ドクター陰陽師

松本きねか

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となりのドンドン

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ここは、東洋医学陰陽科 、とある大病院の診察室。


ドクターは心療内科のK先生からの紹介状を、じ~っと見つめていた。


患者のSさんは強い眠剤を処方されている。
それでも眠れない、というか、眠らせてもらえない?
ウトウトしかけると、隣の住人がうるさい。

壁をドンドンって叩いてくる。
こちらも頭にきて返すと、静まる。
しばらくしてまたドンドン。
気になって仕方がない。

大家にも苦情を言うべく連絡するが、何故かいつも不在で連絡がとれない。

とりあえず仕事に支障も出るから、しっかりと眠りたい。
こちらの病院で進められたのが、心療内科のK先生。

処方してもらった眠剤を強くしていっても、ちゃんと睡眠が取れない状況で…
まるで眠剤の強さに合わせるように、壁のドンドンが強くなる。

相変わらず大家とは連絡が取れない。
隣の住人にもドアチャイムしたが、いつも留守。


「…と、Sさんどうぞ」

ドクターが待合室の方に声をかけるが返事は無い。

「Sさん! どうぞ!!」

もう一度強く声をかけるも、来る気配さえ無かった。

「?」

首をかしげていると、看護師が診察室に入って来た。

「せんせ、Sさん…寝ていらっしゃいます、待合室で…お声がけはしておりますけど…」

ドクターは、あらら、と、小さなため息をついて、

「あ…そう…今日は他に患者さんておりますか?」

と、看護師に尋ねる。

「いえ、おりませんが…」

「しばらく寝かせておいてあげましょう」

「はい、お茶お持ちしましょうか?」

「うんと渋~くね」

ドクターが片目を瞑ると、看護師はお茶を淹れに部屋を出て行った。



そして…

1時間ほど過ぎた頃、看護師がSさんに声掛けをしてみると、う~んと伸びをしながら目を覚ました。
診察室に入って来たSさんは頭をかきながら、申し訳なさそうに苦笑していた。

「いや~すみませんでした、看護師さんに起こされたときには、ここに来て1時間たっていたとは…」

ドクターは、片目を上げてSさんの顔を見つめた。

Sさんの顔は目の下のクマが気にはなるが、色ツヤは良さそうだった。

「熟睡しておりましたね、何度か声がけさせてもらったのですが…」

「でも、おかげでちょっとスッキリしました」

助かりました、と、にこりとするSさんに、ドクターは何やら文字が書いてあるお札のような紙を差し出した。

「まぁ、こちらとしては元気になれば何よりなので…処方箋出しておきますから、今日はこのままお帰りください。4日後にまたいらしてくださいね、処方箋は、入浴に使う粉と液体、それと眠りを誘うアロマ香3日分。K先生からの眠剤も使うこととします。それから、音のする壁にこの霊符を貼ってくださいね」

「はい、ありがとうございました」

Sさんは、お札を受け取ると、診察室を後にした。



4日後…

再び診察に訪れたSさんは、嬉しそうな様子で話し出した。

「先生の言われた通りにしたら眠れるようになったし、壁のドンドンも無くなったんですよ~」

ドクターは、にこりと微笑んだ。

「それは良かったですね」

Sさんは嬉しい興奮冷めやらずという様子で、さらに話し続けた。

「大家ともやっと連絡がとれまして」

「ほう」

「今まで私からの連絡は受けていないし、今回初めてだと言われて驚きました。それでもまあ、隣の住人の苦情を申したら、おかしな事を言う人だと言われましてね」

「?」

面白いくらいに身振り手振りで話をするSさんは続ける。

「隣の部屋は3ヵ月前から空部屋なのだそうです…私は隣の住人は見かけたこともあるし、会釈くらいはしているのですが、確か高齢のご婦人だったはず…で、3ヵ月前に孤独死をしたらしいと。3駅ほど先に住む娘さんが連絡が取れなくなって不審になり、訪ねてきたときに発見されて…遺体は5日間くらい誰も気がつかなかったそうです」

ドクターはおや? と思った。

「Sさんが気が付かなかったのは何故でしょう?」

「あぁ、私はその頃、海外出張で長期留守にしていたもので、気が付きませんでした」

今では目の下のクマも消えて、顔に赤みが射している。

「まぁ、眠れるようになれば大丈夫でしょう」

「そういえば昨日玄関先で大家とすれ違いました。お坊さんらしき人と隣の部屋から出てきたところだったようですよ。では、先生失礼します」

去り際にSさんはそう言って軽快な足取りで帰って行った。

入れ違いに看護師さんが診察室に入って来た。

「あの方、1ヵ月くらい会社で居眠りしてても、解雇にはならないし、逆に労られるくらいだなんて…よほど信頼されている人なのでしょうね」

ドクターは一瞬目を丸くすると、すぐに口元に笑みを浮かべた。

「うん、会社や人だけでなく、そういう存在にも信頼されてしまったのかもね」
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