10 / 64
第10話。
しおりを挟む
10
代々木南署の捜査会議は、その夜も徹夜で続けられた。深夜のフロアは、シーンと静まり返っている。警察官だけが着席して、ゆっくりと会議に臨席していた。言葉は、次々と出てくるが、大抵の意見は、君島次郎、つまり、ジミーを検挙すべきだという意見だった。
八田も、冷徹に主張する。自説を。その冷徹な主張に、誰もが黙らざるを得ない。また、黙っているだろう。別に、臨席している誰もが思う。長年、刑事をやっている人間には、かなわないと。
かねてより、八田と相性の悪い矢島が言い返した。キャリアは、それ相応のプライドと矜持を持っている。それが、次の言葉を吐かせた。
「君島次郎は、どう見てもシロだ。事件に関与している可能性は、極めて薄い。何度言ったら、分かるんだ、八田君?」
強気だ。でも、それが強硬主張であることを、皆承知していた。でも、誰も言い返さない。また、キャリアである以上、言い返せない。
「しかし現に、次郎は、事件前夜から行方をくらましてます。渋谷の殺人現場となった自宅マンションからいなくなってるんです。普通に考えても、次郎が何か事情を知っていると見るのが妥当でしょう」
だが、八田の極めて真っ当な意見は、孤立無援状態だった。誰もが矢島に睨まれることを思ってか、味方しようとしない。ヒラの警察官の弱みだ。皆、キャリア組に睨まれることを恐れている。これが、警察社会の実態だ。皆、上に対して、恐々としている。
ただ一人、芳賀卓夫だけは、八田の意見に賛成という風に、頻りに頷いている。しかし芳賀とて、会議そのものをひっくり返すような有力な物証を得たわけではなく、弱い立場にいるのは依然として変わらなかった。所詮、ヒラはヒラで、意見の打診など、できないのだ。
深夜の会議は、格好の居眠り場だった。さっきから、係長級の参加者がほとんど眠ってしまっている。彼らは、大事な捜査をヒラの警察官に丸投げして、自分たちは居眠りで誤魔化そうとしているのだ。これが、実態だった。警察の信頼が、地に堕ちてきているのも、頷ける。
芳賀がコーヒーを飲みに、署のフロア出入口にある自販機の方へと向かった。どうやら、深夜の会議で、眠たいらしい。自然だろう。実際、刑事だって、徹夜すると、眠気を極度に催す。芳賀は会議室を出て行った。
矢島が、眠くてたまらないといった風に、手で顔を擦りながら、
「捜査は付近の聞き込みと、鑑識の臨場による状況証拠調査の二点に的を絞る。いいか、君島次郎はシロだ。やつのことは相手するな!それよりも入念な聞き込みと、証拠の洗い出しを全力でやってくれ!以上。散会」
と言って、捜査会議を〆た。だが、八田は納得がいかない。それもそうだろう。ヒラの警官にとって、キャリア組に逆らうことほど、恐ろしくて、怖いことはないからだ。実際、警官たちは皆、そう思っていた。矢島は、まかり間違っても、東大法学部卒のエリートだ。逆らえば、タダじゃすまない。
八田が「上野署長に、例のICレコーダー渡します」と言って、楯突くと、矢島は平気で言い返した。怖くも何ともないといった感じでである。
「ほう。……で、何か反応があるとでも?」
キャリア組の言い方は、上からの圧力だ。実際、上層部は、上から指示して、すべて、丸め込んでしまう。その場にいる警察官たちも、別にいいと思った。背いたところで、大して、何もないからだ。
矢島は、言葉を重ねた。俺の方が正しいだろ?と言わんばかりに、である。
「証拠にはならんよ。君、身分というものを考えてから、モノを言いなさい。これ以上、楯突いたら、僕は本当に君を許さないからね」
実力行使である。実際、キャリア組にとって、ヒラの警官を、一人か、二人、事情や言い訳を付けて、更迭するぐらい、わけないからだ。
それでも、八田はしつこく意見しようとした。それに対し、矢島が、
「八田君、これ以上僕に意見すれば、君には捜査から外れてもらうよ。君は一警部補で、僕は課長なんだからね」
と言って、ニヤリと笑った。これは、ある意味、ダメ押しだ。しつこいぐらい、念を押して、黙らせる。八田は、グーの音も出なかったし、仕方ないな、と思っているのだった。実際、そうだ。キャリア組にとって、警官を右や左に動かすぐらい、わけがない。また、あるわけもない。
しかし、例のICレコーダーは貴重な物証で、いざという時、捜査において、決定打になる。絶対に署長には渡さないとな、と、思いながら、八田は、深夜の薄暗い会議室を出ていった。これが、警察社会の現実だ。また、現実でもあるし、難しい事実なのだ。
代々木南署の捜査会議は、その夜も徹夜で続けられた。深夜のフロアは、シーンと静まり返っている。警察官だけが着席して、ゆっくりと会議に臨席していた。言葉は、次々と出てくるが、大抵の意見は、君島次郎、つまり、ジミーを検挙すべきだという意見だった。
