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圏ガクの夏休み
お昼ごはん
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小吉さんからジュースの残りを受け取り、ざりざりした口内を洗い流す。炭酸のせいか、ふりかけのせいか、ちょっと腹が落ち着いた所で、担任がバスに戻って来た。そして、行き先も言わぬままエンジンをかけ、下山の勢いでバスを発進させた。
山道に比べれば、少々野趣溢れる道を爆走しようと、平和な道中だ。幸い、すれ違う車も見当たらず、圏ガクの悪名を体現するような強烈なビジュアルのバスは、昼過ぎの村中を我が物顔で走り抜ける。暑さのせいで、真っ昼間に外を出歩く人が少ないおかげだろう。白い目をこちらに向ける住民を目撃する事なく、オレらは公民館に戻って来られた。
公民館には、朝は見かけなかった車が数台増えていた。バスはさっきまでの勢いはどこへやら、軽トラを停車させた時と同じく、山と空いているスペースを一瞥もせずに、一番奥に当たる隅へと静かにおさまった。
「今から昼飯をご馳走になる。有志の方がご厚意で準備して下さる飯だ。ありがたく頂くように。挨拶も忘れるなよ」
エンジンを停止させ、担任はぶっきらぼうにそう言うと、見ようによっては面倒臭そうに後ろ頭を掻いた。車を降りる担任に元気よく小吉さんが続く。昼飯と聞いて、ふりかけでは満たせなかった気持ちが、自分の足取りも軽くさせた。
公民館の受付に担任が顔を出すと、無表情のおばさんが勢いよく窓口を開き、二階にある実習室へ行くようにと館内の案内図を手渡してくれた。受付のおばさんは、無表情なので当然のように無愛想なのだが、小吉さんの元気のいい挨拶にも、担任の不器用な社交辞令にも、丁寧に返事をしてくれる人だった。
玄関口で用意されていた山と積まれたスリッパに履き替え、涼しい館内をペタペタと間抜けな音を響かせながら三人で歩く。冷房はなくとも、窓が全開にされていて、館内はとても快適だった。階段をのぼり始めると、実習室からだろう、なんとも良い匂いが漂い始め、思わず生唾を飲み込む。二階に着くと、先の部屋から、良い匂いと一緒に賑やかな声が聞こえてきた。
「山セン?」
聞き覚えのある声の主をなんとなく呟くと、前を歩いていた小吉さんが少し下がってきて「そうだよ」と肯定してくれる。
「部活組は、この昼飯時に合流するんだ。あ、でも一年は部活組に便乗出来ないから注意な」
一年が食事にありつける条件は、朝からの奉仕活動に参加する事が必須。寝過ごしたら一日缶詰は絶対らしい。
ならば、今頃、香月たちは肩寄せ合って、あの缶詰で昼飯を済ませている訳だ。いい気味だぜと、ちょっとスッキリしたのも束の間、オレは留守にしている先輩の部屋を思い出しゾッとした。
先輩の部屋にある大量の物資をあいつらが放置するはずない。浮かれていた気分が一気に墜落した。唐突にオレの顔色が変わったせいで、小吉さんは心配そうにこちらを窺っている。
「小吉さん、オレ……先に帰れないかな?」
焦りから、ついそんな無茶を言ってしまった。学校にか? という問いに頷いて答えると、何か心得たように小吉さんは大丈夫と言いたげに笑って見せた。
「あの階には誰も近づけないから安心しろ」
どうやって丸々ワンフロアを閉鎖すると言うのか、オレは訳が分からず焦りは増すばかりだ。番長の威光で、なんて言うつもりじゃあないだろうな、そんなもん一年には通じない。ましてや、あいつらの狙いは番長である髭の根城じゃなくて、あの暢気が服着て歩いてるような先輩の根城だ。本当なら誰が入ってもいいとか言っちゃう人なのだ。香月たちの抑止力なんてどこにもないじゃないか。
