圏ガク!!

はなッぱち

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反逆の家畜

保護者

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 オレが必死で嬉しさを自分の中に仕舞い込もうとしていると、先輩は目の前で突然上着を脱ぎだした。重ね着していたらしく、その下は薄手のTシャツだった。

「ほら、これ着とけ」

 スバルと取っ組み合いをして暑くなったのかと思いぼんやり先輩を眺めていると、脱いだスウェットをオレに手渡してくれた。理由が分からず、とりあえずスウェットに鼻を埋めてみると、少しだけ先輩の匂いがして、隠れている口元がだらしなく緩んでしまった。

「臭うな! ちゃんと洗濯してあるから、少しだけ我慢して着とけ」

 オレからスウェットを取り上げると、先輩はそれをオレの頭の上に被せた。そのまま袖を通せば完了みたいな状態になっているのだが、

「セイシュンが半裸のままだと、真山が説教出来ないだろ?」

ちょっと遠慮したい事態が待ち構えているらしいので、改めて脱いでみた。けれど、容赦なく阻止された。

 先輩の服は当然のように大きくて、かなりブカブカだ。体が冷えていたせいか、服に残った先輩の体温が敏感に感じられて、にやけそうになるのを耐えるのに苦労した。

 なんでこんなに先輩と居るとオレ、テンション高くなるんだろう。ヤバイなぁと思いつつ、ついフンフンと鼻を鳴らして匂いを嗅いでしまう。先輩が嫌な顔をしてるので、そろそろ止めないとな。しかし、クセになる……いやいや、どうゆう理屈だ? 実はオレは匂いフェチとかいう変態なんだろうか。

「役者は揃っただろう。いい加減に始めてくれないか、番長殿。私の帰りを待っている子がいるのでな。手短に」

 オレが妙な性癖に目覚めそうになっていると、会長が立ち上がり、この妙な会合の口火を切った。オレも先輩の匂いから意識を断ち、なんとか周囲を改めて見回す。

 揃った顔ぶれは、実に居心地の悪い空気をそれぞれに放っている。まず、ようやくオレの方を見てくれた番長は、最初に会った時のおっかない雰囲気が健在で、服を脱げば目を逸らせてくれるというのが本当なら今すぐにでも脱ぎたい気分だった。その側にはあのいけ好かない久戸とかいう関西弁も居る。

 番長に終始睨み付けられていた寮長は、オレの方を見て少し申し訳なさそうな顔をしていた。その様子からは、こちらも改めて申し訳なく思うのだが、その横で明らかに尋常でない怒り方をしている執事モドキの顔を見てしまうと、当然ながらオレは奴の忠誠心とやらを堪能する事が決定しているようで、泣きたくなった。

 会長は生徒会の他の生徒には目もくれず、さっさと終わらせろと番長を急かしている。怪我をした生徒も一通り集められてはいるが、笹倉はまだ治療中でこの場にはいなかった。出来たら、もう二度と顔を合わせたくないんだけどな。メイドはいつの間にか消えていて、誰もその事に触れなかった。先輩を連れてくるよう言われていただけなのかもしれない。

 そして床で手足を一纏めに縛られているにも関わらず、先輩の足首に噛みつこうとしているスバルと、オレのせいで呼び出されたのにいつも通り暢気な顔して隣で立っている先輩。

 改めなくとも、濃いメンツが一カ所に集まりすぎている。今から始まるのが、自分たちのやらかした事に対する裁判だと思うと余計に息が詰まった。

「金城、こいつらなんとかならんのか」

 ゆっくり近づいて来た番長は、オレを目で指しスバルを軽くつま先で蹴りながら、そう口にした。蹴られた事でスバルのスイッチが入ってしまったようだが、それを許す髭ではなかった。何故か先輩が縛った縄を外し、そのことで猛獣のように飛びかかるスバルと対峙する。

 二度三度、スバルの突進を避けると「暫く黙っとれ」そう吐き捨てスバルの四度目を正面から受けた。オレの目には髭が何をしたのか見えなかったが、スバルの背中が妙な具合に跳ねたのは見てしまった。崩れ落ちるように気を失ったスバルを再び床に転がし、番長は先輩へと鋭い視線を向ける。

「こいつらって言われてもなぁ。セイシュンの事は分かるが、なんで春日野の事まで俺に言うんだ?」

 オレはいいんだ……ちょっと嬉しくなってしまった。まあ、刃物持って追いかけ回す奴じゃなかったら、先輩もこんな事は言わないような気がするんだけどな。

「夷川と連んどるやろが、この阿呆は」

 髭が足下のスバルを顎で指し、オレを一睨みした。やっぱり、客観的に見るとオレとスバルは連んでいるように見えてしまうのか……さきの件もあるし、今後の付き合い方を改めて考え直すべきだろうな。

 スバルの思考は分からんが、オレとしては先輩以外の野郎と、体液の交換なんてまっぴら御免だ。先輩はいいのか! と思わなくもないが、先輩はいいのだ! と自分の中で即座に答えが出た。我ながら恐ろしい。

「セイシュンは別に春日野とグルになって騒ぎを起こしている訳じゃないぞ、きっと。春日野に付きまとわれて巻き込まれているだけだ……恐らくな。春日野の無茶を見るに見かねて、つい首を突っ込んでしまうんだよ、うん…………そうだったらいいと俺は思ってる」

「誰もお前の希望なんぞ聞いとらんわ!」

 髭に思い切り側頭部を平手で叩かれた。すげぇ痛い。髭の方を向くと今の勢いの強烈なビンタが飛んで来そうで、オレは先輩の方へと視線をやった。すると神妙な顔してこちらを見ている先輩と目が合う。うぅ、先輩の目を見るのが辛い。先輩の希望、最初の一個しか叶えられてない。

