『記憶の中で』

篠崎俊樹

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第2話。

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 紘一は馬鹿だった。大学は、一流私大の英文科だけど、能は何もない。俺も呆れていた。老父の馬鹿さぶりに。
『希望の家』を絶望と言ってやったのも、職員が何もしないからだ。実際、絶望だった。父は、そこに、週二で通所していたが、職員も、みんな遠巻きにしていた。
 俺にとって、生きている舞子は、最高の妻だった。紘一の馬鹿さを見抜く目は、もちろんある。
「あの人、どうしようか?」
 妻が訊いてきたので、適当に、
「姥捨てでいいじゃん?二度と出てこらないようにしてやろうよ。あの馬鹿ジジイを」
 と言って返す。俺の言い方にも、相当毒があった。実際、俺にとって、生長らえている妻は愛しい。逆に言えば、馬鹿ジジイを抜けない紘一は、どうだっていいのだった。
「賢、寝る暇ある?」
「寝る暇?」
「うん。疲れてるよね?あたしも分かる気がする」
 舞子はゆっくりと頷き、俺の目を見た。実際、俺は疲れている。仕事があまりにもハードで、疲労していた。
 俺は、妻から賢と呼ばれていた。名前だ。俺は呼ばれ方をいろいろ考えていたが、舞子は名前で呼んでくる。
 実際、大変だった。作品を自力で書く。そして、添付ファイルで入稿する。疲労は、極度になっていた。ミステリーを書く時の俺は、実際、血眼になって、トリックを考え、ディテールを弄り、校正する。俺にとって、原稿は命だった。また、命に違いないのだ。ホラーを書く時は、サイコ度を高める。実際、参るのだった。原稿を弄っていれば、実際、忙しくなる。不足はない。また、あるわけもない。
 老父の引きこもりぶりは、堂に入っていた。また、堂に入るに決まっている。実際、誰も相手しない。紘一は終わりだ。もう、再起不能に陥っている。
 俺が売れないまでも、作家としての仕事を進めるにつれ、父は追い込まれていった。実際、その通りだ。上から目線で、他人の邪魔ばかりする馬鹿ジジイ。手のつけようはないのだった。これが全てだ。引きこもり老人の。また、俺が思うに、紘一は面白くも、何ともない。単なるレビー小体型認知症の認知老人。みんな、そう思っている。みんな嫌いだ。父のことを。実際、誰も相手しない。また、するわけもない。引きこもりに人権などない。この街の人は、みんな、そう思っている。嫌うじゃ済まない。また、済むわけもない。(以下次号)
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