君の行く末華となりゆく

松本きねか

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第1話

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時は平安、都が京都に遷都された後のこと。

これは、風変わりな一人の娘の恋物語。


春が間近に迫った冬も終わり。

都の賑やかな喧噪とは裏腹に、大通りを神妙な顔つきで歩く一人の女がいた。

年の頃は十六歳ほど。


立ち止まって、周りをキョロキョロと見回して、再びトボトボと歩き出す。

その女人は、名前を千尋という。
周りの者たちからは千の君と呼ばれていた。

実は、つい先日、下級役人であった父を亡くしたばかりなのである。


「千の君さま~」

遠くから同じくらいの年頃の女人が声をかけてきた。
隣には少し年上の男も一緒にいる。

「左之助~、山吹~」

泣き笑いを浮かべる千尋。

「よかったです、見つかって」

山吹と呼ばれた女人は微笑んだ。

「はぐれてしまった時は慌てましたよ」

左之助もホッとした顔で声をかけた。
山吹と左之助は包みを持っている。

「しかし、本当に手放してしまわれて良かったのですか」

山吹が指している物が包みの中身であることは、千尋には伝わっていた。
実はこれは、千尋の家に保管してあった書物なのである。

元々、千尋の祖父は陰陽師。
そして、曾祖父は大津海成という陰陽師で、陰陽助まで務めた下流貴族だったのだ。
しかし、祖父までは代々陰陽家であった家柄なのに、父は才能に恵まれなかったため、稼業を継がなかった。

そんな父でも、官位は低かったが、役人として立派に仕事に就いていた。
千尋は一人娘だった。

遅くに恵まれた子で、早くに母を亡くしたので、寂しい思いもした。
けれど、先祖から引き継いだ小さな邸で父と娘と少しの使用人達とで、楽しく生活していた。

しかし、突然父が死んでしまったのだ。

「生きていくためだもの、仕方ないわ。……二人とも、ありがとう。私のところに残ってくれて」

父の死後、元々少ない使用人もそのほとんどが出て行ってしまい、残った使用人も、左之助と乳姉妹である山吹だけだった。

「なにを仰るのですか。千の君様とは生まれた時から一緒なのです。そのような水臭いこと、仰らないでください」

「そうですよ! この左之助、千の君様を決してお一人になんてさせませんよ」

左之助はそう言って、千尋を励ますように快活に笑った。


これから先、生きていくための金策を考えていかなければならない。
幸い、ご先祖からの陰陽道の書物や道具などがたくさん残っていたので、それを買い取ってもらいに行く途中だった。
千尋は、邸から文献の一部を持ち出して、見てもらってから、全部を買い取ってもらうつもりでいた。


なんとか祖父のつてを頼りに、陰陽寮に勤めている人物に声かけをしていたら、賀茂忠行という人物が所望してくれた。

賀茂家と言えば、陰陽道の名家だ。
先祖を辿れば役小角とも言われている家柄。
今は上流貴族達からも引く手あまただと聞いている。

もしかしたら、高値で買い取ってくれるかもしれない。
先祖の残した文献を手放すのは忍びないけれど、背に腹は代えられない。

それに、貴族の間では妻問婚が一般的であった平安時代。
千尋は年頃ではあったが、もはや後ろ盾を亡くした女子などに殿方が通って来ることはないだろう。

『評判の美女というならいざ知らず、私はこの通り十人並みの容姿だし』

そして、女性でありながら陰陽道の書物を読み漁ってきた千尋は、山吹や左之助以外の使用人達からは少し変わり者と見られていた。

「千の君様、この御屋敷のようですよ」

流石は飛ぶ鳥を落とす勢いの陰陽師の邸だ。
立派な門構えだった。

「没落貴族のウチとは違って立派なお屋敷だこと…」

父に才能があったなら、そして、自分が男だったなら…と考えて、千尋はため息をついた。

山吹と左之助が賀茂家の使用人に取り次ぎを頼んでいる間、門の前で待っていると、ゆっくりと門が開き、賀茂家の牛車が一台出ていくところだった。
入れ違いに千尋達も中に入れてもらって、屋敷の中に通された。
山吹と左之助は、身分を考えて、荷物だけ千尋に託すと、外で待機してくれていた。

通された部屋に1人残された千尋は、ちょっと心細くなってしまったが、すぐに、さらさらと衣擦れの音がしたので、頭を下げて、その人物を待った。
目の前に立てられた几帳の向こうで、座るような音が聞こえる。