「最強の警備員が残ってるからさ」
小吉さんがオレの肩をポンポン叩くと、先に実習室へ辿り着いた担任が勢いよく扉を開いた。「おかえりーパパ~」と山センの命知らずな軽口が聞こえてきたと思ったら、
「お前ら、何ふんぞり返っとんじゃあぁ!」
雷のような怒声が公民館の廊下に、いや、全館に響き渡った。室内から、カランカランと何かが床に落ちる音が聞こえる。
担任の怒声を毎日教室で聞いているオレですら、いまだに慣れず背後に居ても身が竦む。小吉さんも小動物のように硬直してピクリとも動けずにいる。室内に居るであろう、昼飯を準備してくれていた有志の方とやらは、さぞや驚いているに違いない。けれど、そんな事はお構いなしに、担任はズカズカと室内に入り、ふんぞり返っていたらしい(オレが覗き込んだ時にはピンと姿勢を正していたのだが)山センたちの元へ一直線に向かって行く。
「あれ……稲継先輩がいない」
向かい合って座っていた山センと矢野の頭にげんこつを食らわせる(拳をめり込ませるという表現の方が適切だろうか)担任の姿を見ながら、残りの一人を稲継先輩の姿を探すが見つからない。
硬直から回復した小吉さんが、オレの背後に隠れるようしがみつくので、振り返ってそれを伝えると、涙目で稲継先輩は学校に残っていると教えてくれた。
「女神がいつ学校に来るか分からない、から。基本的に稲っちは学校に残ってるんだ。だから、金城先輩の部屋に、あいつらが入ろうとしたら追っ払ってくれる、から。大丈夫、なんだ」
香月たちを見事に一人で追っ払ってくれた稲継先輩だ。確かに最強の警備員だった。
「谷垣先生、そのへんで。折角捕まえた美味しいお料理を作ってくれる奥さんが怖がってます。お説教は学校に戻ってからにして下さいな」
カンカンと鍋の蓋をおたまで叩きながら仲裁に入ったのは、エプロンに三角巾姿の村主さんだった。担任は我に返り恐縮し、山センと矢野は机に突っ伏して呻いている。
「ほら、小吉君と夷川君も、入った入った。由々式さん、お腹すいたわ、早くご飯にしましょう」
手招きされたので、オレのシャツの裾を掴んで離さない小吉さんを引き連れ室内に入ると「配膳手伝って」と言われ、村主さんの方へ足を向ける。するとその隣、コンロにかけられた大きめの鍋の影から、こちらを窺うように恐る恐る顔を覗かせる、見知らぬおばさんがしゃがみ込んでいるのに気が付いた。
突然現れた鬼のようなオッサンに驚いたのだろう。真っ青な顔をして、震えながら立ち上がるその人に、村主さんは「とって食ったりしないから」と適当なフォローを入れつつ、オレには戸棚にある食器を取って来るよう言った。人数分の食器を数えて出すと、復活した小吉さんが率先して食器を運んでくれたのでそれに続く。
皿に豪快に盛りつけられたのは、大量のキャベツの千切りと鶏のからあげだった。村主さんの雑とも言える豪快な盛りつけを整えながら、もう一人のおばさんが見栄え良くレモンを添えて、オレや小吉さんに皿を手渡してくれる。それを見ていると、盛りつけって大切なんだなと教えられる。ご飯に味噌汁、あとお新香と冷蔵庫でよく冷えた麦茶を人数分用意して机に並べると、ちゃっかり山センたちは先に並んで座って待っていた。
「では、いただきましょう」
村主さんたちが席に着くのを待って、オレたちは「いただきます」を合唱する。小学生の給食みたいな勢いの小吉さんに引っ張られるせいか、オレらの声は必要以上に大きくなって、またおばさんをビビらせてしまったのだが、食事が始まるやその人は早々に席を立って、またコンロの所で何かを始め出した。
