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第52話。
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その夜、八田から可奈に、連絡が行った。
「メルボルンの別荘街を当たってくれないか?」
「え?シドニーじゃないんですか?」
「うん。……志田君の発案でな」
「志田の?」
「ああ。……同時に先輩デカからの依頼でもある」
「分かりました」
可奈がすかさず、
「実は、私……」
と切り出して、見知らぬタクシー運転手に、犯人のデータを渡したことを話した。これは、言っておく必要がある。
「そうか?でもな――」
一呼吸置いて、八田が言った。
「それはそれで、俺はいいと思うよ。だって、いずれ手配されれば、分かることじゃないか?似顔絵とか、顔写真とか、個人情報とかって」
「じゃあ、私のやったことは、越権行為じゃないんですね?」
「ああ」
「よかった」
胸を撫で下ろした可奈が、宿泊先ホテルの部屋のリビングで、ミネラルウォーターのペットボトルを傾けて飲む。水分を取らないと、脱水症状になってしまう。
「じゃあ何かあったら、また連絡するよ。じゃあ」
「失礼します」
電話を切った後、空になったペットボトルをテーブルに置き、代わりに、ビールを飲み始めた。一人で飲み続ける。
そろそろ寝ようかな、と思っていた頃、ドアがコンコンとノックされた。
「はい。誰?」
「ルームサービスの者ですが……」
午前一時を回っているのに、変だ。しかし彼女は、興味津々な気持ちと怖いもの見たさの気持ちを相半ばさせて、ドアを開けた。
外には、二十代ぐらいの若い男娼が立っていた。
「何?」
「部屋間違えたかな?…失礼ですが、部屋番号お教え願えませんか?」
「七二四号室だけど」
「やっぱり合ってる。僕を指名していただいたのは、七二四号室のお客様です」
「そう?……でも、夜の生活お断り」
可奈がそう言って、扉を閉めた。
そして、また、アルコールを含み、ベッドに潜って、ストンと眠りに落ちた。明け方、夢を見る。暗い感じが、濃厚に漂う夢だった。ひときわ、不気味だ。
内容は、全身がシルエットで、こちらからはっきりとは見えない男が、自分をロープで雁字搦めに縛り、猿轡を咬ませて、銃口を差し向け、今にも引き金を引こうとする、というものだった。
抵抗できず「う……うーん」と轡越しに苦痛を漏らす彼女が、たちまち撃たれるところで、目が覚めた。
もう一眠りのつもりで、べッドへと潜り込む。しかし容赦なく、夜明けはやってくる。気付かないうちに、新たな一日が始まろうとしていた。
*
その日。
ベッドから起き出して身支度を整え部屋を出て、フロントで「今夜も泊まるから」と言い、ラウンジでモーニングコーヒーを一杯飲んだ可奈は、八田の指示通り、シドニー空港からメルボルンへと飛んだ。
同じ国内だが、距離が長い分、二時間以上は優に掛かる。
空港に降り立つと、ターミナル前でタクシーを一台拾った。
「この近くに、山荘の密集したところってある?」
「それなら、西の方にバララットっていう小さな街があるよ。そこは完全に山荘街だな」
「そこ行って」
「時間結構掛かるけど、いい?」
「ええ」
可奈が頷き、運転手が車を発進させる。
しばらくして、
「女の刑事さん?」
と運転手が訊いてきた。
「ええ、そうだけど」
「どこから来たの?」
「日本から」
「犯人追って?」
「うん」
「最初降りたのは?」
「シドニーだけど」
「そう。……多分ね、犯人シドニー近郊にいると思うよ。だってこんな街まで、普通来ないもん」
可奈が黒服のポケットの中で、ワッパと拳銃を交互に握り締めながら、
「空港戻って。時間の無駄だから」
と言った。
彼女は、八田の命令に背いたことになる。
*
飛行機でシドニーへと引き返した可奈は、前日泊まったホテルの部屋に戻ると、地図を広げた。
“志田の見当は、多分ハズレ”
彼女はシドニー郊外で、君島たちが潜伏していそうな場所を捜した。
結果として、リスゴーとバサースト、それにオレンジという場所が、潜伏候補地となった。
その日は結局、移動だけで時間が過ぎてしまった。
