圏ガク!!

はなッぱち

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学生の本分

しばしの別れ

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 限りなく憂鬱だが、その無駄な緊張感が余計な事を考える時間を食い潰してくれるのは、まあ癪だが有り難くもあった。先輩に会えない寂しさを紛らわせてくれると思うから。

「せんぱい……」

 泣き言が転がり出そうになって、寝返りを打ちスポーツバッグに顔を埋め、口を塞ぐ。もう、先輩はここにはいない。さっきバスに乗って行ってしまったんだ。泣こうが叫ぼうが、先輩は助けてくれない。気持ちを入れ替えないとな。

「入るぞ。いるか夷川」

 自分の中の甘えた部分を思い切り吐き出している最中、器用にサンダルでドスドスと足音を立てる気配が近づいて来たなと思ったら、部屋の扉が勢いよく開いた。顔を上げると、段ボールを抱えた担任がサンダルを廊下に脱ぎ散らかして、部屋に入って来ていた。オレの姿を確認すると、担任は段ボールを投げるように置き、尻のポケットから封筒を取り出し、その上に無造作に乗せる。

「ご家族から今朝届いた物だ。悪いが中は改めさせて貰った。すぐに中を確認しろ」

 言葉通り、段ボールも封筒も開封されているようだった。担任はジッとオレが確認するのを待っている。中を見ずに捨てるという選択肢は用意されていないらしい。渋々封筒に手を伸ばすと、中から新札の一万円がギョッとするくらいの厚みで入っていて、思わず担任へ何かの間違いじゃないかと聞いてしまった。

「間違いなくお前宛だ。十万あった。数えて確認しろ」

 封筒から出して慣れない手つきで数えると、きっちり十枚あった。一学期の間、一円も仕送りを寄越さなかった奴らがどうして……その疑問にはすぐ答えが出た。由々式の家族や教師陣に対する世間体を保つためだろう。この大金で自分たちが子供を蔑ろにしていないという証明になるとでも思っているのだ。

 金を封筒に戻し、段ボールも開けてみる。中には高そうなブランド物の夏服や下着が、丁寧に詰め込まれていた。色々な感情が自分の中を通り過ぎて、オレは力なく笑った。恥ずかしくて笑うしかなかった。

「先生も夏はここに残る……何かあれば相談しろ」

「はい。荷物、届けて下さってありがとうございました」

 オレが頭を下げると、担任はバリバリと所在なさげにケツを掻きながら部屋を出て行った。

 枕にしていたバッグに段ボールの中身を投げ入れた。それでようやく、ぺしゃんこだったバッグが少し膨れる。畳の上に残った封筒にも手を伸ばすと、妙に力んでしまったのか、グシャリと手の中でしわくちゃになった。このまま捨ててしまおうかと一瞬考えたが、金があって困る事はないだろう、そう思いバッグの内ポケットにねじ込んだ。あいつらの寄越した金だと思うと、破り捨てたくなるが、先輩に奢らせてばかりも心苦しい。先輩が帰って来たら、この金で何かご馳走しよう。そう納得して気持ちを落ち着けた。

 そうやって自分を宥め賺していると、廊下から浮かれた一年の声が聞こえ始めた。食堂でやっていた帰省の説明会? が終わったようだ。程なくして皆元が一人で部屋に帰って来た。あとの二人はどうしたと聞こうとしたら、先に口を開かれ、下に顔を出して来いと言われてしまう。

 帰省するのは何も生徒だけではなく、大半の教師も同じく山を下りる。そこら辺に挨拶をして来いという事なんだろう。あまり気乗りしないが、じいちゃんの顔は見ておきたいと思い腰を上げた。

 部屋でバスを待つらしい一年の群れに逆行するよう階段を下りる。どいつもこいつも浮かれたツラしやがって、それを見てると妙に苛ついて、片っ端から蹴り落としたくなったが我慢。舌打ちをしながら、眉間に皺を寄せて一階の廊下に出ると、狭間が目ざとくオレを見つけ駆け寄ってきた。

「夷川君、こっち、こっちだよ。早く早く!」

 珍しく強引な狭間に面食らいながら、引っ張られるままに人気のない方へと走ると、物置になっている部屋へと無理やり押し込まれてしまった。

「おい、どういうつもりだよ、狭間」

 ピシャリと閉じられた扉に手を伸ばそうとした時、

「悪い、セイシュン。俺が狭間にセイシュンを連れて来てくれって頼んだんだ」

とっくに山を下りているはずの先輩の声が、背後から聞こえてきた。

 バッと勢いよく振り返ると、積み上げられた布団の影から、そろりとこちらを覗いている先輩が、軽く手を上げ「よう」と決まり悪そうに笑っている。予想していなかった遭遇に心臓がドクドク鳴り出した。