「なあ、セイシュン。そもそも、どうして談話室なんかに居たんだ? 一年は二階と三階には入れないんだぞ。もちろん知ってたよな?」

 先輩にそう聞かれ、オレは黙って頷いた。どう説明したものか、それが非常に悩ましい。ファイルの事を話せば、当然その顛末をこの場で語らなくてはならない。

 それは果たして許されるのだろうか、自分の余罪を暴露するような行為であるのも事実だが、それ以上に寮長が被った辱めを衆目に晒すのは背徳行為そのものだ。どう考えても、この場で執事モドキによるオレの公開処刑が行われてしまう。

「話しづらい事があるのか? んー、そうだな。その話しづらい事情、俺にだけでも話せないか、セイシュン」

 先輩は少し屈んで耳打ちするよう、自分の耳に手を添えて見せた。その仕草に不意打ちを食らう。その耳元で好きだと囁きたくなってしまったのだ。もう、なんて言うか完全にオレ……色々と取り繕えないくらい駄目になってる。

「それには自分が答えてもいいですか、真山先輩」

 オレが先輩のなんか訳の分かんない魅力にノックアウトされた時、食堂に呼び出された最後の一人が迷惑な事にやって来た。鼻に大げさなガーゼを張り付け、間違いなく食堂内に居る奴の中で一番悲惨な形をしている笹倉が、オレを見据えながら不適に笑い近づいて来る。

「黙れ、笹倉。私は一刻も早く部屋に戻りたいんだ」

 意外な事に笹倉の挙手に会長が待ったをかけた。この人は昼間の事情も全て知っているからな、そりゃそこから話を始められると長くなるのは明白だ。本当に自分の事しか考えていないようで感心する。この場で番長と会長、二人の姿を並べてみると、確かに学校の代表としては髭に軍配が上がるな。

「事情を聞く為に集まっとるんやろが。黙らしてどないすんねん。このままハッキリさせずに終わらせるつもりやったら、お前とこで全部片付けさすぞ、羽坂」

 髭が呆れたような顔をして会長を見ている。片付けとは、談話室の事だろうか? いや、この状況で談話室以外はないな。

 あの部屋の片付けを全面的に引き受けるのは嫌だったらしい会長は、指示通り黙ったままの笹倉に「好きにしろ」と言い放ち、近くにあった机の上に腰掛けた。

 会長の許しを得て、ようやく口を開いた笹倉は、放課後にオレが生徒会室で暴れた事を奴の都合の良いように編集し伝えた。

 オレが反論しようとしたら、先輩に今は黙っていろと服を引っ張って止められたので大人しく聞いていたが、こちらが黙っているのをいい事に笹倉は、この騒動に先輩まで巻き込み始めた。オレを迎えに来てくれた時の事を大げさに話したのだ。

「加減はしたつもりだったんだけどなぁ。そんなに痛むのか……ほんと、すまんな」

 先輩が申し訳なさそうに頭を下げると、髭と会長がほぼ同時に「こいつとの事は飛ばせ」と笹倉を睨み付けた。てか、なんで先輩が謝るんだよ。なんで笹倉なんかに謝るんだよ、馬鹿か。くそ、面白くない。

「放課後の事を根に持っていたんでしょう。夷川はそこで寝てる頭のイカレた奴をけしかけて来たんですよ。おれがコイツの何かを盗んだとかなんとか吹き込んで」

 笹倉の言葉に先輩は再び、何か思い当たるような顔をした。まあ、オレも寮長の隣に座ってた時から事情は分かっていたから、笹倉の言い分が大きく外れているという訳ではないんだが、断じてスバルをけしかけたのではないので、その物言いは心外だ。

 先輩が「もしかして」と口を開きかけた時、オレらの目の前で、何かが笹倉に飛びかかろうとした。

「豚ぁ! オレっちのコレクション返せ!」

 スバルはその手にどこで拾ったのかフォークを一本握りしめており、それを横に一線振りかざした。ひゅっという風を切る音が聞こえたかと思うと、笹倉の顔に張り付いていたガーゼが真っ二つに千切れ、その線上の頬に一本の赤い線が浮かび上がる。

 一歩退いた笹倉へ追い打ちをかけるように、フォークを逆手に持ち替えるスバルだったが、髭に予備動作無く腹へ、多分一発目と同じ場所へ拳を叩き込まれていた。

「真山、なんか可哀想だから縛り直してもいいか、こいつ」

 床で蹲るスバルを見て、先輩は髭にそう提案した。そして承諾を得ると、腹を抱えて「ぶたぁー、ひげぇー」と呻くスバルを容赦なくエビぞりにして手足を縛り上げた。

「夷川、こいつの言うてる事はホンマなんか?」

 スバルの処置を見届けてから、番長はオレにそう問いかけてきた。もちろん、その場で違うと否定してやろうと思っていたのだが、オレの隣で先輩が心底申し訳なさそうな顔をして「実は」と先に口を開いてしまった。

「盗んだって訳じゃないんだけど、結果的に俺が春日野の凶器を預かってたりするんだ」

 自分の後ろ頭をポンポン叩きながら、先輩は誤魔化すように笑って見せた。

「またお前か」「金城……」

 番長と会長が、二人して呆れた顔を先輩に向ける。濡れ衣だと分かった笹倉だったが、自分の鼻を押さえつつスバルから視線を外せないようだった。
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