八田も、冷徹に主張する。自説を。その冷徹な主張に、誰もが黙らざるを得ない。また、黙っているだろう。別に、臨席している誰もが思う。長年、刑事をやっている人間には、かなわないと。
かねてより、八田と相性の悪い矢島が言い返した。キャリアは、それ相応のプライドと矜持を持っている。それが、次の言葉を吐かせた。
「君島次郎は、どう見てもシロだ。事件に関与している可能性は、極めて薄い。何度言ったら、分かるんだ、八田君?」
強気だ。でも、それが強硬主張であることを、皆承知していた。でも、誰も言い返さない。また、キャリアである以上、言い返せない。
「しかし現に、次郎は、事件前夜から行方をくらましてます。渋谷の殺人現場となった自宅マンションからいなくなってるんです。普通に考えても、次郎が何か事情を知っていると見るのが妥当でしょう」
だが、八田の極めて真っ当な意見は、孤立無援状態だった。誰もが矢島に睨まれることを思ってか、味方しようとしない。ヒラの警察官の弱みだ。皆、キャリア組に睨まれることを恐れている。これが、警察社会の実態だ。皆、上に対して、恐々としている。
ただ一人、芳賀卓夫だけは、八田の意見に賛成という風に、頻りに頷いている。しかし芳賀とて、会議そのものをひっくり返すような有力な物証を得たわけではなく、弱い立場にいるのは依然として変わらなかった。所詮、ヒラはヒラで、意見の打診など、できないのだ。
深夜の会議は、格好の居眠り場だった。さっきから、係長級の参加者がほとんど眠ってしまっている。彼らは、大事な捜査をヒラの警察官に丸投げして、自分たちは居眠りで誤魔化そうとしているのだ。これが、実態だった。警察の信頼が、地に堕ちてきているのも、頷ける。
芳賀がコーヒーを飲みに、署のフロア出入口にある自販機の方へと向かった。どうやら、深夜の会議で、眠たいらしい。自然だろう。実際、刑事だって、徹夜すると、眠気を極度に催す。芳賀は会議室を出て行った。
矢島が、眠くてたまらないといった風に、手で顔を擦りながら、
「捜査は付近の聞き込みと、鑑識の臨場による状況証拠調査の二点に的を絞る。いいか、君島次郎はシロだ。やつのことは相手するな!それよりも入念な聞き込みと、証拠の洗い出しを全力でやってくれ!以上。散会」
と言って、捜査会議を〆た。だが、八田は納得がいかない。それもそうだろう。ヒラの警官にとって、キャリア組に逆らうことほど、恐ろしくて、怖いことはないからだ。実際、警官たちは皆、そう思っていた。矢島は、まかり間違っても、東大法学部卒のエリートだ。逆らえば、タダじゃすまない。
八田が「上野署長に、例のICレコーダー渡します」と言って、楯突くと、矢島は平気で言い返した。怖くも何ともないといった感じでである。
「ほう。……で、何か反応があるとでも?」
キャリア組の言い方は、上からの圧力だ。実際、上層部は、上から指示して、すべて、丸め込んでしまう。その場にいる警察官たちも、別にいいと思った。背いたところで、大して、何もないからだ。
矢島は、言葉を重ねた。俺の方が正しいだろ?と言わんばかりに、である。
「証拠にはならんよ。君、身分というものを考えてから、モノを言いなさい。これ以上、楯突いたら、僕は本当に君を許さないからね」
実力行使である。実際、キャリア組にとって、ヒラの警官を、一人か、二人、事情や言い訳を付けて、更迭するぐらい、わけないからだ。
それでも、八田はしつこく意見しようとした。それに対し、矢島が、
「八田君、これ以上僕に意見すれば、君には捜査から外れてもらうよ。君は一警部補で、僕は課長なんだからね」
と言って、ニヤリと笑った。これは、ある意味、ダメ押しだ。しつこいぐらい、念を押して、黙らせる。八田は、グーの音も出なかったし、仕方ないな、と思っているのだった。実際、そうだ。キャリア組にとって、警官を右や左に動かすぐらい、わけがない。また、あるわけもない。
しかし、例のICレコーダーは貴重な物証で、いざという時、捜査において、決定打になる。絶対に署長には渡さないとな、と、思いながら、八田は、深夜の薄暗い会議室を出ていった。これが、警察社会の現実だ。また、現実でもあるし、難しい事実なのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
靴屋の娘と三人のお兄様
こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!?
※小説家になろうにも投稿しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる