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圏ガクの夏休み
強襲
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昨日は余裕のあった車内も、今日は満員だ。そう……満員、満席。
昨日と同様に運転席の真後ろに陣取ったのはいいが、今日は隣に嫌がらせのように香月が座っている。余所へ行けと言いたいが、余所には空いた座席がないので、オレが我慢する以外にないのだ。
小吉さんと違い、がたいのいい香月と並ぶと、ワザとでなくても肩や腕が当たる。朝っぱらから汗を吹き出す男と密着なぞ御免で、窓にへばり付くよう体を斜めにして避けるが、こちらが意識すればするほどに香月はニタリと笑いやがる。
「全員乗ったなー。出発するぞー」
小学生の遠足のような中島の声かけに、車内の雰囲気もゆるく、緊張感の欠片もない。夏休みだからだろうか、それとも本人の気性か、ざわつく生徒を注意もせず、鼻歌交じりに穏やかな運転を披露する中島。本当だったら喜ぶべき安全な道中なのだが、嫌な予感が膨らんでいくのを止められなかった。
空中というショートカットを利用しないバスは、当然のように速度は落ちる。隣に無駄に蒸気を垂れ流す圧迫感の塊である香月が座っているので余計に思うのかもしれないが、なかなかバスは順調に進んでくれない。昨日と一昨日が普通じゃなかったと言えばそうなのだが、この中島は圏ガクの教師に必須の運転スキルを身に付けていないのは明白で、オレは文句の付け所のない安全運転に苛々していた。
例え慎重な運転だろうと道は変わらない、舗装されていない山道だ。車体ごと空中を舞う事はなくとも、石や木の根が張り出した上を走っているせいで、車内はどうしても揺すぶられる。その度に香月の体がわざとらしく押しつけられて、不快感で死にそうになっていた。
「悪いな、夷川。お前を押し潰す所だったな」
本当だったら、今すぐにでも蹴り飛ばしたいが、不利すぎる状況に涙をのんで、必死になって自分を抑えつけた。ギリギリと奥歯を噛んで堪え忍ぶオレを、内心嘲笑っているであろう香月は、座り直そうと腰を少し上げ「おっと」と芝居がかった声を出し、オレの方へと手を伸ばしてきた。狭い座席の中で避ける事など出来ず、香月の手はオレの足へ太ももへと突き出される。
「っ! 触るな!」
ジワリと布ごしに奴の体温を感じて、背筋がゾクッと震え、反射的にその手をはたき落とす。その勢いで睨み付けると、香月の作り物めいた表情は消え、のっぺりとした無表情が目に入った。
「お前……」
表情と同じくらい感情の読み取れない声でボソリと呟き、再びオレの足に香月の手が叩きつけられた。香月は容赦のない力加減で足を掴むと、心底気色の悪い笑みを浮かべ
「…………見ただろ」
オレを戦慄させる一言を口にした。
その一言で脳裏に再生される。向田の悲惨な姿、昨日見てしまった映像を思い出し、喉の奥で言葉が詰まった。動揺が表に出てしまった事で、一瞬パニックに陥る。取り繕わないと、香月の言葉を肯定する事になる。いや、もう遅い。
畳み込まれると身構えたが、何故か香月もオレと同じように言葉を失っていた。掴まれた足に食い込む指は、力が入りすぎているのかブルブルと震えている。一瞬浮かんだ気色悪い笑みは引っ込み、明らかに怒りの表情がオレの虚勢と対峙する。オレを見ているのか分からない虚ろな目とは裏腹に、顔色は徐々に紅潮していくのに、何故か唇だけは血の気を失ったかのように白く、ブツブツと何かを呟いている。
「お前がいたから、ヒロトがあんな目に遭ったんだ。お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで」
漏れ聞こえてくる声が、しっかりと聞き取れてしまいオレの中で何かがプツリと切れた。バスの揺れなんて気にしていられなかった。この場から逃げないと、そう本能的に体が動いたのだ。
「おぉっとー、こりゃ失礼」