「あっ!」
ちょっと視線を自分の皿から逸らすと、いつの間にか、からあげが一個少なくなっていた。横に座る小吉さん……ではなく、犯人は正面で得意顔にからあげを頬張る山センだな。
「ちょっと山本君、人の分にまで手を出さない」
村主さんが顔を顰めて注意してくれるが、場所が変われど囲む人間が同じならば、食卓は圏ガクのルールが適用される。オレは負けじと自分の分を確保するべく箸を動かす。
大きめのからあげを一つ口に放り込む。レモンを搾り忘れたと思ったが、しっかり下味のついたからあげはジューシーで堪らなく美味しい。その感動の余韻に思わず浸っていると、また山センの箸がオレのからあげを目の前で一つ奪い去った。口の中いっぱいに残る感動で、抗議の声も虚しくムームー言うオレを山センは涼しい顔でいなす。もう、これ以上はやらんと、オレが皿を抱えて食事を再開しようとした時、
「はい、まだいっぱいあるから安心して」
揚げたてのからあげが、オレの皿に舞い降りてきた。
わーわー文句を言い出す山センを黙らせたのは、テーブルの真ん中にどかんと置かれたからあげの山。オレの皿にポンポンとからあげを降臨させたおばさんは「あと家の残りもので申し訳ないけど、足らなかったらコロッケも今揚げてるから少し待ってね」とオレらの歓声を受けながら持ち場に戻って行った。
まさか、おかずのおかわりまであるとは、嬉しい驚きだ。学校では考えられない好待遇に、感極まって思わず小吉さんの方を向くと、頬をいっぱいに膨らませた顔で、おかわりという名の戦場へ既に箸を伸ばそうとしていた。負けてなるかと、ハイエナのような二年に混ざってからあげを確保。今度はレモンを搾ってかぶりつくと、肉汁に口の中を火傷しそうになったが、自然と感嘆の声が漏れてしまうほど美味しかった。
大の男が五人もいれば、山盛りのからあげだろうと、一瞬でなくなる。ご飯の釜も、味噌汁の鍋も、遠慮無く空にして、コロッケはまだかと待つオレたちを村主さんは呆れ半分笑って見ていた。
コロッケを皿に盛りつけ戻って来たおばさんは、どこか嬉しそうな顔で驚いていたが、何故か急にオロオロとし始めた。
「どうしましょう。もう材料がないわ。小夜子さん、夕食の分を少し回した方がいいかしら」
「もう十分でしょう。初めてだから加減が分からないだろうけど、この子たち、あったらあるだけ食べるから、ほどほどでいいのよ」
さっそくコロッケに手を伸ばすオレらを横目に村主さんは肩を竦める。揚げたてのコロッケは、どんな魔法か、中身がトロトロで、舌を盛大に焼いてしまい取り皿に落としてしまった。そのせいで、出遅れ一個しか確保出来なかった。残念に思いながらも、熱々のコロッケを吹き冷まし、少しずつかじっていると、おばさんが自分の皿をオレの方へ差し出して「もしよかったら、コレも食べる?」と聞いてくれた。
「由々式さん、ダメよ。あなた全然食べてないじゃない。もう一仕事残ってるんだから、しっかり食べなきゃ」
村主さんに注意されて、しょぼんとしてしまったおばさんをオレはジッと見てしまう。『由々式さん』なんて珍しい名字、いくつもあるとは思えないんだが、もしかして……。
「そうよ。君の友達、誠君のお母さん」
オレの不躾な視線から、村主さんに心を読まれてしまったらしい。由々式のおばさんは、そう紹介されると更に申し訳なさそうに肩を落としてしまった。気まずそうな表情でからあげを口にする姿を横目に、同じく気まずい気持ちを持て余しながら、唯一確保出来たコロッケに集中する。
母さんがやらかした事を思うと、せっかくの美味しいコロッケの味が口の中から消えてしまった。謝らないと、そう心の中で決心を固めていると、先におばさんの方が口を開こうとしたが、
