襲うスバルが見えていないのかと思うような暢気さに、オレは逆に不安になり「なに?」と焦りの混じる返事をした。

「この食堂内のフォークを全部どこかに隠すか……こいつ止めてくれ」

 フォークを一瞬手放したスバルが、もう片方の手でそれを掴む前に、先輩は自分の大きな手のひらでフォークを覆うと、マジックみたいにそれを消して見せた。

 目の前で凶器を奪われ面食らったスバルを逃す手はない。オレは先輩と取っ組み合うスバルの背中に飛びついて、引き剥がす為に思い切り後ろへ仰け反った。

 フォークを投げつけられても変わらなかった先輩の表情が、驚愕に取って代わる。スバルも一瞬、何をされたのか理解出来なかったのだろう、背中越しに体が硬直するのが分かった。二人共オレの行動が意外だったのか、その手は離され、オレとスバルは近くのテーブルの上に勢いよく投げ出されてしまった。

 背中を打ち付け、痛みに耐えるように両目を瞑る。ついでに歯も食いしばったので、情けなく声を上げる事もなかったとは思うのだが、ふっと重しになっていたスバルの体がオレの上から離れた。

 しまったと思い、即座に机の上に起き上がろうとしたのだが、それを押し止めたのはスバル本人だった。再び先輩へ飛びかかっていなかった事にホッとしたのも束の間、スバルは今まで見せた事のないような顔でオレを見下ろしていた。

「なに、えべっさん……もしかして、妬いてんの?」

 スバルの言葉が図星だった訳じゃない。断じて違う。今回のは絶対にそんな不純な理由で引き剥がした訳じゃないのだ。それなのに、オレの顔は髭の事を言えないくらい、分かりやすく赤面してしまう。

「はぁ?! なに下らない事言ってんだ! なんでオレが妬かないといけねぇーんだよ!」

 自分でどうにも制御出来ない醜態をフォローしようと必死で声を荒げるが、悲しいかな自分で聞いても苦しい言い訳にしか聞こえなかった。机に仰向けになっているせいで、先輩の顔が見えないのが唯一の救いだが、このやり取りを丸ごと見られていると思うと、やるせなさで転がり回りたくなる。

 こんな公開処刑みたいな事を強いるスバルを思い切り睨み付けたが、その表情は思わず鳥肌が立つほど不気味で、その目はギラギラと異常なくらい輝いていた。

「マジでかわいーんだけど、やばくね?」

 馬鹿にされているのだけは明確なので、オレはスバルを押しのけようと手を伸ばすが、ピクリとも動かない。それどころか、徐々にその顔との距離が短くなりつつあった。

 とにかく、こいつの下から這い出ようと、机の上を背中で移動しようとして、それに気付いたスバルに顔のすぐ横を勢い良く手のひらで叩かれ、唯一の逃げ道すら塞がれてしまった。

「こんなことで妬かなくてもさー、えべっさんとは、もっときもちー事してあそんでやっから心配いらねーって」

 ずいっと近づくスバルの表情を見ても、こいつが何を考えているのか分からなかった。とにかく何を話しても通じないだろうなぁという事くらいしか分からない。

 スバルが口を何か言うでもなく開いた。そこから、舌が覗き、文字通り舌舐めずりをしやがった。スバルの吐く息が顔にかかる距離に、こいつが何をしようとしているのか理解し、諦めそうになった抵抗する意思を奮い立たせる。

「馬鹿か! 離せ、スバル! ふざけんな!」

 もうまともに反抗出来るのは口くらいで、まあ一番危機に晒されているのも口なんだが、とにかく抗議の声を上げ続けた。けれど、当然のようにスバルを抑止する力なんてなく、オレはやって来るだろう不快感に目を瞑った。

 自分の口を舐めまわされると思っていたのだが、何故かそんな不快感はやって来ず、かわりに温かい何かに口元を覆われているようだった。恐る恐る目を開けてみると、超至近距離のスバルと目が合った。

「セイシュン嫌がってるだろ。そのくらいにしとけ、春日野」

 先輩の声が聞こえて、思わず目が潤みそうになったが、先輩の悲鳴がそれを阻止してくれた。バッと離された先輩の手には、ピラニアみたいにスバルが食いついていた。

「きんちゃん邪魔すんな! アレはオレっちのだぞ!」

 スバルは最初見せた凶暴な敵意を霧散させ、先輩の下で駄々をこねる子供みたいに暴れていた。手慣れた様子で用意していたらしい縄を使い、先輩はスバルを縛り上げると、その場に転がしたままオレの方へと来てくれた。

「まさか本気で春日野を止めに入るとは思わなかったぞ」

 ちょっとした冗談だったのにと零す先輩に「ごめん」と一応謝っておいた。すると先輩は困ったように笑って、オレの頭を優しく撫でてくれた。ご褒美が貰えたオレは自分の顔がだらしなく緩むのを止められず、とりあえず俯く事でそれを隠した。
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