ホテルの部屋で缶ビールを呷る彼女は、八田たちに無断で、独自に捜査を展開することにした。
その夜、八田から可奈に、連絡が行った。
「メルボルンの別荘街を当たってくれないか?」
「え?シドニーじゃないんですか?」
「うん。……志田君の発案でな」
「志田の?」
「ああ。……同時に先輩デカからの依頼でもある」
「分かりました」
可奈がすかさず、
「実は、私……」
と切り出して、見知らぬタクシー運転手に、犯人のデータを渡したことを話した。これは、言っておく必要がある。
「そうか?でもな――」
一呼吸置いて、八田が言った。
「それはそれで、俺はいいと思うよ。だって、いずれ手配されれば、分かることじゃないか?似顔絵とか、顔写真とか、個人情報とかって」
「じゃあ、私のやったことは、越権行為じゃないんですね?」
「ああ」
「よかった」
胸を撫で下ろした可奈が、宿泊先ホテルの部屋のリビングで、ミネラルウォーターのペットボトルを傾けて飲む。水分を取らないと、脱水症状になってしまう。
「じゃあ何かあったら、また連絡するよ。じゃあ」
「失礼します」
電話を切った後、空になったペットボトルをテーブルに置き、代わりに、ビールを飲み始めた。一人で飲み続ける。
そろそろ寝ようかな、と思っていた頃、ドアがコンコンとノックされた。
「はい。誰?」
「ルームサービスの者ですが……」
午前一時を回っているのに、変だ。しかし彼女は、興味津々な気持ちと怖いもの見たさの気持ちを相半ばさせて、ドアを開けた。
外には、二十代ぐらいの若い男娼が立っていた。
「何?」
「部屋間違えたかな?…失礼ですが、部屋番号お教え願えませんか?」
「七二四号室だけど」
「やっぱり合ってる。僕を指名していただいたのは、七二四号室のお客様です」
「そう?……でも、夜の生活お断り」
可奈がそう言って、扉を閉めた。
そして、また、アルコールを含み、ベッドに潜って、ストンと眠りに落ちた。明け方、夢を見る。暗い感じが、濃厚に漂う夢だった。ひときわ、不気味だ。
内容は、全身がシルエットで、こちらからはっきりとは見えない男が、自分をロープで雁字搦めに縛り、猿轡を咬ませて、銃口を差し向け、今にも引き金を引こうとする、というものだった。
抵抗できず「う……うーん」と轡越しに苦痛を漏らす彼女が、たちまち撃たれるところで、目が覚めた。
もう一眠りのつもりで、べッドへと潜り込む。しかし容赦なく、夜明けはやってくる。気付かないうちに、新たな一日が始まろうとしていた。
*
その日。
ベッドから起き出して身支度を整え部屋を出て、フロントで「今夜も泊まるから」と言い、ラウンジでモーニングコーヒーを一杯飲んだ可奈は、八田の指示通り、シドニー空港からメルボルンへと飛んだ。
同じ国内だが、距離が長い分、二時間以上は優に掛かる。
空港に降り立つと、ターミナル前でタクシーを一台拾った。
「この近くに、山荘の密集したところってある?」
「それなら、西の方にバララットっていう小さな街があるよ。そこは完全に山荘街だな」
「そこ行って」
「時間結構掛かるけど、いい?」
「ええ」
可奈が頷き、運転手が車を発進させる。
しばらくして、
「女の刑事さん?」
と運転手が訊いてきた。
「ええ、そうだけど」
「どこから来たの?」
「日本から」
「犯人追って?」
「うん」
「最初降りたのは?」
「シドニーだけど」
「そう。……多分ね、犯人シドニー近郊にいると思うよ。だってこんな街まで、普通来ないもん」
可奈が黒服のポケットの中で、ワッパと拳銃を交互に握り締めながら、
「空港戻って。時間の無駄だから」
と言った。
彼女は、八田の命令に背いたことになる。
*
飛行機でシドニーへと引き返した可奈は、前日泊まったホテルの部屋に戻ると、地図を広げた。
“志田の見当は、多分ハズレ”
彼女はシドニー郊外で、君島たちが潜伏していそうな場所を捜した。
結果として、リスゴーとバサースト、それにオレンジという場所が、潜伏候補地となった。
その日は結局、移動だけで時間が過ぎてしまった。
ホテルの部屋で缶ビールを呷る彼女は、八田たちに無断で、独自に捜査を展開することにした。
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