「今この場で口にしていいのは一つだけよ。美味しい物を食べたら言う事、あるでしょ、君たち」
村主さんがそれを阻止した。
箸を置いた担任は「分かってるな」と言いたげな目でオレらを一睨みすると、二年がザッと急に立ち上がったので、慌ててそれに倣う。
「「「美味しい昼飯、ご馳走様でした!」」」
三人が同時に頭を下げる。練習でもしたのかというハモりにオレは当然合わせられず、遅れて「ご馳走様でした」と後追いすると、クスクスと村主さんの笑い声が聞こえた。三人がまた同時に顔を上げる気配がした。オレも顔を上げると、おばさんは嬉しそうに顔を綻ばせて「お粗末様でした」と丁寧に頭を下げた。
食事の後片付けをしている時、由々式のおばさんと少しだけ話をした。母さんの事を謝りたかったが、上手く言葉にならず、好きな献立とか学校での由々式の事とか、おばさんが聞いてくれた当たり障りのない話題で終始した。
「夷川、お前、昼からヒマ?」
それから小吉さんと二人、洗い終わった皿を布巾で拭いていると、机の上を掃除していた盗人が、プラプラと台拭きを振りながら近づいて来た。ちょっと険のある表情を向けてしまうが仕方がない。オレの皿の上に乗っていたからあげ二個が、山センの胃袋におさまっていると思うと、知らず怒りが込み上げてくるのだから。
「ヤることないんだったら、昼から一緒にヤらねぇ?」
やるって一体何を? 言い方が雑なので、なんの事やらと思ったのだが、確か山センたちは『部活』をする為に残留しているんだったと思い出し、少し興味が湧いたので何部なのか聞いてみた。
「一応、茶道部」
意外すぎる答えに思わず「は?」と先輩相手に言ってはいけない声が上がる。園芸部に文芸部、そんでもって茶道部とは、圏ガクにあるまじき実に文化的な先輩方だった。見た目だけで判断するのはどうかと思うが、山センや矢野が畳の上で抹茶を啜っている姿は、どう頑張ってもコントにしか見えない。
山道に比べれば、少々野趣溢れる道を爆走しようと、平和な道中だ。幸い、すれ違う車も見当たらず、圏ガクの悪名を体現するような強烈なビジュアルのバスは、昼過ぎの村中を我が物顔で走り抜ける。暑さのせいで、真っ昼間に外を出歩く人が少ないおかげだろう。白い目をこちらに向ける住民を目撃する事なく、オレらは公民館に戻って来られた。
公民館には、朝は見かけなかった車が数台増えていた。バスはさっきまでの勢いはどこへやら、軽トラを停車させた時と同じく、山と空いているスペースを一瞥もせずに、一番奥に当たる隅へと静かにおさまった。
「今から昼飯をご馳走になる。有志の方がご厚意で準備して下さる飯だ。ありがたく頂くように。挨拶も忘れるなよ」
エンジンを停止させ、担任はぶっきらぼうにそう言うと、見ようによっては面倒臭そうに後ろ頭を掻いた。車を降りる担任に元気よく小吉さんが続く。昼飯と聞いて、ふりかけでは満たせなかった気持ちが、自分の足取りも軽くさせた。
公民館の受付に担任が顔を出すと、無表情のおばさんが勢いよく窓口を開き、二階にある実習室へ行くようにと館内の案内図を手渡してくれた。受付のおばさんは、無表情なので当然のように無愛想なのだが、小吉さんの元気のいい挨拶にも、担任の不器用な社交辞令にも、丁寧に返事をしてくれる人だった。
玄関口で用意されていた山と積まれたスリッパに履き替え、涼しい館内をペタペタと間抜けな音を響かせながら三人で歩く。冷房はなくとも、窓が全開にされていて、館内はとても快適だった。階段をのぼり始めると、実習室からだろう、なんとも良い匂いが漂い始め、思わず生唾を飲み込む。二階に着くと、先の部屋から、良い匂いと一緒に賑やかな声が聞こえてきた。