『私だけでなく、山吹と左之助の生活もかかっているのだから…』

そう考えると、千尋はドキドキと心臓の鼓動が早まるのを感じた。
頭を下げたまましばらく待った。

「どうぞ楽にしてください」

几帳の向こうから柔らかな声をかけられた。

おや? と千尋は思った。

賀茂忠行といえば、結構年配の殿方だ。
なのに、この声はまだ若いようだった。

「父は突然仕事が入りまして、息子の私が対応させていただきます」

千尋は顔を上げた。

「賀茂保憲と申します、私も陰陽師です」

千尋は慌てて挨拶を返した。

「こ、この度はありがとうございます、私は大津海成が曾孫にございます」

この時代、女人が結婚する相手以外に名前を名乗ることはあまりない。

保憲が傍の女房に声をかけると、女房は千尋達が持って来た荷物を一つ手に取って、保憲に手渡した。
几帳の向こうで書物を広げる音がした。
千尋は几帳を見つめながら、またもやドキドキ。

『気に入っていただけるかしら』

「これは素晴らしい記述ですね、どの文献も」

その言葉を聞いて、千尋の顔に赤みが差してきた。

「自邸には、陰陽頭を務めた大津首が残した資料もございます。曾祖父よりももっと前の先祖です!」

周りの女房がクスクス笑い出した。
千尋はつい、張りのある声で言ってしまって、しまったと、恥ずかしくなった。

この時代は奥ゆかしい女性がいいと言われている。
大声を出して話す女性などは、はしたないとたしなめられてしまうだろう。
しかし、保憲は気にしていない様子で、砕けた感じで千尋に言った。

「全て買い取らせていただくよ」

「あ、ありがとうございます」

千尋は深々と頭を下げた。

「後日、改めてあなたのお邸の方へ伺わせていただきます。今日は私の牛車で送らせましょう」

破格の対応に千尋は驚いてしまった。

「い、いえ、使いのものと一緒に来ておりますので、大丈夫です」

保憲はクスリと微笑むと、

「外に居た使いの二人には先に帰ってもらいました」

さらに千尋は驚いて、何も言葉が出てこない。

その時、几帳の垂れ布がさらりと揺れて、保憲が千尋の目の前に姿を現した。
驚いた千尋は慌てて顔を袖で隠す。

「思った通り!」

保憲は右手の人差し指と中指を立てて刀印の形をとると、口元でフッと小さく息を吐いた。
気が付くと傍にいた女房達の姿が消えていた。

千尋はもしかしてと思う。
そして、思ったことが口から出てしまった。

「…式神?…」

「その通りです、私の式神達ですよ」

保憲は年は千尋よりも少し年上に見える。
スラリとした見た目で、切れ長の目元、顔にはいたずらっぽい微笑みが漂っていた。
平安時代の美男とは言い難いけれど、見つめてくる瞳には、知的探求心がたっぷりと輝いていた。


賀茂邸から牛車が一台。

夕暮れ時の空には、翼を広げたカラスが鳴いている。
皆が家路に急ぐ時間だが、牛車は大路をゆっくりと走っているように感じた。

窓からちらりと見ると、薄暗がりの中でも何故か牛車も牛も童子も光輝いているように見える。
牛車には、千尋と保憲が乗っていた。

千尋は扇を広げて無言のまま、かしこまってちんまりと座っている。
保憲のほうは、手に持っている蝙蝠扇を弄びながら千尋を興味深そうに見つめていた。

口を開いたのは保憲のほう。

「今日持って来ていただいた書物は、私の興味をそそるような物ばかりでした」

千尋はドキっとした。

「たくさんある文献の中から、あの選択をされたあなたは、どこまでご存じなのかな…陰陽道を」

千尋は『ひゃー』と目を瞑った。

本来、陰陽道とは、国家機密の秘術もある。
千尋が読んできた文献は、奈良時代からの陰陽道の極意まで様々だったから、普通の人が知らない情報まで知識として持っているのだ。
全てが国家機密でないため、今回千尋が持って来た文献の中に明らかに秘術とされるようなものも含まれていた。

しかも、今目の前にいる人は、中務省陰陽寮の陰陽師という国家のお役人だった。

夕暮れ時の牛車の中は二人きり。
保憲の香に酔ったのか、千尋は頭の中がクラクラしてきた。

『わ…わたし口封じに消されちゃうかも…ああ、儚い人生だったな…』

そんな事を考えながら悲観的になっているとき、牛車がピタッと止まった。

『一体どこに連れてこられたんだろう』

そう思ったのだが、

「あなたのお邸ですよ」

意外にも保憲は微笑みを浮かべたまま、千尋に声をかけた。
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