『逆行。』

篠崎俊樹

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第11話。

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     11
 翌朝、八田は、署長室に上野を訪ねた。室内は薄暗く、上野は椅子に座り、机の上の書類を見ている。元々、上の人間たちは、いい加減で、適当なのだ。いろんな刑事が、警察社会にはいるのだが、上野は、その中でも、別に大したことはできない人間なのだ。署長というのだって、実際はお飾りなのだ。椅子にふんぞり返って、威張り散らす辺り、およそ、所轄という場所には相応しくない。
“こんな人間のクズが、自分たちの上にいるのか?”
 八田は、失望以上の感情を、禁じ得なかった。実際、ヒラの刑事にとって、上層部の人間たちは煙たい存在なのだ。警察社会に在籍する刑事たちは、皆、そう思っている。
「君が提出したICレコーダー、音響班に協力してもらって、詳しく解析してる最中だ」と上野が切り出した。しかし、言葉を重ねて、続けた。
「あれじゃあ、何の証拠にもならん。実際、君島次郎がどんなに親に反発していたとしても、殺しに至るまでの確証や肝心の動機すら、持てやしない。それに彼は、単なる引きこもりだ。とてもじゃないが、親を殺して逃亡の線は考えにくい」
 と、重ねて言い添える。それに、続けた。
「君は、その手の人間に対して、偏見を持ってるだろ?そういう人間たちを、半ば犯罪予備軍扱いしてるのは、実際のところ、君たち現役警察官の方じゃないか?」
「まあ、そうかもしれませんが……」
「君の態度は、単なる差別だよ!」
 どうやら八田は、上野までをも、敵に回してしまったようである。実際、敵に回すことほど、怖いことはない。そこにいる警察官たちは、皆、怖がった。実際、怖がるだろう。背けば、もう、後がないからだ。実際、上司を怒らせることほど、恐ろしいことはないからだ。そして、上野は止めを刺した。
「出ていけ!君のような人間を見てると、不愉快だ!」
 これは、本音のようだ。実際、上野はブチ切れた。また、ブチ切れるに決まっている。そこにいる、他の警察官たちも、皆、上司を怖がっているし、実際、怖い。
 八田が、黙って署長室を出ていく。実際、出ていかざるを得ない。言われてしまえば、確かにそうだ。この部屋に、居場所などない。もちろん、八田は、事態が難しいと思った。この事態は、打開し辛い。
 しかし彼は拳を固め、力を込めていた。君島を絶対、意地に掛けてでも、挙げてみせる。意地に賭けてでも、と。実際、君島次郎を検挙するのは、そう難しくもない。また、難しいわけがない。それが、警察社会にとって、取り得る常套手段だった。別に、矢島のようなキャリア組にとっても、そういったことは、平気なのだった。そして、そんな矢先、次なる殺人が実行されようとしていた。
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