「三年のバス……もう、出発したんじゃ……」

「あー、うん。アレには乗らなかった」

 先輩の言葉に頭の中が一瞬でパッと晴れたような気がしたが、見つめる先の表情は気の毒そうに曇ってしまう。

「ごめんな、学校に残るって訳じゃないんだ」

 先輩と夏休みを一緒に過ごすという、オレが見た夢は一瞬で粉々に砕けてしまった。

「腹でもこわして、三年のバスに乗り損ねただけかよ」

 萎んだ気持ちが、ふて腐れた声となって、すっっかり自分の外へ出てしまうと、体の中に残ったのは憂鬱な気持ちばかりだ。先輩の顔を見てしまったせいか、さっきまであった緊張感はすっかり鳴りを潜め、なんとも言えない虚しさばかりが募る体は一気に脱力し、オレは背後の扉に背を預けながらズルズルとその場に座り込む。

 一つ溜め息を吐くと、先輩の困っている気配がこちらに近づいて来た。オレの目の前で同じように床へと腰を下ろし胡座を掻く先輩は、どう声をかけたらいいのか分からないようで、何度か口を開きかけたが、その度に躊躇して口を閉じてしまっていた。

「体調……大丈夫?」

 もう会えないと思っていた先輩に会えたのだ。子供みたいに拗ねて、先輩を困らせるのは止めようと顔を上げ、バスに乗り遅れた原因だと思われる体調について聞いてみた。

「ん? 体調は別に悪くないぞ。俺は元気だ」

 ちょっと嬉しそうな表情で、先輩は小首を傾げる。

「じゃあ、寝過ごしてバスに置いて行かれたのか」

 最後まで暢気な人だなぁと少し呆れた視線を向けると、ようやく何を言われているのか分かったらしく、先輩はおかしそうに笑って、オレの推測を丸ごと否定した。

「部屋の片付けに手間取ったんだ。キャンプの準備があるから、しっかり戸締まりもしとかないとって思ってな」

 先輩はポケットから何かを取り出すと、チャリチャリ鳴らしながら、手の中で弄び始めた。

「いつもは、別に俺が勝手に使わせて貰ってるだけで、本当だったら誰でも使える場所だから、鍵とかしないんだけど、今は勝手に入られたら困るからさ。ちゃんと閉めたぞ」

 手の中にあったのは、赤いプレートの付いた鍵だった。説明をし終えると先輩は鍵を握り直し、空中で鍵をかける仕草をして見せる。そして、ヒョイと器用に指先で鍵とプレートを通してある小さな輪っかを摘まむと、そのままオレの方へと差し出してきた。何をしたいのか分からず、先輩の目を見つめると、優しく笑い返してくれた。

「バスに乗らなかったのは、セイシュンにコレを託したかったからだ」

 手を差し出すと、先輩の手から鍵が落ちてきた。先輩が握っていたせいか、鍵は少し体温が移って温かかった。しっかりと鍵を受け取り、視線を正面に戻すと、先輩は満足そうに頷き、

「俺が帰ってくるまで、あの部屋をセイシュンに使って貰いたいんだ」

どう反応したらいいのか分からない事を言い出した。

「使って貰いたい、んー違うか。セイシュンに拒否権はないからな。先輩命令だ。とにかく、俺が帰ってくるまで、あの部屋をお前の拠点にしろ」

 複雑な胸中を持て余し、手の中の鍵に目をやる。すると、先輩はオレの頭を軽く撫でた。

「俺は意外と心配性なんだ。ちゃんとセイシュンの返事が聞きたい」

 聞こえてくる声が優しすぎて、返事するのに少し声がつまった。

「…………わかった。先輩の部屋で、待ってる」

「うん。部屋にある物は自由に使っていいからな。あ、でもテントは触るなよ。一応かたちにはなったけど、元が廃材だから不用意に触ると怪我するかもしれないからな」

 安心したように笑う先輩を見ていると、つい言わなくていい事まで口から出てしまった。

「……一ヶ月くらい、すぐ、だよな。でも、一ヶ月、は、長いよ。せんぱい、いないと暇だから、余計に」

 本当に言いたい事は必死で押さえたけど、これじゃあ言ってるようなものだ。情けなくて、先輩の顔を見るのが辛くなる。

「セイシュン、土産、何がいい?」

 オレの情けない弱音を断ち切るような明るい声が聞こえて、少し恨めしく思いながらも顔を上げると、先輩の浮かべていた表情に胸がギュッとなった。先輩もオレと同じ気持ちでいてくれている、そんな都合の良い解釈をしてしまえるくらい、寂しそうな顔をされたら、問答無用で飛びつきたくなるじゃないか。

「アイス」

 自分の欲求を抑え込み、そう短く答えると、先輩は嬉しそうに頷いて「まかせろ、いっぱい買ってくる」と言って、オレの頭をグリグリやった。
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