後先考えず立ち上がったせいだが、タイミング悪くバスが何かに乗り上げたらしく、大きく揺れて天井で頭を強打してしまった。中島の苛つく独り言を耳に入れながら、頭を抱えて席に戻ると、さっきまであった香月の手は離れ、視線もこちらを向いてはいなかった。異常に近かった香月との距離も正常に戻り、何を企んでいるのか不安になってしまい、その横顔をチラリと盗み見たが、そこにはなんの感情も見て取れず、ただただ居心地の悪い空気だけが残っていた。
得体の知れない雰囲気を纏うようになった香月との相席は、汗をなすりつけられていた時よりも辛い時間になった。運転席から聞こえてくる調子外れの鼻歌と背後のざわつきの間で、黙りこくり微動だにしなくなった香月は、否が応でもオレに緊張感を抱かせたのだ。気を抜くと、その手が自分の首に伸びてくるような、目に見えない刃物でも突きつけられているような、そんな剣呑な空気に当てられて、バスを降りる頃にはすっかり疲弊してしまった。
一日が始まる前からグッタリしていようと、与えられる仕事のノルマは減ってくれたりしない。朝昼と飯を用意してくれる村主さんは、その分しっかりとオレらを労働力として見て下さるので、オレが少々疲れた顔をしていようと熱心な指導に手心は一切ない。引率が無駄に緩いせいか、生徒が増えたせいか、今日の村主さんは昨日ほんの少し垣間見せた鬼のような部分が全開だった。
何回もやり直しを言い渡されてようやく、昨日はずっと小吉さんがオレの気付かない間に色々フォローしてくれていた事を思い知る。小吉さんにかけていた負担を思うと申し訳なくて、折れかけていた心を気合いで元に戻し、必死でその日のノルマを完了させた。
もしかしたらと思ったのだが、小吉さんはまだ寝込んでいるらしく、部活組の中に姿は見えなかった。山センと矢野それから担任が加わり、盗人の箸から自分の取り分を死守する昼食が始まり、あっと言う間に半日が過ぎる。
「課題は明日に回して、今日は寝よう」
昼食の片付けをしながら独りごちる。午後の監督役も中島なら楽勝だろう。いや、担任が交代するなら、昼寝は無理か……。
「なぁ夷川……ちょっと話そうぜ」
どれだけ気が抜けているのか、自分の馬鹿さ加減に呆れる。馴れ馴れしく肩に手を置かれるまで、背後に誰か立っている事に気付けなかった。肩をグッと引き寄せられ、肌に感じる空気にじめっとしたものが混じり、そいつが香月である事に軽く舌打ちをする。手を払いのけて振り返ると、香月をはじめ生徒会一色の連中が勢揃いしていた。
「オレにはお前らと話す理由なんてない」
距離を取りたくて、後ろへ下がると、すぐ壁にぶち当たってしまった。
「まあ、そうだよな。お利口な夷川は、ちゃぁーんと予習もしたみたいだしなぁ? 説明はいらないか」
ジリジリと迫ってくる包囲網。視線だけを動かし逃げ出せる場所を探す。扉は遠い、廊下側の窓も同じく。
「アレと同じ事をしてやろうと思ってさ……本当だったら、あの上に上書きしてヒロトにプレゼントするつもりだったんだよ、あのカメラ」
アレ、上書き、カメラ。単語が耳に入ってくる度に、あの映像がフラッシュバックして、嫌悪感が喉元を駆け上がってくる。
「ヒロトを犯した奴らはさぁ、もう一度、生徒会に入り直してもらったんだぜ。まあ、肝心な奴を一人逃がしたけどな」
どいつもこいつも、気色の悪い目つきで、ニヤニヤと笑っている。頭の芯が痛くなってきた。
「あいつが何処かへ逃げたのも、お前が関わってるらしいじゃないか。ほんっとに余計な事してくれたよ。でも、気に病む事なんてないぞ。お前には、笹倉の分も上乗せして愉しませてもらうからさ」
香月の声は、右から左に聞き流すだけでも不快で、取り巻きの浮ついた雰囲気もそれを倍増させてくれる。疲れと満腹感で、山センたちや歯抜け共が、精勤に課外活動へ向かった事を見落としてしまった。自分の落ち度に溜め息を一つ吐く。
「向田の事も、笹倉の事も知らねぇよ」
アレはオレのせいじゃないと言ってくれた。香月の言葉より小吉さんの言葉の方がずっと重たい。膨れ上がったネガティブな感情の中、不快感や嫌悪感は拭い去れなかったが、罪悪感だけは外へと蹴り出す事が出来た。