「山セン?」
聞き覚えのある声の主をなんとなく呟くと、前を歩いていた小吉さんが少し下がってきて「そうだよ」と肯定してくれる。
「部活組は、この昼飯時に合流するんだ。あ、でも一年は部活組に便乗出来ないから注意な」
一年が食事にありつける条件は、朝からの奉仕活動に参加する事が必須。寝過ごしたら一日缶詰は絶対らしい。
ならば、今頃、香月たちは肩寄せ合って、あの缶詰で昼飯を済ませている訳だ。いい気味だぜと、ちょっとスッキリしたのも束の間、オレは留守にしている先輩の部屋を思い出しゾッとした。
先輩の部屋にある大量の物資をあいつらが放置するはずない。浮かれていた気分が一気に墜落した。唐突にオレの顔色が変わったせいで、小吉さんは心配そうにこちらを窺っている。
「小吉さん、オレ……先に帰れないかな?」
焦りから、ついそんな無茶を言ってしまった。学校にか? という問いに頷いて答えると、何か心得たように小吉さんは大丈夫と言いたげに笑って見せた。
「あの階には誰も近づけないから安心しろ」
どうやって丸々ワンフロアを閉鎖すると言うのか、オレは訳が分からず焦りは増すばかりだ。番長の威光で、なんて言うつもりじゃあないだろうな、そんなもん一年には通じない。ましてや、あいつらの狙いは番長である髭の根城じゃなくて、あの暢気が服着て歩いてるような先輩の根城だ。本当なら誰が入ってもいいとか言っちゃう人なのだ。香月たちの抑止力なんてどこにもないじゃないか。
「最強の警備員が残ってるからさ」
小吉さんがオレの肩をポンポン叩くと、先に実習室へ辿り着いた担任が勢いよく扉を開いた。「おかえりーパパ~」と山センの命知らずな軽口が聞こえてきたと思ったら、
「お前ら、何ふんぞり返っとんじゃあぁ!」
雷のような怒声が公民館の廊下に、いや、全館に響き渡った。室内から、カランカランと何かが床に落ちる音が聞こえる。
担任の怒声を毎日教室で聞いているオレですら、いまだに慣れず背後に居ても身が竦む。小吉さんも小動物のように硬直してピクリとも動けずにいる。室内に居るであろう、昼飯を準備してくれていた有志の方とやらは、さぞや驚いているに違いない。けれど、そんな事はお構いなしに、担任はズカズカと室内に入り、ふんぞり返っていたらしい(オレが覗き込んだ時にはピンと姿勢を正していたのだが)山センたちの元へ一直線に向かって行く。
「あれ……稲継先輩がいない」
向かい合って座っていた山センと矢野の頭にげんこつを食らわせる(拳をめり込ませるという表現の方が適切だろうか)担任の姿を見ながら、残りの一人を稲継先輩の姿を探すが見つからない。
硬直から回復した小吉さんが、オレの背後に隠れるようしがみつくので、振り返ってそれを伝えると、涙目で稲継先輩は学校に残っていると教えてくれた。
「女神がいつ学校に来るか分からない、から。基本的に稲っちは学校に残ってるんだ。だから、金城先輩の部屋に、あいつらが入ろうとしたら追っ払ってくれる、から。大丈夫、なんだ」
香月たちを見事に一人で追っ払ってくれた稲継先輩だ。確かに最強の警備員だった。
「谷垣先生、そのへんで。折角捕まえた美味しいお料理を作ってくれる奥さんが怖がってます。お説教は学校に戻ってからにして下さいな」
カンカンと鍋の蓋をおたまで叩きながら仲裁に入ったのは、エプロンに三角巾姿の村主さんだった。担任は我に返り恐縮し、山センと矢野は机に突っ伏して呻いている。
「ほら、小吉君と夷川君も、入った入った。由々式さん、お腹すいたわ、早くご飯にしましょう」
