君の行く末華となりゆく

松本きねか

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第5話

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シトシトと降る雨が鬱陶しくなる水無月。

しかし、今朝は雲の間からお日様がチラリと顔を出している。

夏至が過ぎれば雨も収まり、暑い夏がやってくるだろう。
それまでは、降る雨に気持ちも塞いでしまう。

『以前、保憲様が言っていたっけ』

「ジメジメと嫌な季節ではあるけれど、田畑にとっては大切な雨なのですよ」

って。

暦生だけあって、季節の話になると熱弁を振るってくださる。

あの時は、陰暦十二ヶ月の異名の話と、二十四節気を三等分にして七十二に分けた、日本の風土の事を話してくれたんだよね。
この七十二候と呼ばれる季節の動き、これに基づいた修法が陰陽道には数多くあるそうだ。

「そういえば…」

千尋は雨のせいでしっとりとしてしまった書物を取り出して、簀子縁に干し始めた。

保憲様にはあまり外に出てはいけないと言いつかっているけれど、知識を大切にする家系に生まれて来たので、書物が傷むのは忍びなくて…

ただ、賀茂家でも、同居している保憲様の弟の一人からは、良く思われていないので、表立って目立つような事には気を付けていかなければならない。


保憲は四人兄弟の長兄。

下にいる三人の弟のうち、一人は出家してお寺で勤めている、もう一人は文章生として菅原家に住み込み学んでいる。
すぐ下の弟君だけは賀茂家に残り、保憲と同じように陰陽道を学んでいる。

そして、賀茂家にはもう一人殿方がいる。

いつだったか、家人が安倍の童子と呼んでいた。
保憲様の弟弟子らしい。


数冊の書物を広げて、簀子縁に座りぼ~っと眺めているうちに、陽光を受けてなんだか眠たくなってしまった。

『お庭には誰もいないし、風が気持ち良いし、少しだけなら…きっと山吹が起こしに来てくれるだろう』

「まあいっか」

と高をくくって、その場でうたた寝をしてしまった。

千尋はまた、あの夢を見た。


夢の中でまたもや山中を迷っていた。

前回と違うのは、お寺が見えたこと。

もちろんあの男の童子も現れて、なにやら千尋がその童子に熱弁を振るっていた。

そして、夢の中で突然頬をつつかれた。

「う~ん、山吹…頬がくすぐったい…」

薄っすらと意識が戻ってきて、目を静かに開けていく。

目の前には、女房の山吹…
では無くて、見たことのない殿方の顔があった。

「いくらなんでもこんなところでうたた寝とは、風邪を召されますよ、それに無防備過ぎです」

千尋は一瞬固まってしまった。

状況を把握するまでの間、頭の中がグルグルと回っている。

目の前の男は、簀子縁に広げてある書物を一つずつ拾い上げていく。

「雲行きが怪しくなって参りましたゆえ…」

「あ…あの…」

男は書物を重ねて置いた後、

「保憲様には黙っておきますから、早く部屋にお戻りください」

そう言って、さっさと行ってしまった。

遠くで雷鳴が聞こえている。
通り雨が降るかもしれない。

千尋は重ねられた書物を抱えて持つと、部屋に引っ込んだ。

『い…いや、まずいよね…保憲様に知られたら…でも、誰だったんだろう…? 私の事を知っている人物…』

千尋は消去法で考えてみる。
恰好からして使用人では無さそうだった。

『だとしたら、保憲様のご兄弟? でも、あの人は保憲様の事を様付けで呼んでいた。もしかしたら、安倍の童子という人?』

保憲様と同じように陰陽道を学んでいる陰陽師。
用あってこちらに参ったのかもしれない。

とんでもない醜態を見せてしまったようだ。

「どうしよう…」


外では雷鳴が鳴り響き、土砂降りの雨が降り出していた。
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