何が悲しくて、このクソ暑苦しい中、むさ苦しい男に盛られにゃならんのだ。揃いも揃って見苦しい顔晒しやがって……胸糞悪い目でオレを見るな。
「いいねぇ、その顔だよ。それをグチャグチャにしてこそ、ヒロトが喜ぶってもんだ!」
腹を抱えて笑い出した香月は、スマホを取り出すとレンズをオレの方へと向けてきた。カッとなって香月の手元を蹴り上げると、上手い具合につま先が角にかすり、スマホは無造作に床へと落ちる。
即座に飛び掛かってくるのではと、頭より先に動いてしまった足を引っ込めて身構えたが、香月はゆっくりとした動作で床に落ちたスマホを拾い上げて、壊れていないか確認し始めた。
「お前が従順になっていく様をヒロトにも見せてやりたかったんだけどなぁ……」
一通り確認し終えたのかスマホをしまい、顔を上げた香月と目が合う。
「しょうがない、残念だが過程は省こう」
洒落にならない状況なんだと思い知る。目配せ一つで、取り巻きが動き出す。邪魔が入らないように見張り役だろうか、扉に一人走って行く。
「ヒロトには、完全にぶっ壊れたお前をやることにするよ」
自習が始まるまで、まだ休憩時間が三十分近く残っている。それまで教師は来ない……なんの用事もないんだから、絶対に誰も来ない。
「でも、まずは反抗的な態度で頼むぜ、夷川。掘られながら情けなく喚け! ああ、間違っても泣くなよ、興醒めするからさぁ!」
誰も来ないなら、呼べばいい!
壁際に置かれていた椅子を掴み、香月たちを牽制するように振り回す。オレを拘束しようと近寄って来ていた数人が、椅子を避けて数歩後退る。例え何を振り回そうと、この人数を捌くのは不可能だ。皆元やスバルと真正面からやり合う連中には、オレ一人なんて物の数にも入らないだろうからな。どれだけ粘ろうと五分も保たない自信がある。
だから、椅子を振り回しながら勢いをつける。そして、誰にもぶち当てないよう、狙いを定めて手を離した。
嬲る側の余裕を見せていた香月の顔が歪む。それを椅子が窓ガラスを派手にぶち破り、地面に叩きつけられる音を聞きながら見ていた。
昨日と同様に運転席の真後ろに陣取ったのはいいが、今日は隣に嫌がらせのように香月が座っている。余所へ行けと言いたいが、余所には空いた座席がないので、オレが我慢する以外にないのだ。
小吉さんと違い、がたいのいい香月と並ぶと、ワザとでなくても肩や腕が当たる。朝っぱらから汗を吹き出す男と密着なぞ御免で、窓にへばり付くよう体を斜めにして避けるが、こちらが意識すればするほどに香月はニタリと笑いやがる。
「全員乗ったなー。出発するぞー」
小学生の遠足のような中島の声かけに、車内の雰囲気もゆるく、緊張感の欠片もない。夏休みだからだろうか、それとも本人の気性か、ざわつく生徒を注意もせず、鼻歌交じりに穏やかな運転を披露する中島。本当だったら喜ぶべき安全な道中なのだが、嫌な予感が膨らんでいくのを止められなかった。
空中というショートカットを利用しないバスは、当然のように速度は落ちる。隣に無駄に蒸気を垂れ流す圧迫感の塊である香月が座っているので余計に思うのかもしれないが、なかなかバスは順調に進んでくれない。昨日と一昨日が普通じゃなかったと言えばそうなのだが、この中島は圏ガクの教師に必須の運転スキルを身に付けていないのは明白で、オレは文句の付け所のない安全運転に苛々していた。
例え慎重な運転だろうと道は変わらない、舗装されていない山道だ。車体ごと空中を舞う事はなくとも、石や木の根が張り出した上を走っているせいで、車内はどうしても揺すぶられる。その度に香月の体がわざとらしく押しつけられて、不快感で死にそうになっていた。
「悪いな、夷川。お前を押し潰す所だったな」
本当だったら、今すぐにでも蹴り飛ばしたいが、不利すぎる状況に涙をのんで、必死になって自分を抑えつけた。ギリギリと奥歯を噛んで堪え忍ぶオレを、内心嘲笑っているであろう香月は、座り直そうと腰を少し上げ「おっと」と芝居がかった声を出し、オレの方へと手を伸ばしてきた。狭い座席の中で避ける事など出来ず、香月の手はオレの足へ太ももへと突き出される。