手招きされたので、オレのシャツの裾を掴んで離さない小吉さんを引き連れ室内に入ると「配膳手伝って」と言われ、村主さんの方へ足を向ける。するとその隣、コンロにかけられた大きめの鍋の影から、こちらを窺うように恐る恐る顔を覗かせる、見知らぬおばさんがしゃがみ込んでいるのに気が付いた。
突然現れた鬼のようなオッサンに驚いたのだろう。真っ青な顔をして、震えながら立ち上がるその人に、村主さんは「とって食ったりしないから」と適当なフォローを入れつつ、オレには戸棚にある食器を取って来るよう言った。人数分の食器を数えて出すと、復活した小吉さんが率先して食器を運んでくれたのでそれに続く。
皿に豪快に盛りつけられたのは、大量のキャベツの千切りと鶏のからあげだった。村主さんの雑とも言える豪快な盛りつけを整えながら、もう一人のおばさんが見栄え良くレモンを添えて、オレや小吉さんに皿を手渡してくれる。それを見ていると、盛りつけって大切なんだなと教えられる。ご飯に味噌汁、あとお新香と冷蔵庫でよく冷えた麦茶を人数分用意して机に並べると、ちゃっかり山センたちは先に並んで座って待っていた。
「では、いただきましょう」
村主さんたちが席に着くのを待って、オレたちは「いただきます」を合唱する。小学生の給食みたいな勢いの小吉さんに引っ張られるせいか、オレらの声は必要以上に大きくなって、またおばさんをビビらせてしまったのだが、食事が始まるやその人は早々に席を立って、またコンロの所で何かを始め出した。
「あっ!」
ちょっと視線を自分の皿から逸らすと、いつの間にか、からあげが一個少なくなっていた。横に座る小吉さん……ではなく、犯人は正面で得意顔にからあげを頬張る山センだな。
「ちょっと山本君、人の分にまで手を出さない」
村主さんが顔を顰めて注意してくれるが、場所が変われど囲む人間が同じならば、食卓は圏ガクのルールが適用される。オレは負けじと自分の分を確保するべく箸を動かす。
大きめのからあげを一つ口に放り込む。レモンを搾り忘れたと思ったが、しっかり下味のついたからあげはジューシーで堪らなく美味しい。その感動の余韻に思わず浸っていると、また山センの箸がオレのからあげを目の前で一つ奪い去った。口の中いっぱいに残る感動で、抗議の声も虚しくムームー言うオレを山センは涼しい顔でいなす。もう、これ以上はやらんと、オレが皿を抱えて食事を再開しようとした時、
「はい、まだいっぱいあるから安心して」
揚げたてのからあげが、オレの皿に舞い降りてきた。
わーわー文句を言い出す山センを黙らせたのは、テーブルの真ん中にどかんと置かれたからあげの山。オレの皿にポンポンとからあげを降臨させたおばさんは「あと家の残りもので申し訳ないけど、足らなかったらコロッケも今揚げてるから少し待ってね」とオレらの歓声を受けながら持ち場に戻って行った。
まさか、おかずのおかわりまであるとは、嬉しい驚きだ。学校では考えられない好待遇に、感極まって思わず小吉さんの方を向くと、頬をいっぱいに膨らませた顔で、おかわりという名の戦場へ既に箸を伸ばそうとしていた。負けてなるかと、ハイエナのような二年に混ざってからあげを確保。今度はレモンを搾ってかぶりつくと、肉汁に口の中を火傷しそうになったが、自然と感嘆の声が漏れてしまうほど美味しかった。
大の男が五人もいれば、山盛りのからあげだろうと、一瞬でなくなる。ご飯の釜も、味噌汁の鍋も、遠慮無く空にして、コロッケはまだかと待つオレたちを村主さんは呆れ半分笑って見ていた。
コロッケを皿に盛りつけ戻って来たおばさんは、どこか嬉しそうな顔で驚いていたが、何故か急にオロオロとし始めた。
