『逆行。』

篠崎俊樹

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第2話。

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「昨夜、東京都渋谷区の住宅街のマンション一室で、男性の絞殺死体が発見され、警視庁渋谷中央署は、殺人容疑で捜査本部を設置、捜査を開始しました」
 代々木南署刑事課フロア中央の大型テレビに、さっきから噛り付いているのは、八田英造警部補と、部下の芳賀卓夫巡査部長だ。二人とも、さっきから、ずっとテレビを見つめている。事件の一端だけは、ニュースで理解できた。
「被害者は君島重三さん、六十歳。君島さんは、都内の関陽銀行専務取締役を勤めており……」
 ニュースが、延々流れ続ける。かなり、情報が掴めてきた。これは、大事件だと分かる。
「おいおい、大物じゃないか。今回の害者」
 八田がそう言いながら、コーヒーを注ぎ、飲む。ブラックで淹れて、糖分は控えていた。昼間だから、目覚ましにいい。
「どう見ても、動機は怨恨でしょうね?」
 芳賀がニュースを見ながら言うと、八田が、
「君はそう思うか?」
 と疑問を呈した。何か、含みや思惑があるらしい。裏を嗅いだなと、芳賀は思った。
「ええ。私はそう見て、いいと思います」
 芳賀がストレートに返すと、八田が軽く頷き、その後、小首を傾げて、言った。
「でも、もうちょっと、証拠出ないと分かんないよ。今回は」
 その言葉に、偽りとか、勘の外れというものはない。どうやら、長年、現場を這いずり回ったデカの勘だ。紛れもなく、当たっている。
「芳賀君。事件は生もの。何があるか、分かんないから」
 これが捜査方針の第一だ。慎重姿勢を崩さない。また、万全を期して、臨んでいる。
「警部補の見解は、少し慎重すぎやしませんかね?今回はこの状況だと、一気にイケるって私は踏んでるんですけど……」
 芳賀のそんな言葉を戒めるように、八田が返した。
「だがね、この事件は、種も仕掛けもない、ただの殺し。事態が悪くなることはない。渋谷中央署の方に任せときゃいいの。ウチは管轄外だからね」
 一転、楽観的姿勢に転じた。ちょうど、この初夏の、天気予報のように裏腹だ。
「でも、隣の署だから、捜査協力依頼とかあれば」
「その時はその時さ。協力するよ。お隣の誼で」
「それもそうですね」
「そうだよ。じゃあ、仕事、仕事」
 リモコンの電源スイッチを押して、テレビを切る。
 署員一同、持ち場に付いて、その日の仕事に取り掛かった。デカ部屋は、今日も賑やかに動く。これが、所轄の雰囲気だ。タバコの吸い殻も、灰皿に溢れ返っている。
 八田さんは甘いなという思いを、芳賀は捨て切れなかった。あらゆる可能性を取捨選択していくのが、事件捜査の段取りの基本だ。
 部下の予感が的中する。これは、読み通りなのだった。この事件を発端に、あんな大惨事が起こりうるとは、そのときの芳賀以外、誰も考え付かなかった。また、考え付いても、警察の慣例である縦割りの仕組みで、封殺される。警察社会の悪い体質そのものだった。
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