「っ! 触るな!」
ジワリと布ごしに奴の体温を感じて、背筋がゾクッと震え、反射的にその手をはたき落とす。その勢いで睨み付けると、香月の作り物めいた表情は消え、のっぺりとした無表情が目に入った。
「お前……」
表情と同じくらい感情の読み取れない声でボソリと呟き、再びオレの足に香月の手が叩きつけられた。香月は容赦のない力加減で足を掴むと、心底気色の悪い笑みを浮かべ
「…………見ただろ」
オレを戦慄させる一言を口にした。
その一言で脳裏に再生される。向田の悲惨な姿、昨日見てしまった映像を思い出し、喉の奥で言葉が詰まった。動揺が表に出てしまった事で、一瞬パニックに陥る。取り繕わないと、香月の言葉を肯定する事になる。いや、もう遅い。
畳み込まれると身構えたが、何故か香月もオレと同じように言葉を失っていた。掴まれた足に食い込む指は、力が入りすぎているのかブルブルと震えている。一瞬浮かんだ気色悪い笑みは引っ込み、明らかに怒りの表情がオレの虚勢と対峙する。オレを見ているのか分からない虚ろな目とは裏腹に、顔色は徐々に紅潮していくのに、何故か唇だけは血の気を失ったかのように白く、ブツブツと何かを呟いている。
「お前がいたから、ヒロトがあんな目に遭ったんだ。お前のせいで、お前のせいで、お前のせいで」
漏れ聞こえてくる声が、しっかりと聞き取れてしまいオレの中で何かがプツリと切れた。バスの揺れなんて気にしていられなかった。この場から逃げないと、そう本能的に体が動いたのだ。
「おぉっとー、こりゃ失礼」
後先考えず立ち上がったせいだが、タイミング悪くバスが何かに乗り上げたらしく、大きく揺れて天井で頭を強打してしまった。中島の苛つく独り言を耳に入れながら、頭を抱えて席に戻ると、さっきまであった香月の手は離れ、視線もこちらを向いてはいなかった。異常に近かった香月との距離も正常に戻り、何を企んでいるのか不安になってしまい、その横顔をチラリと盗み見たが、そこにはなんの感情も見て取れず、ただただ居心地の悪い空気だけが残っていた。
得体の知れない雰囲気を纏うようになった香月との相席は、汗をなすりつけられていた時よりも辛い時間になった。運転席から聞こえてくる調子外れの鼻歌と背後のざわつきの間で、黙りこくり微動だにしなくなった香月は、否が応でもオレに緊張感を抱かせたのだ。気を抜くと、その手が自分の首に伸びてくるような、目に見えない刃物でも突きつけられているような、そんな剣呑な空気に当てられて、バスを降りる頃にはすっかり疲弊してしまった。
一日が始まる前からグッタリしていようと、与えられる仕事のノルマは減ってくれたりしない。朝昼と飯を用意してくれる村主さんは、その分しっかりとオレらを労働力として見て下さるので、オレが少々疲れた顔をしていようと熱心な指導に手心は一切ない。引率が無駄に緩いせいか、生徒が増えたせいか、今日の村主さんは昨日ほんの少し垣間見せた鬼のような部分が全開だった。
何回もやり直しを言い渡されてようやく、昨日はずっと小吉さんがオレの気付かない間に色々フォローしてくれていた事を思い知る。小吉さんにかけていた負担を思うと申し訳なくて、折れかけていた心を気合いで元に戻し、必死でその日のノルマを完了させた。
もしかしたらと思ったのだが、小吉さんはまだ寝込んでいるらしく、部活組の中に姿は見えなかった。山センと矢野それから担任が加わり、盗人の箸から自分の取り分を死守する昼食が始まり、あっと言う間に半日が過ぎる。
「課題は明日に回して、今日は寝よう」
昼食の片付けをしながら独りごちる。午後の監督役も中島なら楽勝だろう。いや、担任が交代するなら、昼寝は無理か……。
「なぁ夷川……ちょっと話そうぜ」