「どうしましょう。もう材料がないわ。小夜子さん、夕食の分を少し回した方がいいかしら」
「もう十分でしょう。初めてだから加減が分からないだろうけど、この子たち、あったらあるだけ食べるから、ほどほどでいいのよ」
さっそくコロッケに手を伸ばすオレらを横目に村主さんは肩を竦める。揚げたてのコロッケは、どんな魔法か、中身がトロトロで、舌を盛大に焼いてしまい取り皿に落としてしまった。そのせいで、出遅れ一個しか確保出来なかった。残念に思いながらも、熱々のコロッケを吹き冷まし、少しずつかじっていると、おばさんが自分の皿をオレの方へ差し出して「もしよかったら、コレも食べる?」と聞いてくれた。
「由々式さん、ダメよ。あなた全然食べてないじゃない。もう一仕事残ってるんだから、しっかり食べなきゃ」
村主さんに注意されて、しょぼんとしてしまったおばさんをオレはジッと見てしまう。『由々式さん』なんて珍しい名字、いくつもあるとは思えないんだが、もしかして……。
「そうよ。君の友達、誠君のお母さん」
オレの不躾な視線から、村主さんに心を読まれてしまったらしい。由々式のおばさんは、そう紹介されると更に申し訳なさそうに肩を落としてしまった。気まずそうな表情でからあげを口にする姿を横目に、同じく気まずい気持ちを持て余しながら、唯一確保出来たコロッケに集中する。
母さんがやらかした事を思うと、せっかくの美味しいコロッケの味が口の中から消えてしまった。謝らないと、そう心の中で決心を固めていると、先におばさんの方が口を開こうとしたが、
「今この場で口にしていいのは一つだけよ。美味しい物を食べたら言う事、あるでしょ、君たち」
村主さんがそれを阻止した。
箸を置いた担任は「分かってるな」と言いたげな目でオレらを一睨みすると、二年がザッと急に立ち上がったので、慌ててそれに倣う。
「「「美味しい昼飯、ご馳走様でした!」」」
三人が同時に頭を下げる。練習でもしたのかというハモりにオレは当然合わせられず、遅れて「ご馳走様でした」と後追いすると、クスクスと村主さんの笑い声が聞こえた。三人がまた同時に顔を上げる気配がした。オレも顔を上げると、おばさんは嬉しそうに顔を綻ばせて「お粗末様でした」と丁寧に頭を下げた。
食事の後片付けをしている時、由々式のおばさんと少しだけ話をした。母さんの事を謝りたかったが、上手く言葉にならず、好きな献立とか学校での由々式の事とか、おばさんが聞いてくれた当たり障りのない話題で終始した。
「夷川、お前、昼からヒマ?」
それから小吉さんと二人、洗い終わった皿を布巾で拭いていると、机の上を掃除していた盗人が、プラプラと台拭きを振りながら近づいて来た。ちょっと険のある表情を向けてしまうが仕方がない。オレの皿の上に乗っていたからあげ二個が、山センの胃袋におさまっていると思うと、知らず怒りが込み上げてくるのだから。
「ヤることないんだったら、昼から一緒にヤらねぇ?」
やるって一体何を? 言い方が雑なので、なんの事やらと思ったのだが、確か山センたちは『部活』をする為に残留しているんだったと思い出し、少し興味が湧いたので何部なのか聞いてみた。
「一応、茶道部」
意外すぎる答えに思わず「は?」と先輩相手に言ってはいけない声が上がる。園芸部に文芸部、そんでもって茶道部とは、圏ガクにあるまじき実に文化的な先輩方だった。見た目だけで判断するのはどうかと思うが、山センや矢野が畳の上で抹茶を啜っている姿は、どう頑張ってもコントにしか見えない。
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