どれだけ気が抜けているのか、自分の馬鹿さ加減に呆れる。馴れ馴れしく肩に手を置かれるまで、背後に誰か立っている事に気付けなかった。肩をグッと引き寄せられ、肌に感じる空気にじめっとしたものが混じり、そいつが香月である事に軽く舌打ちをする。手を払いのけて振り返ると、香月をはじめ生徒会一色の連中が勢揃いしていた。
「オレにはお前らと話す理由なんてない」
距離を取りたくて、後ろへ下がると、すぐ壁にぶち当たってしまった。
「まあ、そうだよな。お利口な夷川は、ちゃぁーんと予習もしたみたいだしなぁ? 説明はいらないか」
ジリジリと迫ってくる包囲網。視線だけを動かし逃げ出せる場所を探す。扉は遠い、廊下側の窓も同じく。
「アレと同じ事をしてやろうと思ってさ……本当だったら、あの上に上書きしてヒロトにプレゼントするつもりだったんだよ、あのカメラ」
アレ、上書き、カメラ。単語が耳に入ってくる度に、あの映像がフラッシュバックして、嫌悪感が喉元を駆け上がってくる。
「ヒロトを犯した奴らはさぁ、もう一度、生徒会に入り直してもらったんだぜ。まあ、肝心な奴を一人逃がしたけどな」
どいつもこいつも、気色の悪い目つきで、ニヤニヤと笑っている。頭の芯が痛くなってきた。
「あいつが何処かへ逃げたのも、お前が関わってるらしいじゃないか。ほんっとに余計な事してくれたよ。でも、気に病む事なんてないぞ。お前には、笹倉の分も上乗せして愉しませてもらうからさ」
香月の声は、右から左に聞き流すだけでも不快で、取り巻きの浮ついた雰囲気もそれを倍増させてくれる。疲れと満腹感で、山センたちや歯抜け共が、精勤に課外活動へ向かった事を見落としてしまった。自分の落ち度に溜め息を一つ吐く。
「向田の事も、笹倉の事も知らねぇよ」
アレはオレのせいじゃないと言ってくれた。香月の言葉より小吉さんの言葉の方がずっと重たい。膨れ上がったネガティブな感情の中、不快感や嫌悪感は拭い去れなかったが、罪悪感だけは外へと蹴り出す事が出来た。
何が悲しくて、このクソ暑苦しい中、むさ苦しい男に盛られにゃならんのだ。揃いも揃って見苦しい顔晒しやがって……胸糞悪い目でオレを見るな。
「いいねぇ、その顔だよ。それをグチャグチャにしてこそ、ヒロトが喜ぶってもんだ!」
腹を抱えて笑い出した香月は、スマホを取り出すとレンズをオレの方へと向けてきた。カッとなって香月の手元を蹴り上げると、上手い具合につま先が角にかすり、スマホは無造作に床へと落ちる。
即座に飛び掛かってくるのではと、頭より先に動いてしまった足を引っ込めて身構えたが、香月はゆっくりとした動作で床に落ちたスマホを拾い上げて、壊れていないか確認し始めた。
「お前が従順になっていく様をヒロトにも見せてやりたかったんだけどなぁ……」
一通り確認し終えたのかスマホをしまい、顔を上げた香月と目が合う。
「しょうがない、残念だが過程は省こう」
洒落にならない状況なんだと思い知る。目配せ一つで、取り巻きが動き出す。邪魔が入らないように見張り役だろうか、扉に一人走って行く。
「ヒロトには、完全にぶっ壊れたお前をやることにするよ」
自習が始まるまで、まだ休憩時間が三十分近く残っている。それまで教師は来ない……なんの用事もないんだから、絶対に誰も来ない。
「でも、まずは反抗的な態度で頼むぜ、夷川。掘られながら情けなく喚け! ああ、間違っても泣くなよ、興醒めするからさぁ!」
誰も来ないなら、呼べばいい!
壁際に置かれていた椅子を掴み、香月たちを牽制するように振り回す。オレを拘束しようと近寄って来ていた数人が、椅子を避けて数歩後退る。例え何を振り回そうと、この人数を捌くのは不可能だ。皆元やスバルと真正面からやり合う連中には、オレ一人なんて物の数にも入らないだろうからな。どれだけ粘ろうと五分も保たない自信がある。
だから、椅子を振り回しながら勢いをつける。そして、誰にもぶち当てないよう、狙いを定めて手を離した。
嬲る側の余裕を見せていた香月の顔が歪む。それを椅子が窓ガラスを派手にぶち破り、地面に叩きつけられる音を聞きながら見ていた。
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